市川雷蔵『切られ与三郎』(1960年公開)
*タイトル画像はDVDに付属の冊子表紙から。
歌舞伎では『与話情浮名横櫛(切られ与三)』の演目で、源氏店(げんじだな)の幕だけが上演されることが多い。
かぶっていた手拭いを取り、刀疵を見せつけながら、お富を詰る与三郎の場面は映画でも登場する。
といっても、『切られ与三』の人物設定を借りつつ、ストーリー展開は別もの。風情のあるラストまで、映画としてしっかり楽しめる。
簡単なあらすじ
中盤で、与三郎を裏切る、かつら役の中村玉緒の芝居が良かった。
妾として囲われているので、眉を落として鉄漿(かね)をしている。その白い顔で目を大きく見開き、親分を殺ったのはアタシじゃない、そいつだ、と言いたてる鬼気迫る表情がおっかない。
源氏店の場面は後半にやってくる。
歌舞伎っぽさは適度に抑えてあり、あまり声を張らず全体とバランスが取れる形になっている。手拭いを外す前の姿も美しい。
物語にはたくさんの女性が登場する。
与三郎の妹おきん役が冨士真奈美。若さを出すためのキンキン声がちょっと聞きづらいが、姿や仕草が可愛らしい。
最初に登場した時のあどけなさから、後半の兄を慕う切ない姿への変化がいい。
可愛らしくピュアな妹と対照的に、淡路恵子のお富、大和七海路(藤原礼子)のあやめ、中村玉緒のかつらなど、毒気のある女性が次々と現れ、彼女たちの誘惑と裏切りに、どこまでも翻弄される、美しい与三郎。
裏切られまくって気の毒なくらい。最後に「真実おれを思ってくれたのは、お前だけだった」というセリフの通り、モテるけど出会う女性には恵まれない。
しかし、お富やかつらが薄情だというよりも、当時の女性も生きるのに必死だった、とも見える。
好きだ好きだと恋に生きられるのは所詮、他に悩みとて無く、黙っていても食べていけるお嬢様やぼんぼんだけ、という気がして切ない。
庶民は、恋に死ぬより、泥水から引き上げてくれる手が欲しい、というのが先なんだ。
二転三転して、最後は悲しい結末だが、これだけ美女が出ていても、最も美しいのは市川雷蔵ってところが恐ろしい。