母の話 ㊦
話題になっていたネット漫画「ルックバック」を読んだ。統合失調症への偏見を助長するという指摘から表現が変わったというのを知って興味が湧いた。
実は母の病気を隠して来なかった。隠さないと何が起こるかというと、面と向かって失礼なことを言ってくる人は意外といないことがわかる。他人は案外優しい。
ああ、やっぱり差別を受ける側なんだよなあ、気を遣わせて来たんだなあと改めて実感。でも母は他人に迷惑かけてこなかったから、隠す理由がなかった。
彼女は陰性症状のほうが強かった(幻覚や幻聴は陽性症状に入る)。自分が傷付きすぎて、他人を傷付けたくないから、引きこもりのようになってしまったのだろうと今はそう思っている。そういう人だったから、死んでからの自己主張が許されたのではないかと…笑。
今は話す理由がないので黙っているけど、大坂なおみのメンタル問題を笑う人が苦手だ。
★四十九日
納骨できなかった。お墓の蓋が開かなかった。母の居場所は我が家なんだろう。父の両親の眠る墓に独りで入るのは、それは嫌だろう。もっと家にいればいい。納骨は一周忌のタイミングにすることになった。
★多分冬前ぐらい
夢を見た。父の実家で誰かの葬儀の準備をしている。私は喪服にジュースをこぼしてしまい、洗うためにお風呂場に向かった。
お風呂場の脇に玄関があって、玄関には母がいた。居間で父と母が向かい合って、ニコニコ笑っていた。
1年前に窓から逃した母が、1年かけて帰ってきた。母の居場所はやっぱり私たち家族の元だったのだろう。
なんとなく、一周忌には納骨できるだろうと思った。
★年末
その年は31日に実家に帰る予定で、ギリギリまで働いていた。ある夜。金縛り状態に。これは、母さんかもしれない。心の中で語りかけた。「仕事があるんさ、大晦日は帰るよ」「本当に?」と聞こえ、金縛りが解けた。ちゃんと心配してもらえていたんだなと、泣いた。これ以後、金縛りらしい金縛りはガクッと減った。
★初盆
長兄の家(父の元実家)で宴会。隣の仏間から「ドンドン」と音が聞こえた。甥っ子が何の音?と言う。「母さんじゃね」
その日の夜、実家に戻って酔い潰れて寝ていると、私のiPhoneのSiriが起動した。触ってないし、伏せている。
なんだ?と思ってiPhoneを持ち上げると、Siriの利用事例が並んでいた。「◯◯が私の母です」という文章が目に入った。
誰が「Hey! Siri!」と声を掛けたのだろう。ああこれも母さんかも。死んでからのアピールつおい。
(Siriって、連絡先から続柄を覚えさせることができるのね。多分その説明画面が出ていたのではないかと思われる。全く使ってないからわからないけど)
★一周忌
事前に工業系職業の2人の兄が、知識の限りを尽くしお墓の蓋を開けに行ったが、すんなり開いたらしい。無事納骨。
★2年目のお盆あたり
寝ていると、畳をすり足で歩く音が聞こえた。歩き方が太っていた母さんっぽい。
その日の寝る前、私は「母にしてもらっていたこと」を思い出していた。母には、グレープフルーツの皮を剥いてもらっていた。表面の厚い皮を皿にして、薄皮を剥いだ身を詰めてもらって食べていた。
すり足を聞きながら奥歯から弾けるように酸っぱい味が広がった。きっとそこにいるのは母だ。私の母は病んでいたけど、それなりに愛は受けていたと思う。
★三回忌目前
実家に帰るとなんだか臭い。その匂いが東京にまで付いてくる。オトコヤモメはやばしと思った。次に帰省した時に、ファブリーズを使った。
ファブリーズには、魔除けの効能もあるらしい。気になる人は検索を。以来、匂わなくなった。不要になったファブリーズはいまも実家で転がっている。もしかしたら、私は母を追い払ってしまったかもしれない。
母方の祖父が亡くなった時も、遺体を安置している仏間から何とも言えない匂いが広がっていたので、もしかしたらそういう家系なのかもしれない。私も死んだら…だれか匂いを嗅いでくれるかなあ。
私に霊感はない。でも、血を分けた肉親からなら、なにか受け取れるのではないかと思っている。
あとついでに。母の死後8カ月目に生まれた猫を飼っている。SNSで母のことを書いているといつも近づいてくる。いまもさっきまでお腹の上に乗っていた。生まれ変わりなのではないかと疑っている。
おわり。私の説明のつかない不思議体験は以上です。