年金記録問題時の年金相談で記憶に残る事例と現状とは
私は約15年間、社会保険労務士として年金相談の仕事に携わってきました。
年金相談を始めて間もない頃、世間を大きく騒がせたのが年金記録問題です。
年金記録問題は、平成19年(2007年)に持ち主不明の年金記録が約5,095万件も見つかったことに端を発しています。
私も年金相談で数十件の「漏れた年金記録」を発見していますが、多くの場合、見つけても年金額は年間数千円~数万円と微増にとどまっています。
この記事でお伝えするのは、無年金だった方が年間約100万円と大幅な年金増につながった事例で、年金額が劇的に改善されただけに今でも記憶に残っています。
年金相談に訪れたお客様の状況
年金相談に訪れたのは年金記録問題が騒がれていた頃で、お客様は50歳台後半の結婚歴のない女性でした。
相談内容は「数年前に社会保険事務所(現在の年金事務所)に年金手帳を持参して年金がもらえるか聞いたが、厚生年金の記録が3年程度なので年金は支給されないと言われたが本当なのか。」というものでした。
そこで私が他に記録がないかと尋ねると、会社に短期間務めていたことは何度もあるけれど厚生年金に加入していた記憶はない、国民年金の保険料も支払ったことはないというお話しでした。
次に合算対象期間を探してみましたが、これも見つかりません。
そして、お客様が社会保険事務所を訪ねたのは年金記録問題で騒がれるよりもはるか前のことで、積極的に年金記録を探すという習慣もあまりない時代。
さらに言えば、当時は25年間の受給資格が必要だった時代で、間もなく60歳を迎えようとする方が、これから25年の年金記録を作るのは不可能でした。
社会保険事務所の回答も、当時としては仕方がなかったのかもしれません。
※ 合算対象期間とは
当時、老齢の年金を受給するためには25年の受給資格期間が必要でした。
ただし、すべて納付済み期間である必要はなく、合算対象期間を加えて25年の受給資格期間があれば年金を受け取ることができました。
合算対象期間は受給資格期間の25年には含めるけれど、年金額には反映させないというもので、期間に加えるけれど中身がないということで「カラ期間(空っぽの期間)」とも呼ばれています。
合算対象期間が認められる事例は10以上ありますが、特に多かったのは夫が会社員で妻が専業主婦の場合です。
ただ、この女性は独身だったので夫の記録を借りて合算対象期間を作ることはできませんし、他の合算対象期間を事例にも該当することはありませんでした。
なお現在は、25年必要とされていた期間が10年と大幅に短縮され、多くの方が自身で作った記録だけで10年を満たせるようになっています。
そのため合算対象期間を使って、受給資格期間を作ることもほとんどなくなっています。
年金相談でお客様に確認したこと
お客様が年金相談に来られたのは、何かしらの期待があったから。
そして、私もお客様の話しを聞いて気にかかることがありました。
お客様は「会社に短期間務めていたことは何度もあるけれど厚生年金に加入していた記憶はない」とのことですが、短期間でも会社に勤めていれば厚生年金に加入していた可能性は十分にあります。
そこで、お客様に勤めていた会社のことを尋ねると、次のような回答がありました。
「私が勤めていたのはほとんどが生命保険会社。生命保険会社に勤めていた友人に頼まれていたからで外務員の仕事をしていた。ただし、勤めていた期間は1年程度で、長くても2~3年。それでも、これまでに10数回生命保険会社に勤めていた。」とのことでした。
次に年金手帳のことをお客様に尋ねます。
お客様は「社会保険事務所に持参したのは一つの手帳だけだか、家には10冊以上のオレンジ色の手帳がある。社会保険事務所に持参しなかったのは、複数の年金手帳を持っていることを忘れていたから。」と答えられます。
平成9年に国民年金と厚生年金で一つの番号を使う「基礎年金番号」が導入されました。
しかし、それ以前は国民年金・厚生年金は別の番号を使うことになっていました。
さらに、厚生年金は転職するたびに新たな番号を取得することも普通に行われていました。
お客様にそのような知識はありません。
何で就職するたびにオレンジ色の手帳が渡されるのだろうと不思議に思いながらも、中に書いてある番号を確認することもなく放置していたようでした。
もっとも、退職しても手帳を捨てることなく保管しているのは幸いでした。
そこで、お客様にはすべての年金手帳を持って社会保険事務所へ相談に行くこと。
また、交付された年金手帳を廃棄してしまった可能性もあるので、これまでの職歴を書いて相談に行くことを合わせてお伝えしました。
年金相談の結果
約1か月後、改めてお客様が来られました。
その結果、約20か所・25年の厚生年金記録が見つかったこと、そして厚生年金だけでも約50万円の年金額になることがわかりました。
これは極端な事例かもしれませんが、無年金を覚悟していた方に決して少なくない年金が支給されることになりました。
まとめ
この記事では、年金記録問題時の年金相談で特に記憶に残る事例をお伝えしました。
最後に、年金記録問題が発生した主な要因と、2024年時点の状況についてお伝えします。
年金記録問題が発生した主な要因
日本年金機構の資料によれば、年金記録が漏れる主な要因としては、
転職が多かった
姓(名字)が変わったことがある
色々な名前の読み方がある
ということで、年金記録が漏れる要因はたくさんあるものの、上記の3つで全体の9割を占めているようです。
この記事でお伝えした事例は「転職が多かった」に該当します。
2番目の「姓(名字)が変わったことがある」は男性よりも女性に多い事例。
3番目の「色々な名前の読み方がある」がある例としては、本当は幸子(ゆきこ)なのに(さちこ)で登録されていたなどがあります。
また、それ以外では紙台帳で管理されていた年金記録を、コンピューターに移し替える際の転記ミスなども数多く発見されたようです。
年金記録問題が明らかになって以降は、記録が漏れる可能性は相当に少なくなっていますが、年金記録問題がすべて解消されたわけではありません。
そこで、日本年金機構の資料から2024年(令和6年)3月時点の状況をお伝えします。
2024年3月時点の状況
未統合記録 5,095万件
解明された記録 3,382万件
解明されていない記録 1,713万件
解明された記録の割合は約66%、未解明の記録の割合は約34%、全体の3分の2が解明されています。
もっとも解明された記録の内訳をみると、既に亡くなっている方が763万件と多いのが目立っています。
解明された方の中で亡くなっている方が多いということは、未解明の中で亡くなっている方の割合はさらに高いことが考えられます。
解明作業は現在も行われているとはいえ、時の経過とともに解明はさらに難しいものになっているようです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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