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無関心という救い

人から同情されたり
憐れみの目を向けられたりすること

自分の中でそれが一番くらい耐えられない

それをされた後は
無意識に何度も反芻してしまい
より傷をえぐって深くして
逆に立ち直れないくらい深く刻めば
ショックで忘れられるのでは?と
意識的に反芻して耐久するが
結局ただのトラウマになっておわる


小学3年生の頃
国語の書きとりの授業中
急にくしゃみがしたくなった
鉛筆と紙の摩擦音が
静かなBGMとなっている教室で
わたしのくしゃみで波を立てたくない

くしゃみを殺すように
口を閉じ、鼻の息も止めた


ッハぶぅうううううーー!!!!



くしゃみではなく
巨大な放屁音のようなやつが教室に響き渡った

ふつうにくしゃみをした方がマシだった

くしゃみなのに放屁を疑われる
しかもありえない大音量の

口の閉じが甘かったんだ
唇にわずかな隙間ができて
そこから管楽器の要領で音が生まれた

前の席に座っていた
ちょっぴり意地悪な女子が
ニヤニヤしながら後ろを振り返ってくる

弁解の余地が与えられた!
むしろ何があったか聞いてくれ!
口をパクパクしながら
「くしゃみしようとしたら、これ…」

見るな、かわいそうだから触れない方がいい


女子の隣に座っていた
いつもはおちゃらけた男子が
口パクの弁解を遮るように
チラチラ見るのを制止する

放屁ではなくくしゃみ我慢の果てだと
伝わることのないまま
授業中爆音で放屁をした可哀想な人
になってしまった

『いつもはおちゃらけた男子』に
気を遣われたことも
わたしの心を深くえぐった


後日、同じクラスの友人に
「あのときのあの音、実はね…」
と自分から話題を振った

気にしていないふりをして
逆に自らいじることで
真相も伝えられるし面白話に
昇華できると思ったのだ

「そんなことあったっけ?」

友人はそもそも
あの爆音に気がついていなかった
真面目な友人だった
国語の書きとりに集中していて
周りが「えっ、おなら?クスクス」
「やばくない?プププ」となっていても
そもそもなにも聞こえていなかったのだ

「ううん、くしゃみ我慢するの難しいよね」

わたしももう、どうでもよくなった

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