短編小説:「暗黙の約束」
夏の慌ただしい数日が過ぎ、先程まで遊びに来ていた友人を見送った後。静まり返ったリビングで一息つく。
惰性で周囲を見渡すと、案の定シェルフに白い兎の瀬戸物人形が置いてあった。気だるげな腰を上げて手を伸ばし、手に取ってみる。
手のひらにすっぽり収まる人形はひんやり冷たく、少し重たい。一周回して見たあと、再びシェルフに戻す。
人形の持ち主――友人のアイツは、年に一度だけ遊びに来る。
事前の連絡はない。実のところ、連絡先も知らないのだ。どこから来て、どこに変えるのかも知らない。出会いもあまり記憶がないが、小学生くらいから知っていた気がする。
決まって同じ月、同じ日から約一週間ほど滞在して去っていく。
いつからかそれが暗黙の了解になっていて、僕もこの時期はなるだけ予定を入れないように調整していた。
天の川を渡って再会する彦星と織姫のようだが、アイツとはロマンチックな雰囲気でもない。
数日間、語って遊び明かしてまた来年。
雨が降れば家にいるし、晴れた日には外で遊ぶときもある。
それくらい、気軽な関係だ。
そして去り際には、この兎の人形のように毎回「忘れ物」をしていく。
別れの前日に喧嘩して気まずいまま見送っても、必ずどこかに置いてある。当てつけのようにも思えて、捨ててしまおうかと思ったこともあった。
喧嘩した年は罪悪感を抱えた一年になるが、それを目につく所に保管しておき、次の年に会ったら呆れた声で言うのだ。
「また忘れ物してたぞ――」と。
忘れ物の主はわざとらしく笑いながら受け取り、お互いの近況を話し始める。このやり取りで一年前の喧嘩もどこへやら。それがいつもの流れだ。
アイツが来るまでの三つの季節を、時折「忘れ物」に目を向けては暗黙に交わされた約束の日を待つ。
一年越しの約束を楽しみにしているのは、僕だけではないと信じて。
以前、2週間程投稿していた「書く習慣」というアプリで2024/5/9 お題「一年後」に投稿した作品です。
リハビリとして小説や詩を毎日お題に沿って書いていたものを厳選し、 軽く推敲して転載しています。