日米ソフトウェア・エンジニア、給料の違い
少し前に、渡辺千賀さんが「エンジニアという「特殊能力者」、今後どう扱うべきか?:全産業で問われる難しい問題」という記事をDIGIDAYに寄稿しました。
渡辺千賀さんとは何度かお会いしたことがありますが、シリコンバレーのエンジニアたちがどんな生活を送っているかについて、もっとも躊躇なく書ける・話せる立場にある日本人と言っても良いと思います。
シリコンバレーで働く日本人はたくさんいますが、駐在として来ている人たちには必ずしも実情は見えていないし、逆に、Google や Facebook で高給をもらっているエンジニアたちは、自分の待遇を語っても自慢にしか聞こえないし、ネット上で正直な金額など書いたら、嫉妬の嵐で炎上することは目に見えています。
本文中に、
さらに電気自動車用の充電器がある社員用駐車場の一角にはテスラ(Tesla)の高級モデルが並ぶ。
「ここはエグゼクティブ専用ですか」と聞く、日本の方もいたが、別にそんなことはない。
ソフトウェアエンジニアというのは、(日本の感覚では)それほど長くない就業時間で、仕事中にぶらぶらと自転車に乗ったりして、しかも、たくさん給料をもらっている人たちなのだ。
という記述がありますが、これが米国のテック業界の現状です。
シアトルもそれは同じで、Microsoft や Amazon の駐車場に行けば、Tesla、BMA、ベンツなどの高級車が並び、たまにフェラーリで会社に来る連中がいるぐらいです。
彼らがどのくらいの給料をもらっているかは、ネットで調べれば分かりますが、ソフトウェア・エンジニアの給料の平均が、Google で $137,857、Facebook で $151,870です(ただし、これは給料で、ストックオプションは含みません)。そのまま、日本円にすれば、1500〜1650万円です。
では、これが日本のソフトウェア・エンジニアと比べてどうなのかを知りたい人も多いと思いますが、それが簡単ではないのです。
まず第一に物価が違います。シリコンバレーの異常な物価を考慮すれば、1200万から1300万円相当と考えた方が良いと思います。
しかし、その違いよりももっと大きな違いは、産業構造です。日本のソフトウェアは、ゲームやネット企業を除けば、ゼネコン方式で作られており、(米国であったら Google や Facebook でソフトウェアを書いていたような)理系の大学や大学院を出た人は、マネージメントだけをして、実際のプログラミングは、下請けの(理系の大学を出ていない)派遣エンジニアがしているのです。
そんな派遣エンジニアたちは、高々月100万円ぐらいの人月工数で派遣されるため、50%を派遣業者にピンハネされると計算すれば、年収は良くて600万円だし、労働環境は過酷なのです。
「30代前半(30~35歳)・ソフト系の平均年収は525万円」という記事がありますが、平均を押し下げているのは、そんな派遣エンジニアたちなのです。
つまり、あえてステレオタイプ化して書けば、同じ30才のエンジニアでも
シリコンバレーのエンジニア:
学歴: Stanford 大学、コンピュータ・サイエンスの修士号
年収: $140,000 (約1550万円)
住宅:$1.3million の持ち家
資産:ストックオプションの含み益 $2 million
通勤:Tシャツに短パンで自転車や自動車通勤(Tesla Model 3)
労働時間:普段は7〜8時間、気分が乗れば14時間
プログラミング:三度の飯よりも好き
日本の派遣エンジニア:
学歴:プログラミングの専門学校や文系の大学
年収:450万円
住宅:親と同居
資産:特になし
通勤着:背広で電車通勤
労働時間:月の平均残業時間が100時間
プログラミング:好きではないが、仕事なので仕方なくしている
ぐらいの違いはあるのです。
随分大きな差ですが、これだけ大きな産業構造の違いがある中で、彼らを比べてもあまり意味がないのです。
あえて比べるのであれば、(プログラムは書かないので、厳密な意味ではソフトウェア・エンジニアではありませんが)プライムベンダーと呼ばれる IT ゼネコンの頂点に立つ企業の係長クラスと比べるべきです。
ITゼネコンの係長:
学歴:早稲田大学理工学部修士
年収:950万円
住宅:社宅
資産:1200万円の貯金と株
通勤着:背広で電車通勤
労働時間:月の平均残業時間は60時間(ただしサービス残業あり)
プログラミング:新人の頃少し書いたけど、もうすっかりやらなくなった
年収は額面で言えば5割ほどシリコンバレーの方が高いですが、物価を考慮すれば、2〜3割の差です。
ただし、シリコンバレーのエンジニアには、ストックオプションという一攫千金のチャンスがあります。会社の上場や買収の結果、エンジニアたちが数千億から数億円の一時金を手にするということが、ごく日常的に起こっているのがシリコンバレーなのです。
一方のITゼネコンの正社員には引退するまで首にならないという終身雇用が保証されている上に、引退後に関係会社の役員のポジションを天下り先としてもらえるというメリットもあります。
シリコンバレーのエンジニアにそんな話をしても、「そんな先まで会社が存在する保証なんてないじゃん」と言われるだけでしょうが。
渡辺千賀さんは、全ての業界がソフトウェアに飲み込まれようとしている今、対抗するためには、普通の企業もソフトウェア・エンジニアを雇って対抗する必要があるけれども、彼らにこれだけの給料を払うのは難しいと指摘していますが、その通りです。
さらに優秀なエンジニアたちは、給料が良いだけではなく、「面白い仕事」のオファーもたくさんもらうので、「アマゾンに対抗して、うちもネットでものを売りたい」みたいな企業が、優秀なエンジニアを雇うのは、ほぼ不可能と考えた方が良いと思います。
しかし、それは米国の話で、もっと悲惨なのは、せっかく雇った理系の学生をソフトウェア・エンジニアとして育成せずに、使い回しが効くゼネラリスト・管理職として育成している日本です。
結果として、GoogleやFacebookと対抗するために必要不可欠な、「理系の修士号や博士号を持ち、プログラミングが三度の飯よりも好きで、猛烈に働く優秀なエンジニア」の数が日本には圧倒的に不足しているというのが現状です。
それでも最近は、日本でも本当に優秀な理系のエンジニアが、ベンチャー企業や外資系の企業に勤めたり、いきなりベンチャー企業を自分で立ち上げたりする傾向が強まっており、とても良いことだと思います。
「日本のIT産業は、なぜ世界に通用しないのか」にも書きましたが、理系の大学や大学院を出た優秀なソフトウェア・エンジニアは、そういった企業にとっては、スポーツ・チームのアスリーツのような貴重な存在なのです。ITゼネコンに入って、管理職・ゼネラリストとして育てられてしまうには、あまりにも勿体ない存在なのです。
この記事は、メルマガ「週刊 Life is beautiful」からの引用です。毎週火曜日、米国のIT事情やベンチャー市場、および、米国と日本の違いなどについて書いています。
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