未来のAI、君たちはどう向き合うか(藤井輝夫 東京大学総長 × 落合陽一氏)【ライフイズテックJAMレポート】
ライフイズテックが2024年6月に開催した、次世代躍動社会づくりを目的とした教育カンファレンス「Life is Tech ! JAM 2024」。
今回は、「Life is Tech ! JAM 2024」から、東京大学 藤井輝夫総長とメディアアーティスト・筑波大学准教授の落合陽一氏に登壇いただいた「教育が未来をデザインするーAIとリベラルアーツの創造的融合で育む次世代」のセッションの模様をお届けします(モデレーター:NewMe CCO / アナウンサー 笹川友里氏)。
キーワードは「オリジナリティ」
笹川 最初にずばり聞きたいのですが、これからのAI時代を生きていくことになる次世代が、身に付けていかなければならない力とは何でしょうか。
藤井 まず、自分は何がしたいのか、どういうことに興味関心があるのか、そういうものをしっかり持った上で、将来のためにAIをどう使いこなすかを考えることが大事だと思っています。
落合 僕はずっとAIを研究してきましたが、AI研究には流行りがあって、自分の独自性がなかなか出しにくいんです。どんなふうに研究すれば一番オリジナリティがある方向に進むのか、これがいつも重要でした。自分しか取り組んでいない問題を探してくるのも研究者の仕事ですから。
例えば、ディープラーニングがブームの頃、たくさんの人が画像生成をしていましたが、僕は、絵を作ったらそこから服を作るところまでやろうとしました。大規模言語モデルが登場した時は、「AIが答えを出す速度をいかに速くするか」という研究がたくさんある中で、ユーザーインターフェースのことを考えました。当時のAIは、2分かかって100文字の答えが返ってくるぐらいの遅さで、体験できることはそれほどおもしろくなかったけれども、おもしろくないうちに何をしておくかは、研究としては結構重要です。これから出てくるものについても、そういう部分に携わる人がもっと増えたらおもしろいと、個人的には思っています。
ただ、資本がたくさん投下されて盛り上がっている研究は、企業でするべきなのか大学でするべきなのかも考えたほうがいいし、昔に比べて、物事が進む速度はずいぶん速くなっていて、かつお金も一気に動いているので、いまの世代が将来のキャリアプランを見るのは相当に難しいだろうと、個人的には思っています。
藤井 いまのAI研究でオリジナリティを出すのは、相当ピークが立った部分にチャレンジしないと、簡単にはできないと思います。
ただ、いま実現されているものは、10、20年前からずっと研究されてきたことの蓄積なので、地道に研究する方たちにはぜひそのまま進んでいただきたいと思います。私が海中ロボットの研究をしていた1990年ごろは、画像処理には絶望的に時間がかかっていて、画像を認識させ始めてから数分経って少しだけロボットが動く、という世界でした。現在は本当に処理速度が速くなったけれども、それは当時研究されていたことがいま役に立っているということにもなります。
待てばAIは進化する 待つ力の大切さ
落合 いま18歳の方は2005年か2006年生まれですよね。その当時AIに投入していた情報量は、線虫の生涯学習量とミツバチの生涯学習量の間ぐらいです。それがいまのAIは人間の生涯学習量ぐらいになっています。わずか18年で、ミツバチから人間です。
じゃあ、いまから18年後はどうなるかというと、学習量は膨大に多くなっています。そこで「待つ」のです。昔だったら、何かがほしいときは作るか買うしかなかったけれども、待つと何かが登場するというわけです。どの部分で待てばいいのかを見極めないと、それはそれで無駄な労力を使ってしまうので、見極めが重要だという話もよくしています。
藤井 待つときも、結局自分が何をしたいのか、そのために自分は何が欲しいのかが、やはり大事ですよね。
落合 これからの世代は、コンピューターと対話しながら学んでいくことが普通のスタイルになると思うんです。例えば、AIに「プロサッカー選手になるために何を食べたらいいの?」と聞いたら栄養学の論文から教えてくれたり、「リフティング、下手かもしれないけど動画に撮って送ったから見て」と言えば、動画を基に教えてくれたりするはずです。
藤井 いまはプロンプトエンジニアリングの世界で、「どういうプロンプトを作ればよいか」というレベルの話になっていますが、インターフェースがよりよくなれば、AIとも普通の会話で必要な情報がとれるようになってくるのでしょうね。
落合 ですからやはり、人間側はあまり身構えることなく待つことです。AI側が進化していきますよ。
藤井 逆に人間のほうはあまり進化しないかもしれません。昔はコンピューターを使うにもいろいろと不自由でしたから、人間のほうがうまく適応してコンピューターを使いこなしていたけれども、これからどんどんAIの使い勝手がよくなっていけば、バリアはなくなっていくのでしょう。
笹川 お2人のお話を伺うに、「待つ力」が大事ということでしょうか。
落合 「待つ力」は大事です。
藤井 だからこそ、「何がしたいか」ということを鍛えるほうがよいのだと思います。
猫はルンバを生き物と感じるのか、人はAIにどう適応するのか
落合 僕が「猫ルンバ問題」と呼んで考えていることがあります。家に猫がいて、ルンバがいます。もし、ルンバに大規模言語モデルが入っていて、ルンバが人間の音声指示を自分で認識して自分でプログラムを書いていったら…。
藤井 ルンバは、どんどん自分で“いい感じ”になっていきます。
落合 では、そうなったとき、横にいる猫はルンバに対して何を感じ、どうふるまうでしょうか。多分猫は「こいつはある程度自律的に動いているな」と、機械やオブジェクトというより、生き物っぽく感じるのだと思います。
ちなみに、えさや水も自動供給するロボットアームだけの部屋で猫が暮らす、という研究が海外にありました。ロボットアームは猫をあやしてもくれるんです。実際に猫がどうなるかというと、極めて自然に適応するそうです。人間だったらそういう状況でどう適応するかが、気になります。あらゆるものが人間の意図をくんで動いてくれるようになったとき、われわれはどう滑らかに世界に適応するんでしょうね。
藤井 あとは、AIそのものが、われわれと望ましい関係のもとに自分を書き換えてくれるのかという問題も、きちんと考えなければいけないと思います。人間の意に反して、例えば狂暴化するような書き換えが行われると非常によろしくありません。
落合 現状、コンピューターウイルスを作ろうとする人を止める手段はないんです。もちろんそういうプログラムを作り出さないよう、LLMに規制は入っていますが、野良LLMも世の中にはたくさんあって、そういうものが自宅で銃を作ったり、怪しいガスを作ったりできないように止めるのはやはり難しいです。AIは狂暴化するかどうか分からないけれども、知恵を付けた人類は狂暴化するんですよ
藤井 それはそれで問題です。AIのガバナンスについては議論が続いていますし、注意しなければいけませんね。
AIがリベラルアーツを豊かにする
落合 リベラルアーツの世界では、学習者や研究者が「専門書が原文で読めない」ということが多かったのですが、最近はAIが、ドイツ語でも古文でも読みやすく翻訳してくれます。AIのお陰でリベラルアーツも勉強しやすくなってきたかと思います。
藤井 いろいろなことにとっつきやすくなっていますね。リベラルアーツというのは、多様な分野の教養ですから、「ドイツ語の原書を読みたい」「日本書紀を読みたい」「数学をやりたい」「古文も物理も学びたい」と興味がわいてくる時、AIがあるからこそ、文系理系の区分も考えずに自分の興味関心を広く、そして深く掘り下げられるようになります。
落合 確かにそうですね。僕は、文系理系に関係なく数学は基本の素養として位置付けられていいと思っています。AIがこれだけ発達したいま、何がどういう原理で動いているか分かっていないとどうしようもないし、そのために数学の教養は重要です。
藤井 データサイエンスも同じく基本的な学びの位置付けですね。これらの学びのベースの上に、それぞれの人が学びたいことが乗るという構造を考えたほうがよいと思います。
笹川 では、AIをベースで学ぶということを、幼少期からの教育に組み込んだほうがいいのでしょうか。
落合 まず、大学の授業や入試を変えるのは、意外と早くできるんです。でも、それがバックキャストされて小中高のカリキュラムが変わっていくとなると、結構時間がかかると思うのですが。
藤井 でも、プログラミング教育はだいぶ浸透しつつありますよね。プログラミングの学習とAIの学習には大きな違いはありませんが、中身の理屈をちゃんと説明できるかが難しいですね。ある種のブラックボックスとして、「こういうものですよ」という説明はできるかもしれません。
対話がAI活用のカギ
笹川 例えば大学などで専門的にAIを学んだ方と、そうではない一般人の知識やスキルの格差は、ここからは広がる一方なのでしょうか。
落合 AIツールはユーザー数が伸び悩んでいますからね。それに多分、AIで解決できる問題は、たいていの人類にとってはそれほど重要な問題ではないです。
ただ、言語翻訳はみんな使うと思います。例えば、大人の言葉から子どもの言葉にしたり、何が言いたいのか分からない文章を読み解いてもらったりするんです。僕は、不平不満しか書いていないようなメールをもらったとき、LLMに読み解いてもらいます。何をしてほしいかが、3つぐらいは出てくるんですよ。
藤井 いままさにLLMを入れた様々な業務用システムの供給が始まったところで、企業でもそれらのサービスがDXの波に乗って広がっています。この波がどれぐらい広がるかで、皆さんの知識やスキルもだいぶ変わってくるのではないでしょうか。
あとは、よりパーソナルな、自分がやりたいこと、自分が知りたいことのために使うほうが、むしろ楽しいですよね。
落合 そうですね。ポータブル先生として使うのがいいと思います。僕は最近、人文系の調査に行くのが楽しいんです。例えばフィールドワークに行ったときに、「ここで石器が出たらしい」と見てみても、石器のことは全然分かりません。だから、AIに教えてもらいながら眺めるんです。これが意外と楽しい。壁画に書いてある文字や古文の崩し字も全然読めないけれども、読み方を教えてくれるAIが出てきています。AIのおかげで、違う言語体系の学問を学ぶときにできることが増えてきたと思うんです。
藤井 先ほど、私がロボットで海中探査をしていたことをお話ししましたね。海中探査は、一回潜るのに1時間から2時間かかります。ですから、一度潜ったら、調べたいことに関する情報をできる限り全部とりたいですし、たくさんの情報が取れるととてもありがたいわけです。得られた情報によっては、その場で次の新たな行動を決めることもできます。AIが活用できるようになれば、現場でAIの膨大な知識とリアルタイムで対話しながら調査を進められるようになります。
落合 インタラクションが早くなりますね。
笹川 先ほどからお2人のお話に出てくる「対話する」という言葉は、私たちが思うよりも深い意味で使われているような気がします。「対話する」について、もう少し読み解いていただけますか。
落合 ChatGPTが発明的だったのは「何かを質問して、答えてもらう」という、そのインターフェースなんです。もともとLLMは、文書補完をさせたり、コードをある程度書いたその先を埋めたりするのによく使われていました。それが、対話型になって使えるというのは画期的なインターフェースの発明でした。
藤井 「対話型」という点が、ChatGPTが広まった一番のポイントですよね。これまでのAIは、どちらかといえば見えない存在で、いろいろなシステムの背後で画像認識などをしていました。それが、ユーザー一人ひとりと対話するかたちになったことで、これだけ広く使われることになったのだと思います。
「投資の集まる研究」か、「自分がやりたい研究」か
笹川 落合さん的にいま盛り上がっているAIの研究について、教えてください。
落合 僕たちがここ7年で一番やっていたのは、目が見えない人や耳が聞こえない人のための音声認識やコンピュータービジョンです。当初、耳が聞こえない人のために字幕を文字起こしするほうがずっと楽だったんですけれども、最近は目が見えない人のための音声ナビゲーションがずいぶん高速で使えるようになってきたので、「もっといろいろなところで使える」と思うようになりました。人間だけでなく、ロボットや自動運転の車をナビゲーションするものが、今年はとてもアツくて、素晴らしいことだと感じています。いま、ビジョンアシスタンスは花形の研究で、最高風速地点にあると思います。
笹川 ちなみに、「やりたい」研究と、実際に投資してもらえる研究の間には、またギャップがあったりするのでしょうか。
落合 これはとてつもなく重要な話です。いまって、3年後にできそうだと思ってもだいたい1年後ぐらいにできてしまうし、1年後にできそうと思えば、もう明後日ぐらいにできてしまう可能性があって、投資にちょうどいい目標を定めるのは、よほどの目利きがないと難しいです。でも、「うちの会社には資本もあるし、進めちゃってオッケー!」な会社にいればできることもあって、そこは、大学やスタートアップで研究することの難しさになっています。
藤井 資金が相当集まったスタートアップでは、やりたい研究が結構できるようになっていますね。プライベートのセクターに結構な投資が集まり、基礎研究が相当に進むようになっています。以前とは少し様相が変わってきたと思います。
笹川 では、いまAI研究をしたいと思う人にとっては「その研究はどれくらい資本が投下されやすいか」と、「自分がやりたいことかどうか」の按配は難しいですか。
落合 非常に難しいと思います。
藤井 そのようなことを考えるのは、私はあまりお勧めしませんね。
落合 僕もお勧めしないです。今日の最初のほうでも言いましたが、オリジナリティあるAI研究者になってほしいです。
藤井 自分がやりたいと思ったことをしっかり掘り下げてほしいですし、それが非常に大事だと思います。
落合 1980年代だったでしょうか、ファインマンが、「自然をシミュレーションするなら、量子コンピューターでやるほうがいい。なぜならこれは、そう簡単には解けないから素晴らしい問題なのだ」と言っていたんです。「簡単には解けない素晴らしい問題」があることが、やはり大事です。僕も、そういう問題を思いついたらためておくようにしています。
ただ、「そう簡単に解けない素晴らしい問題」は、問題だけ見たら、それが何に使えるか分からないです。このことは重要です。それと、問題を解いている側には、解けたときに一番簡単な具体例が見えてくるはずです。
「そう簡単には解けない素晴らしい問題」を立てることが重要
笹川 では最後に、お二方が次世代にどういうことを期待するか、お聞かせください。
藤井 学校を出た後に、すぐどこかに就職しなければいけないことはないですし、何か一つの仕事をずっと続けなければいけないわけでもありません。いろいろな選択肢があるわけで、もう少し柔軟に、自分のやりたいところへいろいろと動いていってよいのです。そして、それが可能になる社会になり、AIとの対話が何らかのかたちで後押しになればよいと思っています。
落合 「そう簡単には解けない問題」はリベラルアーツの中によく転がっています。「人間はなぜ死ぬの」「死んだらどうなるの」「猫は何を考えているの」「ブッダは何を考えていたの」……それは全然分かりません。でも、調べようと思ったら調べられるかもしれない。こういう問題に真面目に向かい合うには、リベラルアーツは非常に大事です。
藤井 そして、そういう(たとえば歴史上の人物のようにリアクションしてくれる)AIを作ることができるかもしれないですよね。
笹川 お話を聞いていて、自分で「そう簡単には解けない素晴らしい問題」の問いを立てられるかどうかが、次世代に必要な能力の一つなのかと思いました。問いを立てられるようなるには、どういうことを考えていけばいいのでしょうか。
落合 問いかける能力って、実は答える能力より難しいです。常に「これはなんでこうなっているんだろう」と考える好奇心が重要です。
藤井 あとはやはり、できるだけ関心を広く持っていただきたいです。
落合 若い頃から、「とりあえず気になる」ことを増やしていけばいいと思います。
笹川 では、またお2人のセッションをどこかで聞けるのを楽しみにしております。ありがとうございました。
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