見出し画像

市川雷蔵『切られ与三郎』(1960年公開)

*タイトル画像はDVDに付属の冊子表紙から。

歌舞伎では『与話情浮名横櫛(切られ与三)』の演目で、源氏店(げんじだな)の幕だけが上演されることが多い。
かぶっていた手拭いを取り、刀疵を見せつけながら、お富を詰る与三郎の場面は映画でも登場する。

といっても、『切られ与三』の人物設定を借りつつ、ストーリー展開は別もの。風情のあるラストまで、映画としてしっかり楽しめる。

簡単なあらすじ

与三郎は江戸の大店の養子。後から実子が生まれたので、家督を争うつもりはなく、道楽三昧。木更津でお富(淡路恵子)に出会って深い仲になるが、彼女を囲っていた親分に知られて半死半生の傷を負う。

旅回りの一座に助けられた与三郎は、一座を離れてしばらくして出会ったかつら(中村玉緒)から、一座は金貸しに騙されて解散した、自分も金貸しに妾にされているので連れて逃げてと泣きつかれる。与三郎と添いたいばかりに、かつらは金貸しを殺してしまい、慌てるところへ金貸しの子分たちが踏み込んでくる。どうにか2人で逃げようとする与三郎。ところが、かつらの口から信じられない言葉を聞く。
親分を殺したのは与三郎だ、自分は脅されて連れ出されそうになっていたのだ、と。

牢を破って逃げている与三郎は、人目を憚りながら江戸へ戻ってきた。家を出てから3年が経っていた。
知り合った小悪党〈蝙蝠安〉と組み、押し借りに入った先で、思いもかけず、かつての恋人お富と再会する。まさかお富が居るとは知らなかった与三郎。実は押し借りは口実で、ここへ来たのは妹おきん(冨士真奈美)のためだった。

筆者によるストーリー要約

中盤で、与三郎を裏切る、かつら役の中村玉緒の芝居が良かった。
妾として囲われているので、眉を落として鉄漿(かね)をしている。その白い顔で目を大きく見開き、親分を殺ったのはアタシじゃない、そいつだ、と言いたてる鬼気迫る表情がおっかない。

かつら役は中村玉緒。アタシじゃない!と与三郎に罪をかぶせる。

源氏店の場面は後半にやってくる。
歌舞伎っぽさは適度に抑えてあり、あまり声を張らず全体とバランスが取れる形になっている。手拭いを外す前の姿も美しい。

物語にはたくさんの女性が登場する。

与三郎の妹おきん役が冨士真奈美。若さを出すためのキンキン声がちょっと聞きづらいが、姿や仕草が可愛らしい。
最初に登場した時のあどけなさから、後半の兄を慕う切ない姿への変化がいい。

可愛らしくピュアな妹と対照的に、淡路恵子のお富、大和七海路(藤原礼子)のあやめ、中村玉緒のかつらなど、毒気のある女性が次々と現れ、彼女たちの誘惑と裏切りに、どこまでも翻弄される、美しい与三郎。

裏切られまくって気の毒なくらい。最後に「真実おれを思ってくれたのは、お前だけだった」というセリフの通り、モテるけど出会う女性には恵まれない。

しかし、お富やかつらが薄情だというよりも、当時の女性も生きるのに必死だった、とも見える。
好きだ好きだと恋に生きられるのは所詮、他に悩みとて無く、黙っていても食べていけるお嬢様やぼんぼんだけ、という気がして切ない。

庶民は、恋に死ぬより、泥水から引き上げてくれる手が欲しい、というのが先なんだ。

二転三転して、最後は悲しい結末だが、これだけ美女が出ていても、最も美しいのは市川雷蔵ってところが恐ろしい。

DVD裏面画像