ちょっぴり大人になった、あなたの横顔
「あっちゃん(私のあだ名)、イヤだったことってある?」
その日は、車で海に貝殻拾いに向かって運転している途中。ふいに、助手席に座っていたバディ(小4)に問いかけられた。脈絡もなく、突然の問いかけに言葉に詰まる。
「えー、イヤだったことかぁ。何かあるかなぁ。」
なんて答えながら、何かイヤだったことがあったのかな?と、内心ちょっとドキっとしつつ、私自身には特に思いつくエピソードがない。そんなことも気にした様子はなく、「私はね……」とバディが話し始めた。
「小学校の教室にハチが入ってきたことがあって、それがね、すごく怖かったの。でも、先生は何もしてくれなくて、『気にしないで』っていうだけで、それがすごくイヤだった。」
「そっかぁ。ハチかぁ。なるほど、それは怖いね。」
「昔は、ハチがすごく怖かったから。すごくイヤだった。でも今は、ミツバチだったら大丈夫。お花には必要だしね。」
「そうだね〜。ハチがいないと、花は困っちゃうもんね。」
彼女がどんな言葉を使ったのか詳細は覚えていないけど、だいたいこんな会話をそのときに交わした。私のバディは、不安がとても強くて、虫もとても苦手で、学校には行っていない(最近、少しだけまた行き始めたけれど)。
彼女が学校に行っていない理由はたぶんいろいろあるけれど、そのうちの一つは、「私が困っても、先生は助けてくれない」という先生に対する不信感。だから、側から聞いていたら、へぇ〜と思うできごとだったとしても、このハチ事件は、彼女にとっては、とても怖くてイヤだったできごととして記憶に残っているのだろうなと想像した。
そして同時に、それほどまでに彼女の中で大きかったできごとをはじめて私に共有してくれたこと。怖くてどうしようもなかった「ハチ」に対しても、彼女の中で少しずつ捉え方を変えて、共存しようとしていること。
そのふたつのことが、隣に座る彼女の表情をちらっと盗み見ながら運転する私の中でふわっとよぎり、胸がきゅっとした。
私はそのとき、何をしたわけでもなく、ただ話を聞いただけ。だけど、彼女の「しゃべっても大丈夫」という私に対する信頼感を受け取って嬉しいようなこそばゆいような気持ちと、変化しようと模索し続けている彼女の努力を讃えるような誇らしく思うような、なんとも言い表せない気持ちになった。
夏の眩しいくらいに強い日差しが溢れる車の中で、出会った頃よりも大人びた彼女の見せる横顔が、今も印象に残っている。
バディの話▼