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第42話 天下分け目
鳥居元忠を伏見城に置き、上杉景勝を討伐するために会津に向かった家康。
家康を断罪する書状が諸国に回っている状態。
この時代の書状なので届くのにも時間がかかるのがせめてもの救いかと、
現代を生きているものとしては思うのすが、
まぁ~今の時代は、断罪するような書状や電話なんてしたら、
あっという間に巷の噂にしかなりかねませんが・・・
知らぬは本人だけ・・・。怖い怖いw
さて、この回は二つの別れがありました。
真田昌行と真田昌行の孫
鳥居元忠と千代
真田昌行と孫との逸話は有名で昌行の長男(?)信幸の嫁、
本田忠勝の娘の稲の判断により城に入ることが出来ず、
孫と対面だけで終わってしまいました。
逸話として稲(小松姫)正覚寺に孫を連れて無礼を詫びて、
孫と合わせたとも言われています。
逸話を信じたいなぁ~という気持ちは強く感じます。
さて、鳥居元忠と千代ですが、千代が本当に存在したのかわからないので、
なんとも・・・ですが、千代の言った
「死に場所を得た。ありがとう存じます。殿。」この言葉は、
もののふの精神がある以上、残った価値観ではないかな?
なんて思いにふけってしまいました。
最後に、家康と石田三成がこの時書いた書状の数は、
双方合わせて、数百通が日の本全土に飛び交い卑劣な調略戦が
行われたのです。
ナレーターが発した言葉に、届ける人も受け取る側も大変だよなぁ~
なんて思いながら見ていましたが、
前田利長は、双方の内容に困惑していた。
前田利長「家康は気前がいい、三成は家康を断罪するばかり。
う~ん。どちらに賭けるか・・・」
困惑している気持ちをうまく表現しているセリフだったと思います。
これは、どういうことなのだろうか?
家康の書状は、戦が終わった後の報奨のことが書かれていたと想像します。
対する三成は「徳川家康、天下を収むるにあたらず」要は個人への人格否定をするの書状ではないかと思いました。
家康の書状は、巧妙に未来を見据えた展望を考えさせるものであり、
三成の書状は「で、だから何?」が読み取れないのですよね。
そうなると、三成を首謀者として利用してあわよくば主権を手に入れようと考えるものも出てきます。
家康の書状は、仮に家康を利用しようと考えても「家康から、こんな書状が来たから味方になったのだから、約束を守れ」となることが目に見えています。
反故にすれば、争いが生まれることが予想されます。
これは、家康が受け取ったものがどう感じるか?をより有利に効果的に
自分の考えを受け取りやすいように書状を書いていたことがわかります。
一方、三成の書状は自分の考え、価値観を押し付ける内容だったとも思われます。
自分が発した言葉は、基本的に相手を変えることはできないが、
影響を及ぼすことと割り切れば、受け取った相手がどう判断するのか?
そこに主軸をおいて言葉を発することの必要性を考えさせられました。
お散歩日記
前回、足利尊氏邸跡の長寿寺でしたが、その脇は亀ヶ谷切通しと
なっています。
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鎌倉の北側からには、この亀ヶ坂からしか入れなかったようです。
つまり、頼朝も通った道ということでしょうか?
道は舗装されてしまっていますが、当時はそれなりに厳しい道だったのでしょう。
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途中に長寿寺の静電気の心配がない出口があります。
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山頂近くには、切通しの壁がむき出しとなり石仏があります。
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今でも生活道として使われているのでバイクや自転車とすれ違うことはありますが、車はNG。
長寿寺からの登りではあまり感じませんでしたが、山頂から進む先の道を見ると、う~ん古道を感じる?
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さて、亀ヶ谷切通しの出口は「岩船地蔵堂」です。
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扇ガ谷と山ノ内を結ぶ道として考えると・・・
おっしゃる通り、あっという間の距離でした。
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