イエスフィクション
N市へ向かう電車で、私は必ずボックス席に座る。
位置は決まって、窓が左側に来るように。
特に理由はない。
いや、あるかもしれない。
途中に見える彼を、一瞬でも見るためかもしれない。
なんてことはない、交通事故だった。
大学も卒業に近づき、これから華やかな人生を送っていくはずの彼だった。
私にはもう関係ない他人だった。だから、葬式には行かなかった。行け、なかった。
友人から聞いた葬式の日には、とりあえず喪服だけ着て、部屋の真ん中で正座していた。
もし自分が葬式に参列して、彼の親に声をかけられたなら、なんて言おう、とか考えながら、ただ床を見つめていた。
人生で一番彼を苦しめた人間、とでも言おうか。
ただの友人、って言った方がいいかな。
いやもう、友人でもないのか。
他人、です。
一生使うことのない質疑応答シミュレーションに時々苦笑いが溢れる。
葬式に来なかった私を君はなんて思うだろうか。来いよって言うのかな。いや、来なくて良かったなんて思っているかも。
もし私が死んだら遺書に君の名前でも書いて罪悪感を最期に押し付けてやろうと思ったのに、できなくなってしまった。
最後まで私にとって君は、嫌なやつだった。
彼の生まれとN市は関係ない。だからボックス席から見える墓に掘られている文字は、彼と名前は一緒でも、そこに彼はいない。
海の近くで眠っているらしい。
でも骨って眠るのだろうか。
私が死んでも恨みを押し付ける人間はいない。
でも私が死んだらもう一回あの世でやり直せるかも。
ボックス席から見える外の風景は何も変わらない。
人1人死んでも何も世界は変わらない。
それに私は君じゃない別の人に会いに行くためにここに座っている。
冷え性なんて比にならないくらい君の最後の手は冷たかったんだろう。
そんなことを思って、もう一回温めてあげたいなんて感情が湧くなんて、笑えて来る。
ボックス席の窓の淵に肘をかけて、頬杖をつく。
手はまだ暖かい。