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プラトンの「ギュゲスの指輪問題」からわかる人間の本性。

古代ギリシャの哲学者であるプラトンの著書「国家」には、「ギュゲスの指輪」という話がある。

哲学的な問題に興味がある人は聞いたことがあるかもしれないが、この問題は現代においても道徳的な議論でよく取り上げられる問題だ。

Wikipediaからの大雑把な概要としては、以下のとおりである。

ギュゲースの指輪は、自在に姿を隠すことができるようになるという伝説上の指輪であり、リュディアの人ギュゲスが手に入れ、その力で王になったという。

グラウコンは、誰にも知られず不正を行なうことができる場合に、ギュゲスのように不正を行なって栄華を極める人と、正義を貫いて何も得ない人と、どちらが良い人生を送ったと言えるのかとソクラテスに質問した。

正義を勧めるときに、世の人々は良い評判が利益につながることを理由として挙げるが、それは人に知られず不正を働き、良い評判を得たまま利益もおさめられればよいという考えにつながらないかという疑問である。

読んでわかるように、ギュゲスの指輪とは、プラトンの兄であるグラウコンがソクラテスに対して投げかけた疑問のことだ。

ギュゲスの指輪は、人間の中に眠る道徳や倫理に深く根付いた問題であり、人生をより良く生きるためにはどう生きるべきかという問題にもつながってくる。

絶対に誰にもバレずに悪いことができるとき、あなたは自分がどういった行動をするか、自信を持ってハッキリと言うことができるだろうか?


ギュゲスの指輪問題

まずはじめてに言っておくが、ギュゲスの指輪は伝説上のモノであるため、現実には透明になれる指輪といったシロモノは存在しない。

ドラえもんの世界には透明になれる「透明マント」が存在しているが、21世紀に生きる私たちには、残念ながら現時点で透明になる方法は科学的にも生物学的にも見つかっていないのが現実だ。

しかし、現実に透明になれないからといって、ギュゲスの指輪問題について考えるのが無意味というわけではない。考えるべきは、自分がギュゲスの指輪を手に入れ、実際に透明になれるとしたらどういう行動をとるだろうか?ということだ。


自己正当化と自己欺瞞

おそらく大多数の人の答えは、他人のいる前では「仮に透明になれたとしても特に悪いことには使わない」と言うだろう。あたかも、自分はそんな指輪を手に入れたとしても悪いことには使わず、透明になれるのは大したことではないと言う。

だが、人間の認識はそもそも欠陥だらけであり、人は常に自己欺瞞と自己正当化をおこなう生き物であることを忘れてはならない。つまり、ギュゲスの指輪を手に入れていない現在の自分からは、ギュゲスの指輪を手に入れた自分の行動を予測することはできないのだ。

実際に指輪を手に入れたとき、どういう感情が自分の中に沸き上がってくるかすら、私たちには知ることができない。今の自分は透明になれる指輪なんて持っていないからこそ、手に入れたときにどういう行動をとるかを真剣に考えることができない。

にも関わらず、多くの人たちは自分のことは自分が一番わかっていると思い、自分の感情の揺れ動きがどうなるかまでわかると思い込んでいる。

そのため、頭の中では自分の考えを正当化する自己正当化が起き、自分で自分の感情を欺く事故欺瞞に陥ることになるのだ。


人間が持つ理性の力

人は誰しも他人が近くにいるときには、道徳的で倫理的な行動や発言をする傾向がある。特に、近くにいる人が好きな人だったり、いいところを見せたいと思っている相手、恥ずかしい姿を見せたくないと思っている相手であるときにはなおさらである。

しかし、実際に誰にも知られずに悪いことができる誘惑に駆られたとき、人は理性を保ちながらも正しいと思っている行動をとることができるのだろうか?

人間は理性を持っているからこそ、ほかの動物よりも賢い生物として存在している。古代の哲学者たちも、人間の理性ほど大切なものはないと幾度となく述べている。

だが、それは理性的であるはずの人間は、絶対に間違いを犯さないというわけではない。理性のある人間でも間違うことはある。というよりも、理性を間違った方向に使うのが人間だともいえる。

ここで思考実験をしてみよう。

透明になれる指輪を手に入れた自分を想像し、その後自分がどういう行動をとるかここで真剣に考えてみてほしい。

透明になれるということは、知らない人のお家に侵入してお金を盗んだり、スーパーやコンビニから食べ物を万引きしたり、気になっている異性の家に侵入したりすることができる。

今までのようにお金を稼ぐために働く必要はなく、捕まる心配をすることなくお金を手に入れることができ、タクシーや飛行機にだってタダ乗りすることができ、どこにでも世界中自由に旅行することができる。もちろんホテルも無料で使い放題だ。

少し考えてみただけで、透明になればできることが次から次へとたくさん思い浮かんでくる。もちろん前述した例はすべてれっきとした犯罪であり、現実では絶対にしてはいけないことである。

こうした行動の自由が想像できるとき、ギュゲスの指輪を手に入れても道徳観や倫理観を損なうことなく、理性で自分を制することができると胸を張って言えるだろうか?

さて、あなたはどうだろう?


幸せは自分の精神状態で決まる

プラトンの兄であるグラウコンはソクラテスに対し、ギュゲスの指輪を持っていても、自分の道徳や倫理、正義や信念を貫いてなにもせずにいる人と、誰にもバレることなく悪いことをたくさんし、億万長者や成功者になって悠々自適な生活を送っている人のどちらが幸せであるかを問いかけた。

ソクラテスは、たとえ誰にもバレずに悪いことができ、なおかつそれにより名誉や成功、富や権力を手にすることができたとしても、それはしょせん見せかけのものであり、人間においてもっとも大切な精神が汚れてしまっているため、本当の幸せは感じられない、と答えた。

これはつまり、自由や成功、幸せや充実といったものは、外的な環境(この場合はお金や名誉)によってもたらされるものではないということだ。

すなわち、幸せというのは自分の内部の状態、精神の状態によって得られるということである。


罪悪感は人間を押しつぶす

たとえ絶対にバレる心配がない状態で悪いことをしても、悪いことをすれば精神には罪悪感や嫌悪感といった目に見えない負担が降りかかる。そして、そのネガティブな感情により精神的に追い詰められてしまう。

ソクラテスは、そのような状態では人間は幸せにはなれないと言っている。

これは誰もが一度は似たような経験をしたことがあるだろう。犯罪をおこなった人が罪悪感や逃亡に疲れて自首することがあるのと同じく、悪いことをすれば必ず精神には悪影響が及ぶのである。そしてその罪悪感は人間を押しつぶすことさえあるのだ。

そう考えると、ギュゲスの指輪なるものが現実に手に入ったとしても、自分の欲望のままに使用することは避けるべきだとわかる。悪用して一時的に欲望が満たされたとしても、時間が経つにつれて罪悪感によって永遠に苦しむことになるのが目に見えているからだ。

よく言われているように、幸せは手にするものではなく「気づく」ものであり、自由も手に入れるものではなく「感じる」ものなのである。

だが、頭では使用しないほうがいいとわかってはいても、私も含め、多くの人間はギュゲスの指輪を使って犯罪的な行為をするだろう。そして、罪悪感で死にたくなる。

でも、その罪悪感こそ人間であり、人間を人間足らしめるものの一つなのである。人間に罪悪感がなければ、おそらく社会や文化といったものは存在しなかっただろう。

人と人がうまくコミュニケーションできるのは、相手を思いやる気持ちがあるからだ。そして、その思いやりは罪悪感からきている。

罪悪感は、人間社会を築き、人とのコミュニケーションを円滑にする潤滑油のようなものなのである。


人は追い詰められたときに本性が出る

プラトンやソクラテスといった哲学者ははるか昔の存在だ。しかし、彼らは現代人よりも「より良く生きる」ことを真剣に考え、ギュゲスの指輪のような問題提起を幾度となくおこなっていた。

プラトンの「国家」はその一つである。よくアニメや漫画などでも透明になれるキャラクターや道具などが登場しているが、私たちは自分がそうした道具を手に入れたときのことまでは真剣に考えない。なぜなら現実に存在しないとわかっているからだ。

だが、人間に潜む心理や醜い感情、倫理や道徳といったものは普段は奥底に眠っていて表には出てこない。そのため、誰もが自分の奥深くに眠る感情について想像することすらできていない。それらの感情が姿を表すのは、本当に追い詰められたときか、何もかも自由にできる権利を手に入れたときだけなのだ。

ギュゲスの指輪は人間を完全に自由にする。普段持ち合わせている倫理や道徳といった概念からの自由をもたらし、人間にモラルハザードをもたらす。しかし、ソクラテスが述べているように、私たちにとって本当に大切なのは外面的な自由などではなく、内面的な幸福なのである。

もちろん幸福感は一人ひとり異なっているため、内面的な幸福を求めることがすべての人間の幸せにつながるとは限らない。プラトンやソクラテスといった古代の哲学者たちが伝えたかったのは、「一人ひとりが幸せに生きるためにはどうするべきか?」ということだ。

私たちは、もっと人間の倫理や道徳、罪悪感や嫌悪感について勉強するべきなのかもしれない。人間を知ることこそ、哲学の本当の意味でもあるのだ。


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