読書記録『風に舞いあがるビニールシート』
「一万円選書」で選んでいただいた10冊のうちの1冊。
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作品について
思い返せば、短編小説も今作が「はじめまして」だったかもしれません(連作短編集はいろいろ読みました)。
どれも「もう終わっちゃった?」という感じで、次の話へ切り替わってしまい、「その後」が気になってたまりません。おそらくそれが短編小説のよいところなのでしょうけれど。
長編が成立しそうなテーマばかりなのに、短編でスパッと終わらせてしまうのはとても勇気が要りそうです。
おかげで読者の想像は膨らむばかりです。
価値観も多様性の時代
単行本が発売された2006年、私の価値観の崩壊が始まったころです。
学校を出てやりたい職に就き、結婚し、子供を産み育て、ある程度の役職に収まり、引退し、老いて死ぬ。
その当時はまだ多くの人が思い描き信じていたであろう人生のステップ。
私は早くもそのうちの1つ2つを見失い、足元がぐらぐらしていました。
心酔するパティシエのケーキを「布教」しようと奮闘する弥生。
犬の預かりボランティアの活動費を捻出するためにスナックで働く恵利子。
ホテルでバイトしながら大学の二部で文学を学ぶ裕介。
仏師になる夢に敗れ、修復師として仏像と向き合った潔。
クレーム処理に赴きながら、10年前の約束を果たすために奮闘する健一と石津。
難民のために命をかけたエドと、その死から立ち直ろうともがく里佳。
本作に登場する主人公たちは、「自分の価値観」を持ち、迷い悩みながらも走っています。「大切な何か」と懸命に向き合う姿勢は、根無し草の私にはとても眩しいです。
風景描写
各話のあちこちにちりばめられた著者の風景描写が好きです。
目を閉じれば、鮮明にそれらが浮かんでくるようです。と同時に、主人公の心情も表していて、感情移入することができます。
今気付きましたが、私はどうやら車窓からの眺めが好きなようです。
電車通勤していた頃、これらと似たような体験をしていたからでしょうか。
都会と田舎を行ったり来たりする間、徐々にうつりゆく風景を眺めるともなく眺めながら、自分の「モード」も連動して切り替わっていくような感覚になります。
6編のなかで
他の方のレビューを見ていると、「ジェネレーションX」と、表題作の「風に舞いあがるビニールシート」が人気のようでした。
どの話でも感情が揺さぶられ、さまざまな人生と価値観を見せてくれました。
私が一番好きな話は「犬の散歩」です。クライマックスでは感極まって涙腺が崩壊してしまいました。
「お金」「命」「家族」とは別の大切ななにか。
そんなものがあれば、人生はきっと味わい深く、豊かなものになっていくのでしょうね。
私にとってのそれは、いったいどんなものなんだろう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。