見出し画像

The Mother - ミラ・アルファサに寄せて

わたしはいつか町をつくりたい、と妄想することがあります。

そこには家族の垣根もなく、口座を所有することもなく、土地を囲う必要もなく、しくみに隷従することもなく、個人の霊性を高めることに必要な時間を十分に費やすことができ、小さなコミュニティーで必要な資源を循環させ、より大きなコミュニティーと自然の多様性の中に共生できる空間。

地球のどこかにそんな実験的な場所がひとつくらいあっていい。

そんなある日、どこからともなく耳にしました。

オーロヴィルという町を知っていますか?

オーロヴィル - Auroville とは

フランス人女性のミラ・アルファサ(通称マザー)によって、1968年にインド南部に設立された町があります。名前は Aurore + Ville フランス語で夜明けの街といった意味。オーロビンドというインドの思想家のパートナーであったマザーが彼の名前にちなんで命名したのだそうです。

性別、信条、政治や国籍を超えて、平和で先進的な調和を体現することを目的とした実験都市です。現代社会の恐ろしいまでの破壊と人類の愚かさに対する答えとして、地上の人類の統一を目指して今なお理想を模索しつづけています。金銭でのやり取りを最小限に抑え、自然と共生し人としての霊性を高める瞑想のオリエンテーションなどもあります。どことなく懐かしくもそして近未来的でもある不思議な町です。

設立当時にマザーが掲げた町のビジョンがあります。

そのビジョンは「A Dream(夢)」と題されています。

「地球上ではまだこのような理想郷を実現する準備が整っていない」だから、この町のビジョンを彼女は「夢」と呼んだのです。

わたしは、この「夢」と題されたマザーの言葉を目にした時に、ほんとうに感動したのを今でもよく覚えています。

こういったビジョンを掲げ、理想を形にしようとした人がつい最近まで生きていて、その残像はいまでも地球上に残っていて、数世代先の世代を超えたプロジェクトとして今でも実験は続けられています。

今日は、そのマザーの掲げた「夢」をぜひ紹介したいと思います。

A Dream - The Mother (Mirra Alfassa)

地球上には、いかなる国も自国の領土として主張することのない場所があるべきです。偽りのない大志を抱く善意ある人なら誰でも、世界市民として自由に住むことができ、唯一の権威に、すなわち至高の真理に従って行動することのできる場所です。そこは平和と融和と調和の地であり、人間に備わる戦闘本能のすべてが、苦しみと不幸せの原因を克服するために、弱さと無知を乗り越えるために、自己の限界と無力に打ち勝つためにのみ発揮される場所です。欲求や情欲を満足させるよりも、快楽や物質的悦楽を探し求めるよりも、霊魂 (spirit) にとって必要とされることや進歩に関心を向けることが優先される場所です。

その地において、子供たちは自己の魂(soul)との繋がりを失うことなく、完全な状態で成長することができるでしょう。子供の教育は、試験に合格するためでも資格や社会的地位を手に入れるためでもなく、すでにある才能を伸ばし、新たな能力を引き出すために与えられます。そこでは肩書きや職位を獲得することはありませんが、その代わりに奉仕活動をしたりコミュニティをまとめる機会を得ることになるでしょう。個人が身体的に必要とするものは平等に供給され、各自の知的、倫理的、霊的な優位性は、組織内における快楽や権力の増加として反映されるのではなく、より多くの義務や責任として顕在化します。また、絵画や彫刻や音楽や文学などの芸術美は、分け隔てなくすべての人に享受されます。芸術美がもたらす喜びを分かち合う能力というのは、個人の資質にのみ基づくものであり、社会的あるいは金銭的な地位によって制限されるものではないのです。

そのような理想の地では、金銭が統治者として君臨することはありえなくなるでしょう。物質的な富や社会的地位に付帯する価値よりも、個人に備わる価値のほうがはるかに重要なものとなるからです。そして、労働は生活の糧を得る手段としてではなく、自分自身を表現し、自己の能力と可能性を育む手段となるでしょう。なおかつ労働は各自が行う共同体全体への奉仕活動でもあり、その一方で共同体は各個人の生活を支え、活動の場を提供します。いうなれば、ほとんどの場合において、人と人の結びつきというのは競争や争いが根拠となっていますが、その地においては、よりよい行いのために励み合い、協力し合い、真の友愛を育むことが人間関係のよりどころとなるのです。もちろん、世界はそのような理想をまだ実現してはいません。なぜなら、人類がそれを受け入れられるほどの知識と理解を持ち合わせてもいなければ、それを実践するために欠かすことのできない意識の力を備えてもいないからです。だから私はこれを夢と呼ぶのです。

しかしそうとはいえ、この夢は現実のものとなる途上にあります。その現実化の過程こそがシュリ・オーロビンドのアシュラムにて私たちが務めていることなのです。けれどもそれは私たちの有する乏しい資力に比例するような、きわめて小規模なものに過ぎません。この夢の実現は完璧とはほど遠いものです。それでもなお、この夢は進歩しています。少しずつ到達地に向かって前進しています。私たちの希求するその到達地とは、現今の混沌から抜け出し、さらなる調和と真実を体現する新たな生命体として生まれ変わるための、実用的かつ効果的な方法をいつの日か世界に提示できるようになることなのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?