オンライン・ゲーム「H・O・P・E」、第二章

これは、先日公開した、オンライン・ゲーム「H・O・P・E」の第二章です。後半は有料となっていますが、私のメルマガ「週刊 life is beautiful」をご購読いただければ、全文を読むことが可能なので、そちらもご考慮いただければ幸いです。

友也がUBIプログラムから提供されたオンラインゲームを楽しんだ翌日の朝、霞ヶ関の会議室で、サーバーに繋いだパソコンの画面をプロジェクターに写しながら、一人だけその場に不釣り合いなTシャツを着たエンジニアが、同席する背広を来た人々に向けて説明をしていた。メンバーの多くは明らかに霞ヶ関の官僚だが、そのうち二人は議員バッチをつけた初老の政治家だ。

「昨日の0時までの段階で、UBIグラスでログインした被験者は、現時点で865人。そのうち、UBI受け取りの手続きを完了した被験者は、321人です。期待していたよりも少ないですが、1週間以内にほとんどの被験者が登録すると見ています。1週間立っても手続きが完了していない被験者にはノーティフィケーションを送ります。

一方、オンラインゲーム『H・O・P・E』を遊んだ被験者は762人と予想を上回る比率です。審議官からのリクエストに応じて、ホーム画面から2ステップでゲームに辿り着けるようにしたのは正解だったようです。」

とエンジニアは斜め前に座る官僚の一人に目を向けた。

審議官と呼ばれた男は、自慢そうな顔もせずに「続けてください」とだけ言った。

「平均プレー時間は、4時間32分。グラスが彼らの手元に届いたのが、午後だったことを考えれば、悪くない数字です。

『パーティ戦』にまで進んだ被験者は303人と、50%を切っていますが、まだ1日目なのでそれほど心配する必要はないと思います。

パーティを組んだ303人のうち、異性との1対1のパーティを組んだのが240人、同性、もしくは3人以上のパーティを組んだのは63人です。通常のオンラインゲームのパーティ構成とは大きく異なりますが、これは意図的な設計の結果で、ほぼ予想した通りの展開になっています。

一度組んだパーティを解消した被験者も13人ほどいますが、パーティの解消にそれほど神経質になる必要はないと考えています。最終的に居心地の良いパーティを見つけて、長く楽しんでもらうことが重要ですから。」

続いて、審議官と呼ばれていた男が立ち上がり、部屋の反対側にいる議員たちに向かって解説を始めた。

「先生方には既にご理解いただいていると思いますが、オンラインゲームは、UBIプロジェクトを成功させるためには、最も重要な存在であることを再度、強調させていただきます。

十分な用意もなくUBIを開始したヨーロッパでは、UBIを受け取った若者の中で、うつ病もしくはそれに近い症状を訴える割合が30%を超し、自殺者と家庭内暴力も急増しています。街によっては、彼らが徒党を組んでショッピングモールを襲う、などの事件を起こして大きな社会問題になっています。

心理学者たちの分析によれば、UBIを受け取る若者たちが精神的に不安定になる一番原因は、UBIが提供する『働かなくても生活できる』環境そのものにあります。『自分は社会に必要とされていない』ことを実感した若者が、うつ病にかかったり、暴力に走るのだと、説明されています。

UBI懐疑派は、ヨーロッパの事例を理由にUBIの導入に猛反対して来ましたが、AIの進化により壊滅状態になった知的労働市場、および、今後同じことがロボットの進化により他の労働市場に引き起こされることが明確なことを考えれば、日本においてもUBIの導入が必須であることは明確です。

ヨーロッパと同じような状況に陥ることを避けるために開発されたのが、今回、被験者全員に提供している、「UBIグラス」と呼んでいる専用のグラスと、それを使って遊べるオンラインゲームです。

我々が提供するオンラインゲームは、表面上は、従来型のオンラインゲームに似てはいますが、一つだけ大きな違いがあります。その目的が「社会の秩序と安定」にある点です。

我々のチームは、長年、若者の行動について研究して来ました。

『なぜイジメや不登校が起こるのか』『なぜうつ病にかかる若者が増えているのか』という身近なテーマから、若者が暴徒化したり、暴力団やテロリスト集団に入ってしまう心理状態まで、徹底的に研究してきました。

イジメからテロリストまで、かなり広い範囲の話ですが、一つだけ共通点が明らかになってきました。それは、『自分が社会に必要されている』という感覚の欠如です。

人間は、エリオット アロンソン氏が著書『ザ・ソーシャル・アニマル』で指摘した通り、社会に属していなけれえば生きていけない動物です。社会インフラや食べ物などの物理面はもちろん、精神面もとても重要なのです。

既に社会インフラが整い、モノや食べ物が溢れる世の中で育った子供たちには『社会は自分たちが支えなければならない』という感覚が薄く、その裏返しとして、『自分は何のために生きているのか』『自分は社会に必要されていないんではないか』という疑問や不安による情緒不安定に陥りやすいのです。

それは、うつ病や不登校のような消極的形で現れることもあれば、逆に、イジメや家庭内暴力のような暴力的な形で現れることもありますが、根っこは同じです。

暴力団やカルト集団が、そんな若者たちの弱さにつけ込んでメンバーを集めることはよく知られていますが、これは見方を変えれば、彼らがそんな若者たちに対して『自分を必要としてくれている場所』を提供しているとも言えるのです。

極端な例が、テロリスト集団です。先進国で暮らしている若者が、自ら進んで中東のテロリスト集団に参加したり、彼らに同調して国内でテロを起こしたりする問題の根底には、社会の中で自分の居場所を見つけることが出来ない、若者の不安があるのです。

2013年のボストンマラソンで起こった爆破テロは、チェチェン共和国から移住してきた兄弟二人が中東のテロリストに同調して起こした事件ですが、この背景には彼らが子供の頃に受けていた人種差別やイジメがあったとされています。

この事件の後、この手のテロ事件を未然に防ぐには、ティーンエージャーのメンタル・ケアが最も効果的だ、という提言をした学者がいたそうですが、FBIは相手にしてくれなかったそうです。

UBIプログラムの被験者に対して提供されるオンラインゲームは、そんな「悩める若者たち」に、リアルな社会の代わりに『生きる理由』『自分を必要としてくれている場所』を与えるために開発されたゲームです。フラグシップ的な役割を果たすゲームのタイトルが『H・O・P・E(希望)』と付けられているのは、被験者に『生きる希望』を与えることを目的に開発されたゲームだからです。

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