【備忘録】縄文語の発音 ーN型アクセントと昇り核アクセントー
縄文人の遺伝子HTLV-1
縄文人の遺伝的特徴が色濃く残る集団の指標として、ATLのレトロウイルス(HTLV-1)がある。このウイルスは成人 T 細胞白血病(ATL)を引き起こす原因として発見されたものであり、日本国内では九州、沖縄、高知、三陸など、そして主に僻地や離島に高頻度で、アイヌでも高い(図1)。国外では、東アジアの他地域では全く見いだされず、アメリカ先住民やニューギニア先住民、西アフリカで高頻度である(田島&園部 1999、木下2003、田島2008)。
このウイルスのキャリア好発地域は、古モンゴロイドに属す縄文系の人々が高密度で残存していることを示している(日沼 1998)。HTLV-1はかつて日本列島だけでなく東アジア大陸部にも広く分布していたが、激しい淘汰により大陸部では消滅した。弥生時代になってウイルス非キャリアの大陸集団が日本列島中央部に移住してくると、列島中央部でウイルスが薄まり、列島両端や僻地には縄文系のキャリア集団が色濃く残ったものと考えられている。
縄文語の発音特徴
このHTLV-1の分布に一致するように、沖縄を中心に、九州、高知、伊豆諸島、本州山間部、隠岐などで以下のような音声特徴が見られる。これら縄文人の遺伝子が色濃く残る地域でこのような言語特徴が見られるということは、すなわち、これは縄文語の発音特徴と考えられる(Pasificos 2023)。
・[a],[i],[u]の3母音体系(⇒狭母音化)
・N型アクセント(語声調)
・[ti],[tu],[di],[du]の音
・声門閉鎖音[ʔ]
アイヌ語と昇り核アクセント
いっぽう、沖縄、九州、高知などとは別に、アイヌも遺伝的に縄文人の末裔であると言われる(斎藤 2017)。実際、HTLV-1の頻度はアイヌでも高い(Tajima & Hinuma 1992)。そして、アイヌ語は「昇り核アクセント」である(田村1996、ブガエワ2014)。すなわち、昇り核アクセトも縄文系の言語由来の可能性が高い。昇り核アクセントは、現在、青森県青森市・弘前市、岩手県雫石市(上野 1977、上野 1989、北原 2002)、岩手県宮古市(田中 2003)などの日本語の方言にもみられ、これらの方言にアイヌ語(縄文語)の基層が存在することを示すものと思われる。実際、HTLV-1の頻度は三陸沿岸で周囲より高い。また、昇り核アクセントは、奄美語にも見られる(上野 2000)ことから、アイヌ語特有のものではなく、広く縄文系言語に見られる特徴であった可能性が考えられる。
N型アクセントと昇り核アクセントの違いとは
N型アクセントは語声調、昇り核アクセントは上がり目の昇り核として弁別したアクセントであり、いずれも、元となるアクセントの音調を模倣して成立したという点が共通しているが、両者の違いは何か。それについては別稿で詳しく考察したい。
【文献】
ブガエワ, アンナ(児島康宏、長崎郁 訳)(2014)「北海道南部のアイヌ語」『早稲田大学高等研究所 紀要』(6), 33-76.
日沼頼夫(1998)「ウイルスから日本人の起源を探る」『日本農村医学会誌』,46(6),908-911.
木下研一郎 (2003)「西日本に多い成人T細胞白血病--その病像、感染経路、予防」『Science of humanity Bensei』(42),34-40,東京:勉誠出版
北原保雄監修、江端義夫編集(2002)『朝倉日本語講座10 方言』朝倉書店, 64頁.
Pasificos(2023)「日本語方言の発音から見る4つの基層/上層言語 ーA)縄文語、B)裏日本ウラル語、D)日琉祖語、C)近畿シナ系言語ー」
斎藤成也(2017)『核DNA解析でたどる 日本人の源流』東京:河出書房新社.
田島和雄 (2008)「ATLウイルス:南米インディオと現代日本人の一部は共通の先祖をもっていた!」逆転の日本史編集部(編)『日本人のルーツがわかる本』241-263.東京:宝島社.
田島 和雄,園田 俊郎(1999)「ATLの民族疫学」 『日本リンパ網内系学会会誌』 39 巻, 1 号, p. 3-10
Tajima K, Hinuma Y (1992): Epidemiology of HTLV-I/II in Japan and in the world. Gann Monogr Cancer Res 39: 129-149
田村すゞ子 (1996) 『アイヌ語沙流方言辞典』 草風館
田中宣廣(2003)「陸中宮古方言アクセントの実相」『国語学』54-4.
上野善道 (1977)「日本語のアクセント」大野晋・柴田武編『岩波講座日本語5 音韻』岩波書店
上野善道(1989)「日本語のアクセント」杉藤美代子編『講座日本語と日本語教育2 日本語の音声・音韻』明治書院、178-205頁.
上野善道(2000)「奄美方言アクセント諸相」『音声研究』4(1): 42-54