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革のおはなし-6

うつ病の状態は一進一退のままだった。

革教室は繁華街のすぐ近くで、自宅からは30分ほど地下鉄で移動する。

駅に降り立って突然動悸が激しくなって、駅のホームに降りた途端にUターンして帰ったことが何度もあった。

教室は休んでも受講料は返ってこない。貯金は少しづつ減っていった。

ミシンで革を縫っていると、ミシンの針が催眠術の振り子のように頭を痺れさせて、気がつくと革を斜めに縫っていた事もある。

うつ病の怖い点は頭の中は一日中考え事をしていて、人の声が聞こえなくなったり、もっと怖いのは機械操作をしている時に意識が逸れて操作を誤ったり、指を挟んだり、車の運転でボゥっとして運転を誤ったり危険な事故につながることがあることだ。

師匠には「うつ病」のことは教室に通いはじめて途中で告白した。人前では症状の出にくい「仮面鬱」だったので、話した相手にはわかりにくい。家に帰って就寝する頃に症状が出始める。午前中は症状が出やすく夕方には正常に戻る。

だから職場で午前中苦しんで夕方家に帰る頃には正常になっているので、家人にはあまり症状が伝わらない。朝起きるのが辛そうに見える程度かもしれない。

教室でもたまにボゥっとして真っ直ぐ縫えないことがあった。でも作業を始めると少しは考え事をしないで済んだので、教室に入ってしまえば体調は悪くならなかった。でも新しいことを覚えるのが苦痛だった。

良く病院に長期入院して認知症になる人がいるけれど、案外原因はそういうところにあるのかもしれない。

1年間で作らなければならない課題が3種類あった。

一つ目は「外縫い鞄」。男性はブリーフケースを縫う。

二つ目は「内縫い鞄」。トートバッグを縫う。

三つ目は「ボストンバッグ」。

そして、さらに先に進みたい人は「ダレスバッグ」を縫う。

人によるけれど早い人で3つの課題を6〜10ヶ月で縫い上げる。

僕の場合は1年でいろんな鞄をマスターしなければならなかったので、自宅で手縫いもすることにした。

ミシン縫いと手縫いでは技術が全く違うので手縫いは独学になった。

ミシン縫いで使うミシンと漉き機は両方で70〜80万円もしたので、家に置くには高価すぎた。

だから革漉きは革包丁で行う手漉きをマスターすることにした。でもこれはとても技術を必要とする技法だった。

家で作業を行うために様々な革道具を買わなくてはならなかった。

教室を紹介してくれたお客さんが出入りしていたお店。そこは革そのもの、金具、革用道具類の販売をしていた。そして後でわかったことだけど、そこの店主、そして教室を教えてくれた客は、今習っている師匠の元生徒だった。つまり兄弟弟子だった。

お店に行って、必要最低限の材料を教えてもらった。

「手縫い用丸針」(革縫いには数種類針がある/丸針にも太さや長さが3種類程度あり、どれも先を削って丸くしてあるのが特徴)

手縫い糸(主に麻糸/撚り糸と裂きながら使うタイプがある)

ロウ(糸に塗りつけて補強と滑り止めにする/最初からロウをぬり込んだ糸もある)

革包丁(価格はピンキリで日本刀と同じように火入れをした高級品もある)

包丁研ぎ用砥石(荒砥ぎ・中研ぎ・仕上げ研ぎが必要)

ガラス板(手で革を漉く※薄くする時に必要)

菱目打ち(目幅が1mm・1.5mm・2mm・3mmなどがあり、目幅に合わせて手縫い糸と針の太さを替える)

平目打ち(革のレース糸などで縫うときに使う)

ハトメ抜き(丸い穴を開ける)

カシメ打ち・打ち台(オールマイティ・プレート)

スーパースカイパー・豆カンナ(革端を漉く時に使う/革包丁を使う方法もある)

ゴムのり・サイビノール(接着剤)

床剤(革裏を磨くための溶剤(トコノール・カスタムなどがある))

コバ剤(革の切り口を磨く溶剤/床剤を併用することが多い)

捻(ねじ捻)革に浅い溝をつける道具

カッティングマット

このほかにもホック類を止めるホック打ちや打ち台、ハンドプレスなどもあれば便利。

一度に全て準備する必要はないけれど最低限のものだけなら3万円程度で揃う。打ち棒・打ち台の簡易セットを買う人もいるが、使いにくいのでオススメしない。

さて、道具は揃ったけれど肝心の革がなくては話にならない。

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