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町の夜に出遅れる

夜眠れないと焦る。日の長い夏であるとうっかり日が登ってきたりしてなお焦る。
焦ると睡眠からますます遠ざかる。入眠しなくとも、暗い部屋で目を閉じて安静にしていれば、睡眠と同程度まではいかなくともそれなりに睡眠に近い効果が得られるらしい。なので眠れなくても、目を閉じて横たわっていれば大丈夫。そういうことにしている。

もっと町の夜が長ければいいのにと思う。
ポストコロナの世界では、コロナ以前に比べて街が早寝になったと思う。昔は24時間営業の飲食店なんてザラにあったのに、今は見かけなくなった。もともと24時間営業だった近所のマクドナルドですら、人手不足で22時に閉店するようになった。
23時に仕事を終えて、小一時間かけて家の最寄駅に着くころには日付が変わる直前になっている。
駅前のパチンコ屋は、昼間にはガチャガチャした騒がしい光やら音やらを撒き散らしているくせにこの時間なるとすっかり暗くなって静まり返っている。
こんな時間でなければ道沿いの店の明かりで明るく照らされる歩道も、店が閉まった後ではこんなにも暗い。
暗い歩道の中で煌々と光っているのは24時間営業の牛丼チェーンの看板だ。向こうには松屋、あちらには𠮷野家。牛丼チェーンに入って券売機なり席のタッチパネルなりで何か注文しようとすると、人気メニューはあらかた売り切れている上に深夜料金でやや割増されている。深夜なのだから当たり前だ。とはいえ、美味しいおすすめメニューも食べられず、残ったメニューを割増料金で食べなければならないなんて悲しい気持ちになる。美味しいものは正しい時間に生活している人たちのためのもので、夜遅くまで残業しているわたしは残されたものを食べるしかない。
他にはコンビニが開いている。コンビニの棚も昼と違ってガラガラであるし、やはりこちらも欲しいものほど売り切れている。お客が少ない時間帯なので、動線上には荷出しのためとみられるカゴがうずたかく積まれている。残業帰りの大きなカバンを積まれたカゴに引っ掛けてジェンガのようにドンガラガッシャンと崩しては大惨事なので、通路を歩くときはかばんを体の前に抱えてカゴに接触しないようにしてそーっと歩く。

わたしはこの町の中で出遅れている、と思う。暗いパチンコ屋、売り切れ続出の牛丼屋の注文パネル、コンビニのガラガラの棚を見るたびにだ。
この町の一番美味しいところは、正しい時間で生きる人たちにすべて持っていかれてしまった。出遅れに出遅れたわたしには美味しいところにありつく権利がない。

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