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読書記録『風に舞いあがるビニールシート』

「一万円選書」で選んでいただいた10冊のうちの1冊。

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作品について

風に舞いあがるビニールシート
森絵都 著  文春文庫
(単行本の発売日:2006年05月31日)

あたたかくて力強い、第135回直木賞受賞作

自分だけの価値観を守って、お金よりも大事な何かのために懸命に努力し、近づこうと頑張って生きる人たちの1日を描いた短篇集

担当編集者より

才能豊かなパティシエの気まぐれに奔走させられたり、犬のボランティアのために水商売のバイトをしたり、難民を保護し支援する国連機関で夫婦の愛のあり方に苦しんだり……。自分だけの価値観を守り、お金よりも大切な何かのために懸命に生きる人々を描いた6編。

文藝春秋BOOKSより


思い返せば、短編小説も今作が「はじめまして」だったかもしれません(連作短編集はいろいろ読みました)。
どれも「もう終わっちゃった?」という感じで、次の話へ切り替わってしまい、「その後」が気になってたまりません。おそらくそれが短編小説のよいところなのでしょうけれど。
長編が成立しそうなテーマばかりなのに、短編でスパッと終わらせてしまうのはとても勇気が要りそうです。
おかげで読者の想像は膨らむばかりです。

価値観も多様性の時代

単行本が発売された2006年、私の価値観の崩壊が始まったころです。
学校を出てやりたい職に就き、結婚し、子供を産み育て、ある程度の役職に収まり、引退し、老いて死ぬ。
その当時はまだ多くの人が思い描き信じていたであろう人生のステップ。
私は早くもそのうちの1つ2つを見失い、足元がぐらぐらしていました。

心酔するパティシエのケーキを「布教」しようと奮闘する弥生。
犬の預かりボランティアの活動費を捻出するためにスナックで働く恵利子。
ホテルでバイトしながら大学の二部で文学を学ぶ裕介。
仏師になる夢に敗れ、修復師として仏像と向き合った潔。
クレーム処理に赴きながら、10年前の約束を果たすために奮闘する健一と石津。
難民のために命をかけたエドと、その死から立ち直ろうともがく里佳。

本作に登場する主人公たちは、「自分の価値観」を持ち、迷い悩みながらも走っています。「大切な何か」と懸命に向き合う姿勢は、根無し草の私にはとても眩しいです。


風景描写

各話のあちこちにちりばめられた著者の風景描写が好きです。
目を閉じれば、鮮明にそれらが浮かんでくるようです。と同時に、主人公の心情も表していて、感情移入することができます。

窓ガラスの向こうをすりぬけていく景色は冴えない鉛色で、ながめていても紛れるどころかかえって気が滅入った。ホワイトクリスマスをもたらすには目方不足の薄雲が空一面を覆い、延々とつらなる鈍い色調の家並みが大地を埋めている。どこまで走っても、どこへもたどりつけそうにない閉塞感

「器を探して」より

東海道新幹線で京都に降りたち、四両編成のローカル線へ。六駅目で乗り換え、さらに二両編成のローカル線へー。視界を塞ぐビルが消え、人煙が薄れ、車窓からの景色がすかすかの余白だらけになった頃、屋根も囲いもない野ざらしのホームが線路の先にちらつき、それはみるみる接近して、やがては潔の足の下となった。

「鐘の音」より

いつの間にか窓の外からは田畑が消え、樹木が消え、のどかな民家が消えている。フロントガラスから見えるのは建ち並ぶビルと、その合間で身を縮こまらせている空とー。

「ジェネレーションX」より

今気付きましたが、私はどうやら車窓からの眺めが好きなようです。
電車通勤していた頃、これらと似たような体験をしていたからでしょうか。
都会と田舎を行ったり来たりする間、徐々にうつりゆく風景を眺めるともなく眺めながら、自分の「モード」も連動して切り替わっていくような感覚になります。

6編のなかで

他の方のレビューを見ていると、「ジェネレーションX」と、表題作の「風に舞いあがるビニールシート」が人気のようでした。
どの話でも感情が揺さぶられ、さまざまな人生と価値観を見せてくれました。
私が一番好きな話は「犬の散歩」です。クライマックスでは感極まって涙腺が崩壊してしまいました。

「お金」「命」「家族」とは別の大切ななにか。
そんなものがあれば、人生はきっと味わい深く、豊かなものになっていくのでしょうね。
私にとってのそれは、いったいどんなものなんだろう。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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