ある物語

私は小さなクモだった。

産まれたばかりで体は半透明。まだ色もなかった。


ある11月の夜。


その日は朝からの強い雨が降り続きとても寒かった。

ブロック塀の隙間にも、雨は容赦なく降り注ぎ、葉っぱの裏にも雨粒がつたっていた。


私の体も濡れて、カチカチに冷えていた。

1人では食べる力も残されていなくて、ただ震えていた。

それでも待っても待っても、雨は止む素振りさえ見せず、辺りはもう暗くなってきた。


そんな時、ある一軒の家から明かりが漏れてきた。

私は何も考えず、ただその明かりの漏れている方へ近づいて行った。

そこは台所の横の換気用ダクト。

そこから暖かい空気と灯りが外に漏れていた。


私はもう何かを考えることもせずに、その灯りの中へ入っていった。

「暖かい!!」そこはとても暖かく、そして明るい!

これでもう凍えずに済む。濡れた体も乾くだろう。。。

でも、こんなに明るい場所では、いくら小さな私でもきっと見つかってしまう。

もし人間に見つかってしまったら「さっちゅうざい」と呼ばれるものすごい勢いの液体をかけられたり、

「てぃっしゅ」という柔らかい白い布のような物でくるまれて、排除されると聞いた。


大きくて獰猛な人間という生き物は、ずしんずしんと大きな揺れを起こしながらやってくる。

大きな暗い箱の中に何でもかんでも放り込んでしまうらしい。

そんな人間に見つかったら大変だ。ひとたまりもない。


どこに隠れればいいのだろう。見たこともない大きなものばかりだ。

迷っている時間はない!とにかくよじよじ登ってそこにあった隙間に隠れた。

ふーっ!人間もどうやらここは気が付かないらしい。


灯りも音も消えた。

安心したら眠気がやってきた。知らない間に深く眠ってしまったみたいだ。

人間がいつやってくるのか恐ろしいけれど、今まで一番深く深く眠った気がする。


ん?気が付くと薄っすらと明るくなり人間の気配を感じる。


ここなら安全だと完全に気がゆるんで寝込んでいるところに、人間がやってきた。

私の隠れている隣にあったものを持ち上げて、水をかけてゴシゴシ洗いはじめた。

何か鼻につーんとくるような臭いがする。

これは何だ?「さっちゅうざい」ともまた違う、何だ!?とにかく危ない!

とにかく急いで逃げなきゃ!!でも、どこへ!!!

地面までは、どれくらい距離があるだろう。

でも、ゆっくり考えているヒマはない。

でもまてよ。

私の体はとても小さいし色もまだ無いから、静かに静かにしていたら、

人間には見つからないかも知れない。

じっと動かないで人間がいなくなってから、そっと外に出ればいい。


あれ。何か気配がする。何かにみられている気がする。じっとり汗がでてきた。

見つからないなんて、甘かったのか!?


人間は凄く小さなものでも見分ける目を持っているのかも、油断していた!甘く見ていた!!


生まれたばかりの私もあの液体をかけられ 「てぃっしゅ」 にくるまれて、

暗い箱の中に投げ込まれてしまうのだろうか。


まだ、行きたい所もあったなー。

食べてみたいものもあったし。。。たくさんの仲間とも会ってみたかった。

最後に陽を浴びたのはいつだっけ?


あーあ、つい灯りと暖かさにつられてもぐりこんでしまった。

一瞬、助かったと思ったけれど、これまでか。。。


おかしいぞ、見つかったと思ったけど、何もかけられない!?

。。。ん?

うわぁー!!私の潜んでいる蓋が持ち上げられた!!

「あっ、これが暗い箱じゃ!?」


ずしんずしん。人間は蓋を持ったまま歩きだした。

あー。何をされるんだろう。。。


人間は窓を開け、私がへばりついている蓋を振り始めた。

チャンスだっ。糸をスーッと出してぶら下がった。

すると人間はそっと私を降ろすように蓋を下げた。


私が地面について急いで走っていくと、

人間はハミングをして、少し微笑み、窓を閉めた。


あの人間は私を逃がしてくれたんだ。外に出してくれたんだ。


小さな小さな私みたいなクモは敵も多く、いつも危険がいっぱいで、

いつ何かあってもおかしくない毎日だけれど、

逃がしてくれて、また1日生きることができて、

嬉しい。Luckyだ。


人間は敵だと思っていたけれど、

そうとは言えないことがあって、何だかニヤニヤしてくる。

これも生きているから感じることができる。


辺りを朝日が白金色に照らしはじめた。

今日はいい天気になりそうだ(^^)

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