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「こどもの命を守る」ための新たな取り組み――宮崎県都城市による『かくれてしまえばいいのです』の活用

昨今、深刻化を極めているこどもの自殺。

小中高生の自殺者数はこの数年で高止まりの状況が続いており、2022年は514人と過去最多を更新、2023年も513人のこどもが自殺で亡くなりました。平均すれば、毎週10人のこどもが、追い込まれた末に自ら命を絶っている計算になります。「非常事態」はいまも続いています。

NPO法人ライフリンクは、こうした事態に少しでも歯止めをかけるために、こどもの自殺対策(生きる支援)の一環として、「かくれてしまえばいいのです」を運営しています。

こどもの自殺対策として、これまでにもさまざまな取り組みがなされてきた一方、従来の自殺対策や既存の支援の枠組みでは、アウトリーチできないこどもも少なくありません。

背景には、相談窓口がパンク状態でつながりづらい状況があったり、そもそも相談することに抵抗感があったりと、相談につながら(れ)ないこどもが一定数いることがあります。

誰も置き去りにされない社会を実現するには、従来の自殺対策とは異なるアプローチで、生きづらさを抱えるこどものための新たな受け皿をつくることが急務でした。そこでライフリンクが創設したのが、「かくれてしまえばいいのです」です。

「かくれてしまえばいいのです」は、絵本作家のヨシタケシンスケさん全面協力のもとつくったWeb空間であり、「死にたい」気持ちを抱えながらも安心して過ごせる場として、匿名・無料で、24時間いつでもだれでも利用できます。

2024年3月の公開以降のアクセス数は、2025年1月までで1600万回超。この数字は、生きることにしんどさを感じている人がそれだけ大勢いることをあらわしており、この世界の過酷な現実を映し出していると受け止めています。

今回は、この「かくれてしまえばいいのです」をしんどい気持ちを抱えたこどもたちに確実に届けようと、一歩を踏み出した宮崎県都城市の取り組みを紹介します。


「SOSが出せないこども」の受け皿に


「都城市でも『SOSの出し方』に関する教育を実施していて、それでSOSを出せるようになるこどもはいいんです。ただ、それでもSOSが出せないこどもも多くいるのではないか。『かくれてしまえばいいのです』は、そういう人の気持ちを受け止める場になるのではないでしょうか」

そう語るのが、「かくれてしまえばいいのです」を届ける取り組みを推進した都城市教育委員会の児玉晴男教育長です。

宮崎県都城市では、こどもがしんどい気持ちを抱えた際に利用できるオンラインの居場所の一つとして、市内の公立小中学校で貸与されている約1万4000人の全タブレット端末に「かくれてしまえばいいのです」のアイコンを入れ、いつでもワンクリックでアクセスできるようにしています。この取り組みは、児玉教育長の主導のもと実現しました。 

「かくれてしまえばいいのです」がタブレット端末に追加された2024年9月以降、都城市内からの2025年1月までのアクセス数は2万回以上。都城市内から平日は毎日200人以上の利用アクセスがあり、その多くが児童・生徒とみられます。

もともと児玉教育長は、こどもの自殺という問題に対して、次のような思いを持っていたと言います。

「こどもは、自分自身の『死にたい』という気持ちすら、認識するのは難しいのだと思います。その認識しづらいことを、どうサポートするのかというのは、ものすごく難しい問題だなと思っています」

その難しさゆえ、都城市ではさまざまなアプローチにより、こどもの心のケアに向き合っています。各小中学校で毎月「命の大切さを考える日」を設ける取り組みや心のケアに関するアンケートの実施、教職員向けの講座の開催、相談室の設置、そして「SOSの出し方に関する教育」などを行っています。

「SOSの出し方に関する教育も、すごくいいと思っています。それでもSOSが出せないこどもも多くいて、SOSを出せないまま、なにかのスイッチが変わってしまうこどももいるのではないかと思っていました」

「死にたい」「消えたい」――。そんな自分の気持ちに気づけなかったり、あるいは「ただなんとなくしんどい」など、こどもは自分の状態を認識することは難しいのかもしれない。そうした気持ちについて、相談することもできないこどもがいるかもしれない。そのときに、こどもが自分自身でなにかできること、利用できる場はないか。

児玉教育長がそんな思いをめぐらせているとき、新聞を読んでいて偶然目に入ったのが、「かくれてしまえばいいのです」でした。

導入とともに学校にメッセージを発信


「かくれてしまえばいいのです」を知り、児玉教育長は、まずは自身で体験してみた、と言います。

「知ってすぐ、自分で『かくれてしまえばいいのです』に入って、2日間使ってみたんです。いろんな部屋をまわってみて、他の利用者なんかも見てみました。それで、ここだったらこどもたちにとっての『隠れ場所』になるんじゃないかなと思いました」

具体的には、どんな点が、こどもたちにとっての居場所になると感じたのでしょうか。

「とくにいいなと思ったのは、何も関係ないおばあちゃんが出てくるじゃないですか。関わりはないのだけど、あなたのことはちゃんと見ているよという。いま都城市がこどもへの支援として取り組んでいるのが、『ななめの関係づくり』なんです。あのおばあちゃんがまさにそれで、これはいいなと思いました。あと、ヨシタケシンスケさんの絵はすごく優しいですよね。入っていたら優しい気持ちになれます」

児玉教育長が「かくれてしまえばいいのです」を知ったのが2024年8月下旬。こどもの自殺が増える時期とされる9月に向け、すぐに導入を決めました。そして、夏休みが明けるタイミングで、市内の公立小中学校に向けたメッセージを配信したいと考えていたと言います。

当時、都城市では地震や台風によって多くの学校で雨漏りや倒木、ガラス破損などの被害がありました。そうした状況だからこそ、先生には励ましの言葉をかけたいし、またこどもの小さな変化が見過ごされてしまうリスクも高くなるのではないか。そんな思いから、都城市内のすべての公立小中学校向けに次のメッセージを送信しました。

さて、このような中ですが、子どもたちの「心」はいかがでしょうか。
本日も、元気に登下校する子どもたちと、出会いました。元気でニコニコしている姿は、微笑ましい限りですが、中には、しんどい思いを抱えながら通っている子どもたちもいるのではと、思ってしまいます。
今回、下記のウェブサイト「かくれてしまえばいいのです」を、子どもたちの端末に用意させていただきました。(ランチャーを押すとアイコンが表示されます。)
しんどい子どもたちが、遊びながら、相談もできるサイトです。ぜひ子どもたちへ紹介していただき、しんどい心を少しでも軽くしていただければと思います。 

――「教育長メッセージ(2024年9月2日)」より一部抜粋

安心・安全に利用できる設計や運営


教育長のリーダーシップのもと、都城市では一気に「かくれてしまえばいいのです」を届ける取り組みが推進されました。一方で、こどもの命に関わる取り組みでもあることから、導入にあたっての懸念や心配ごとなどはなかったのでしょうか。

 また、「かくれてしまえばいいのです」は自殺対策(生きる支援)の一環であるものの、こどもが気軽に利用できるよう「自殺対策」といったことは打ち出しておらず、そうした雰囲気も感じさせない空間になっています。

それらはともすれば、しんどい気持ちに限らない場合でも、学校現場で遊び感覚で利用されることも想定されます。実際に一部の学校では「趣旨と違う目的で利用されるのではないか」という声があったと言います。

しかし、児玉教育長は「私自身、ICTに関する教育にずっと携わってきたので、やってみてうまくいかないこともあるのはわかっていました」と語ります。

「新しいことをやろうとすると、過渡期はきます。でも、そこを通り超えれば、こどもたちが適切に利用するようになると信じているんです。あとの『かくれてしまえばいいのです』のなかでのリスクは、運営側のライフリンクさんにお任せするしかないかなと。こどもの命に関わる取り組みだからこそ、大人にできるのは適切な『入口』を用意することですから」

その運営側であるNPO法人ライフリンクでは、死にたい気持ちを抱える人が安心・安全に過ごせる空間になるよう、設計と運営の両面からリスク管理をしています。

利用者同士がコミュニケーションをとれない仕様にしていたり、万が一にも自殺の誘引情報やこどもにとって悪影響を及ぼしかねない内容が表示されないよう投稿はすべて確認の上で公開したり、AIロボとのおしゃべりでも自殺リスクが高いと検知されるこどもには相談窓口の利用がすすめられたりと、さまざまな対応をしています。

そうしたリスク管理を徹底していることで、「かくれてしまえばいいのです」は、しんどい気持ちを抱えた多くのこどもにとっての「居場所」となっています。

こどもに対しての「生きる支援」として


都城市のように、「かくれてしまえばいいのです」をこどもに届ける動きが全国にも広がれば、いままさにしんどい気持ちを抱えているこどもにとって、相談とはまた別の選択肢の一つを提示することができます。

取り組みが全国に広がるポイントについて、児玉教育長は「こどもだけでなく大人に、この居場所をどう認識してもらえるかではないか」と指摘します。

「都城市の場合は、市内の全公立小中学校に通知を出したことで、どんなところだろうと、利用してみた先生が多くいると思うんですね。実際に大人が利用してみて良いと思ってもらえれば、こどもにも勧めます。なので、まずはどうやってこどもに関わる大人に浸透させられるか、ではないでしょうか」

こどもの自殺という問題への危機意識は、現場の先生が強く持っています。教育委員会としてできるのは、「かくれてしまえばいいのです」を利用してもらうきっかけをつくることで、あとは学校や先生の自主性に任せている、と児玉教育長は言います。その結果、実際に利用されるかどうかは、こどもたち次第です。

「都城市のこどもたちのなかにも、やっぱりしんどい思いを抱えている人がいるだろうと思います。そんなこどもたちに利用されているのは、『かくれてしまえばいいのです』がその人たちにとっての居場所になっているということですよね。私たちとしても、こうした場をもっと増やしていかないといけないと思っています」

こどもの自殺者数が増えている状況を少しでも変えるため、一人ひとりのこどもが「ここにならいていいんだ」「生きていていいんだ」と思ってもらえるように。そうしたこどもの「生きる支援」として「かくれてしまえばいいのです」があります。

「かくれてしまえばいいのです」を広げていくためには、より多くの人の力が必要です。

ライフリンクのホームページ内には「かくれてしまえばいいのです」の周知ツールのダウンロードページを用意しているので、用途に応じて活用いただけたらと思います。また、X(旧Twitter)Instagramなどでの情報発信にも注力しています。ぜひフォローやいいねなどで情報拡散に協力いただけるとうれしいです。

また、本記事を要約した内容は、YouTubeに動画形式でも掲載しています。

引き続き、さまざまな人に色々なかたちで参画をしていただき、「かくれてしまえばいいのです」を必要とする多くのこどもに届けていけたらと思います。

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