チィファの手紙
中国映画『チィファの手紙』。手紙を巡って登場人物たちの心情や思い出が交錯するストーリーだ。キャッチコピーにもあるように主人公チィファや彼女の憧れであるイン・チャンの「初恋」がこの映画の大きなテーマになってくる。
姉、チィナンが死んだ。彼女宛に届いた同窓会に出かけ、そのことを伝えようとした妹、チィファだったが、姉に間違えられた上、スピーチまでするはめに。
同窓会には、チィファが憧れていたイン・チャンも来ていた。途中で帰ったチィファをチャンが追いかけ、呼びとめる。
チャンがチィナンに恋していたことを知っていたチィファは姉のふりを続けた。連絡先を交換するが、チャンが送ったメッセージのスマホ通知を、チィファの夫ウェンタオが目撃。激昂し、チィファのスマホは破壊されてしまう。仕方なくチィファは、チャンに住所を明かさないまま、一方通行の手紙を送ることに。かくして始まった「文通」は、思いもかけない出来事を巻き起こす……。
チィファの姉であるチィナンに恋をしたイン・チャン、そんなイン・チャンに思いを寄せるチィファ。初恋がテーマであるとはいえ、この映画をラブストーリーのカテゴリーに単純に収めてしまうのは惜しい気がする。チィナンの死によって動き出す、家族とそれぞれの人間を描いた映画である。
どの人物にも感情移入してしまうこの作品。中でも私はチィナンの息子のチェンチェンに注目し、いろいろと考察してみた。
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チィナンと娘のムームー、息子のチェンチェンはチィナンの実家でチィナンの両親とともに暮らしていた。チィナンの葬儀が終わって帰宅すると、チィファの娘サーランは祖父母の家(つまりチィナンの実家)にしばらくいたいという。劇中でチィファのセリフにもあるが、母を亡くしたばかりのムームーへのやさしさと考えられる。
対してチェンチェンはというと、チィファたちの家に行きたいという。「おばあちゃんの家はWi-Fiが弱いし。」と移動中にこぼすチェンチェンだが、おそらくサーランがムームーに寄り添う様子を見たくなかったからではないだろうか。加えて家族への憧れもあったのではないかとも思われる。
ストーリーが進んでいくにつれ、チィナンの結婚生活が明かされていく。大学時代に駆け落ちするように結婚したチィナンだったが、夫の暴力に怯える日々を過ごし、夫はある日突然帰ってこなくなり、鬱病になって自殺してしまったという。
ムームーやチェンチェンは祖父母と住むようになる前はかなり厳しい家庭環境にいたと推察される。とりわけチェンチェンは家族への不信感や寂しさを感じているように見えた。
チィファたちの家に来れば、何かが変わると考えたのかもしれない。しかし、同窓会から帰ってきたチィファに届いたイン・チャンからのメッセージを巡って言い争う声や、ウェンタオがチィファのスマホを壊す音を聞いて、チェンチェンはかつての彼の両親を思い出してしまったのではないかと、あとから考えてしまった。
ほどなくしてチィファの義理の母も滞在することになる。初めはチェンチェンも楽しく暮らしていたが、チィファの義理の母がぎっくり腰になる原因をつくってしまい、またどこか暗くなってしまう。
思いつめたチェンチェンはついに家を飛び出してしまう。チィファとウェンタオが迎えに来たあとも、逃げるように夜道を進む。帰ろうという声に「帰るところなんてない」と突き放す。
家族らしい家族はいないし、姉のムームーのはいとこのサーランがべったりだ。彼には幼い頃から寄る辺がなかったのだろう。
そんな彼にできた新しい家族が2匹の大型犬だ。ウェンタオがチィファへの仕返しのように突然連れ帰ってきた保護犬である。劇中ではそういわれていたが、もしかしたらウェンタオなりにチェンチェンに配慮したのではないかと私は思っている。独りぼっちで心の奥に孤独感を抱えていたチェンチェンに、ずっと寄り添ってくれたのが犬の存在だった。
祖父母とムームーのもとへ帰ったチェンチェンは、ムームーから母が遺した手紙を渡される。遺書のようなものだと思う、と渡されたその封筒の中身は、チィナンの中学の卒業式でのスピーチだった。
チィナンがそのスピーチをしたのは恐らくチェンチェンと同じ年頃だろう。何を思い、この文章を2人に託したのか。
その文章が母の中学の卒業式でのスピーチだということを恐らく2人は知らない。チィファに中身を見せたら教えてもらえるだろうが、きっとそのような機会はないだろう。旅立ち、それぞれの人生を歩んでいく。母を亡くした2人のこれからを導いていくだろう。
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ただのラブストーリーではない。観る人によって誰に感情移入するかは違ってくる。何度も見返して別の人物に感情移入してみることもできそうな、奥が深い作品だった。中国の都会と田舎の景色、音楽、役者。すべてが溶け合う素晴らしい映画だった。