#3 って、再検査が何だよ
2018年11月。
低い冬空から落ちてくる雨が、私には一段と冷たく感じる。
普段ポジティブな人、つまりは私が落ち込むと手に付けられない。
今、私、相当落ち込んでいるのだ。
あー、開けなきゃよかった。
会社に送られてきた健康診断の結果書類のことだ。
いつも通り「所見なし」のオンパレードだとたかをくくって開封したら、乳がん検診のところに要再検査とある。
せめて帰宅してから開ければよかった。
このテンションで1日を乗り切れる自信が、まったくもって・・・ない。
触診のほかに、エコーとマンモグラフィを受診した。
マンモグラフィでは私の小さな乳房を撮影するために、検査技師が私の乳房のすべてを伸ばした。
まるでピザ生地の扱いだ。
普段の居場所から、急に新しい持ち場への移動を命じられたかわいそうな小さな乳房たちは実に居心地が悪そうだ。
早く戻りたいと悲痛な叫びが聞こえてくる。
しかし、残念ながらその叫びは検査技師には聞こえないらしい。
2枚の検査用の冷たい板に挟まれて、左右で数分間の拷問は終わった。
本当にモノ扱いである。
エコーはそれに比べたら楽なもんだ。
ベッドに横たわり、くすぐったさと恥ずかしさに耐えるだけで終わる。
検査技師が手元の検査用機械を乳房の上で滑らせ、怪しい影がないか、画面に表示された画像を確認しながら進めていくのだが、そういえばあの時、確かに右乳房と左乳房とで検査に所要した時間は明らかに違っていた。
あの時はさほど気にしなかったが、今になって一瞬くもった検査技師の顔を思い出す。
健康診断の結果を見たときショックの中に、「あー、やっぱり。」という、ある種、納得した感があったのはそのせいだ。
ちくしょー。検査技師のどや顔が目に浮かぶぜ。
私はがくり肩を落としていた。
残り少ない休み時間、検診結果の紙を手にしたまま、スマホで病院を検索する。
画面に現れた薄ピンク色の外観。
奇遇にもその乳がん専門病院は、近所にあった。
別に嬉しくもない。
いつもは自分が必要なものが手に入ると、「これも引き寄せね。」と豪語する私も、この時ばかりは、「いや、ただの偶然だし。」と自分に言い聞かせた。
よく通る道だったのに、今まで気づきもしなかったのだ。
「結局のところ、すべては用意されていて、それに気付けるかどうかが大事」とは、私の好きな言葉だが、健康そのものだった私にはこの病院が気づきの範疇にはなかった。
とにもかくにも、病院に問い合わせてみる。
受付に事情を話すと、担当者に繋いでもらえた。
「次の生理予定日から数えて10日〜14日の間で予約を取ってください。」
と、その担当者はこちらの都合も聞かずにぴしゃりと言い放つ。
推定50~60歳のベテラン看護師だろう。
きっと眼鏡をかけている。
身長は高くはないがやせ形だ。
仕事はできるが友達は少ない・・・
と、簡単に想像ができてしまうほど、電話の向こうのその人はきつい口調だった。
愛してくださいとは言わない。
しかし、もう少し言い方があるだろう。
普段の私ならむっとするところだろうが、何しろ今の私には検査結果のダメージが大きすぎて、魂の抜け殻のようになっている。
ベテラン看護師の声に追い打ちをかけられ、この僅かな時間にすっかり悲劇のヒロインになってしまった。
ただでさえ、魂がなくなっているところに、その看護師はわたしの残りのすべての鋭気を吸い取ってきやがったのだ。
ピザ生地の次はこれかよ。
しかしショックで判断も思考もだいぶ鈍っている。
とにかく予約をしなければ私、死んでしまうのかもしれないのだ。
会社に休みの確認をしている暇はない。
乳がんかもしれないのだ。
誰だって命が一番大事なのだ。
つづく・・・