何処にだって、何にだって
講師としてサポートしている専門学校の卒業式でした。
「例え声優になれなくても、人として成長してほしい」
などとは絶対に思わず、とにかくプロになるためのことだけを
ゴリゴリとやってきた2年。
この人はなれるかな、どうかな、
という2択がないので、
3年後5年後、10年後、30年後。
どの学生も
その人らしく声のプロとして活動する姿しかイメージできない私。
想像を超えた妄想、いやセルフ洗脳。
学びは続くが、そのスタイルや学ぶことの意味もがらっと変わる。
私はできない人は絶対に置いて行かない、とことん付き合うけど
意地悪な講師だったので
やらない人はとっとと置いてきぼりにしてきた。
教室にいない人はその時私の中には存在していないから、
誰が、いつ何で欠席したなんてほぼ記憶がない。
式の後の懇親会。深夜のカラオケ店で
「不安なんです」「怖いんです」と泣いた学生がいた。
だよね。
ここからは、卒業がない、区切りがない。
区切りを決めるのは自分。
なれるのかなれないのか、あきらめるのか、まだ頑張るのか。
どれがゴールなのかも、引くも進むも
自分にしか決められない。
そもそも「なったらゴール」ですらない。
プロの世界はゴールは次のスタート、の繰り返し。
そんなところに、
この人たちはこれから挑んでいくんだ。
ポロポロと頬に落ちるキラキラの涙を見ていたら
何とも言えない気持ちになった。
いいぞいいぞ~。
あなたたちは
何処へだって行けるし
何にだってなれる。
それを知ってるよ、私は。
さあ行ってらっしゃい。
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