自分の心のしずかな革命(未完成)002
《第2場》
いちばん大切なもの
3人の若者がニュース番組を見ている。
(ヒョウキンファニイ)
だれも死ぬことのない世界が本当にやってくるの?
(アタリナチュラ)
それはもう「世界」ではないよ。
(ヒョウキンファニイ)
「死」がなくなるなんてすばらしいことじゃないの?
(アタリナチュラ)
さぁ、田んぼに行くよ。
(オダヤカーム)
行きましょう。
3人は一輪車に農具を積んで出かけていく。
オダヤカームは鉛筆とスケッチブックを手にしている。
カミゴッド博士はトレーニングマシンで汗を流している。
ここはカミゴッド博士が週2で通っているフィットネスクラブ。
(カミゴッド博士)
体への負荷を感じる。
汗が気持ちいい。
おお、筋肉が悲鳴をあげてきたぞ。
予想以上に完ぺきだ。
わたしはデジタルな体であることを理解しているはずなのに、つい物理的な体で生活していると感じてしまう。
3人は田んぼで草刈りをしている。
汗が頬をつたう。
(ヒョウキンファニイ)
食べなくても死なないのなら、働かなくても生きていけるということなの?
(アタリナチュラ)
いちばん大切なものが奪われるということさ。
(ヒョウキンファニイ)
いちばん大切なものって?
(アタリナチュラ)
こうしていることだよ。
(オダヤカーム)
わたしは絵を描くのが大好きよ。
(アタリナチュラ)
そろそろお昼にしよう。
(ヒョウキンファニイ)
ここで食べるおにぎりはサイコーにおいしいね。
幸せ!
昼食後、オダヤカームは絵を描きはじめた。
カミゴッド博士は帰宅しフツノーマルと夕食をとっている。
(カミゴッド博士)
フィットネスクラブとか健康に気をつかうようなことをずっと続けてきたが、シンでは意味のないことになってしまうな。
(フツノーマル)
健康に気を使わなくてすむ分、もっと研究に時間を使えるわね。
(カミゴッド博士)
研究・・。
これまで考えてこなかったが、シンをつくったわたしはこれから何を研究すればいいのだろうか。
もう何も研究するテーマがなくなってしまったようだ。
新しい技術を求めることもなく、医者も病院もいらない。
シンの世界では消滅する職種がかなり発生しそうだ。
だが、きっとシンならではの新しい仕事もたくさん生まれるだろう。
シンならではの研究も見つかるだろう。
3人は日暮れとともに家に帰り夕食の準備をしている。
(ヒョウキンファニイ)
シンの世界でも米づくりをして育てたお米でご飯を食べることもできるんだよね。
(アタリナチュラ)
食べなくても困らないというのに、なぜ米づくりをするんだい。
(ヒョウキンファニイ)
デジタルの体でも味わうことができるし、いっぱい食べればお腹いっぱいにもなるって言ってたよ。
(アタリナチュラ)
一切食べなくても永遠に死なない体で毎日何かを食べつづけるのかい。
(オダヤカーム)
なぜわたしは絵を描くのだろうか。
カミゴッド博士は眠気を感じベッドに入った。
(カミゴッド博士)
戦争を提供するサービスはどうかな。
何をしたって死なないんだから、おもしろいかもしれないぞ。
みんながシンの世界にやってきたらぜひやってみたいものだ。
3人は夕食をとっている。
(ヒョウキンファニイ)
死もなく食べなくてもよくて、だれも不幸せにならないんだったらいいかもね。
(アタリナチュラ)
それどころか永遠に悲しみも喜びも失ってしまうんじゃないか。
(オダヤカーム)
死のない世界はわたしから絵を描く意欲も奪うというの?
朝がきてカミゴッド博士は自宅近くの公園を散歩している。
(カミゴッド博士)
いつもの公園と何も変わらない。
自然の美しさがわたしに落ちつきを与えてくれる。
だが、たしかにいつもと同じ美しさなのだが、何かがヘンだ。
3人は今日も田んぼでノコギリ鎌を手に草刈りをしている。
(ヒョウキンファニイ)
シンの世界でも美しい花を見ると幸せな気持ちになるんじゃない?
(アタリナチュラ)
ヒトはなぜ花を見て幸せを感じたりするのか。
死なない者は花から何かを受け取ったりすることがあるのだろうか。
(オダヤカーム)
桜でさえ絵を描く対象にはならないの?
(カミゴッド博士)
そうか、何をやっても死ぬことはないし生きていけるんだから、生きるために必要な職業は消えていくのだ。
ただ純粋にヒトを楽しませる職業だけが生き残るんだ。
(ヒョウキンファニイ)
楽しいことはいくらでもできるんだね。
(アタリナチュラ)
楽しいことも何もかも手にとらなくなってしまう。
(オダヤカーム)
・・・・・
初秋のある日、カミゴッド博士が日記をつけているときフツノーマルに話しかけた。
(カミゴッド博士)
すべてが順調だよ。
わたしはどこにいるのか、シンの世界なのか、現実の世界なのか、この日記がなければわからなくなってしまうほどだ。
(フツノーマル)
あなたは何も変わっていない。
だけど、なぜだか胸騒ぎがするの。
(カミゴッド博士)
わたしは何も変わっていないし、何も心配することはない。
カミゴッド博士は今日もいつもの公園を散歩している。
3人は稲刈りをしている。
カミゴッド博士とアタリナチュラが対話をはじめた。
お互いは遠く離れているがカゲがふたりをつないだ。
(カミゴッド博士)
毎日、豪華な食事をとり、おいしいと感じて、お腹も満足しているのだが、近ごろは食べる気力がなくなってきた。
こうして日課にしていた散歩もおっくうになってきた。
(アタリナチュラ)
意味が消えかかっているんだ。
この世も意味がないといえば意味はないけど意味があるといえば意味がある。
(カミゴッド博士)
シンの最大の意味は、死なない、ということだ。
永遠に生きるということはヒトの一番の願いなのだから。
(アタリナチュラ)
死があってはじめて生きることができ、死なないということは生きることができないということ。
(カミゴッド博士)
わたしはこうして生きている、しかも何か意味のあることをする時間は無限にある。
・・ただ、ここ数日は何をする気にもなれないだけだ。
(アタリナチュラ)
限りがないという場所はむなしい。
悲しみとか喜びとか、生きていてこそ意味のあることが死がなくなると同時にすべてをなくしてしまう。
(カミゴッド博士)
シンの世界に来てからのすべてが無意味だったのか。
死ぬこともなく、老いることもなく、心配することもなくなった世界で、わたしには成すべきことが何もないのだ。
だけど、やってみたいことはたくさんある。
そうだ。
楽しいことだけを考え、楽しいことを片っぱしからやっていればいいのだ。
楽しいことは無限にあるだろう。
(アタリナチュラ)
楽しいことだけをやるのは苦痛でしかない。
(カミゴッド博士)
楽しいとか苦しいとかはどうでもいいのだ。
成すべきことをなくしたわたしは何かをしていたいんだ。
何をするにもそれはわたしにとっては時間つぶしでしかないかもしれないが時間つぶしがしたいのだ。
(アタリナチュラ)
無限の時間を手にしたあなたにとって時間つぶしこそ何の意味ももたない。
(カミゴッド博士)
わたしはまだシンの世界に慣れていないだけだ。
シンの世界だからこその意味のあることがたくさんあるはずだ。
その日からカミゴッド博士は意味のあることを探し続けた。
(カミゴッド博士)
生きるための職だけでなくすべての職が意味を失ってしまう。
さまざまな動植物、山、森、川、海、、すべての存在がシンの世界では無意味だ。
何を食べるか、どこに行くか、どれもこれも意味がない。
はやく何か意味のあることを見つけなければ・・。
(アタリナチュラ)
シンの世界から離れれば解決するよ。
(カミゴッド博士)
それはできない相談だ。
わたしは全人類の希望なのだ。
(アタリナチュラ)
自分の体に向き合うことができればそれが希望ではないことに気づく。
ヒトは自然の中でしか生きていくことはできない。
ヒトもまた自然だから。
命を自然から切り離してまで守っていてもその命はからっぽ。
命は大切だけど命こそ無意味な存在。
大切なものがあるから命を大切にする。
答えは自然の中にある。
(カミゴッド博士)
まさか・・。
一番大切なのは命ではなかったのか。
(アタリナチュラ)
命があってこそ生きることができるのだけど、考えなければいけないのは生きること。
一番大切なのは生きること。
(カミゴッド博士)
だからこそ、死のない世界に意味があるのじゃないか。
永遠に生きられるのだから。
(アタリナチュラ)
永遠に死のない世界に踏み入れば命があるままに死んでしまう。
そもそも死は生の終わりを告げるものではなくて、
(カミゴッド博士)
これ以上の議論はむだだ。
カミゴッド博士は誰とも会話することを避け、ただ歩きつづけた。
カミゴッド博士がシンで暮らしはじめて3カ月が経ったある日。
(カミゴッド博士)
ついに見つけたぞ!
意味のある選択を!
つづく。