自己紹介バッグ
noteで自己紹介バッグという概念を知った。
言われてみれば確かにバッグにはその人の生き方が出る。小さいバッグを好む人もいれば、大きいバッグを好む人もいる。本革派もいるしナイロン派もいる。ひとつのバッグを使い続ける人もいれば、頻繁に替える人もいる。
わたしの自己紹介バッグをあげるなら、それはもう疑いようもなくロンシャンのル・プリアージュである。
ショルダータイプ、ネイビー、Lサイズ。
かれこれ8年使っているが、擦り切れが出てきたものの破れたり壊れたりする気配はない。
なぜロンシャンのル・プリアージュを買ったかというと、丈夫だと聞いたから。
わたしは大学時代ロシア語を専攻していた。満足な語彙量の露和電子辞書など存在せず、鈍器として使える辞書なのか、それとも辞書として使える鈍器なのかわからないくらい重い露和辞典を毎日持ち歩く必要があった。英文科の友達に「え、紙の辞書なの?電子辞書使ったら?便利だよ」と言われて発狂したりしていた。
この露和辞典はわたしのバッグを次々と破壊し、最終的に生き残ったのはロンシャンとコーチだけだった。露和辞典サバイバルで生き残ったことでわたしなロンシャンに一目置くようになった。
ロンシャンのトートバッグは、ナイロンであるのに2万円を超える。安くはない。安くはないが、8年ほぼ毎日使ってこの頑丈さであれば良い買い物をしたと今になっては思う。8年使ってようやく四隅が擦り切れてきたかな?というくらいだ。
ナイロンなので水に強いのもいい。図書館の本って濡れると司書さんに注意されてしまうんだよな〜。わたしは本をよく借りて持ち歩くし、もちろん自分の本も持ち歩くので、水に強い鞄がいい。
ロンシャンのトートバッグには、中に仕切りがほぼない。リップと鍵が入る程度の小さなポケットがひとつ付いているだけで、あとは何もない。
だがこれがいい。
仕切りがないというのは、「カバンに物理的に突っ込めるものであれば、なんでも入れることができる」ということだ。だからロンシャンのトートバッグは、通勤にも使えるし、旅行にも使える。仕切りがないからこそ、柔らかいナイロンが内容物によってその形を変えるのだ。◯◯用バッグ、という限定的な用途を持たないトートバッグなのでどこへ行くにも使えてとてもよい。
ちなみに、ロンシャンのバッグに仕切りがないことを不便に思う人も多いようで、ロンシャンから売られているものではないが、ル・プリアージュ専用の仕切りなどが売られているが、わたしはひとりで「そんなもんいらんだろ!!」とキレている。
わたしはあまりモノに一目惚れをしない。
ビビッときてものすごく気に入ったものではなく、「他のものに浮気したりもするんだけど、なぜか最終的にそれに帰ってきてしまうもの」がわたしにとっての運命の何かだ。ロンシャンのトートバッグはそのひとつだと思う。
今でこそロンシャンのトートバッグの良いところをつらつらと挙げられるが、これは8年間も使っているからであって、買ったときから気に入っていたわけではない。買ったときは、とにかく丈夫で、露和辞典に破壊されなさそうなバッグとして買っただけだった。使えば使うほどそのバッグのよいところがわかってきたのだ。他のバッグも使ううちに、「そういえば、ロンシャンのトートバッグならこんな重くないな」「こんなに水が染みたりしないな」「用途が限定されないな」という気づきを繰り返して今に至る。浮気相手と触れ合って本命の良さを知るという浮気人の主張もわからなくはない。他のものに触れてそのありがたみを知るというやつだ。
わたしは丸の内で働いているが、丸の内OLでロンシャンを使っている人は非常に多い。ナイロンバッグはカジュアルになりがちなのだが、ロンシャンのトートバッグはナイロンバッグながら上品なデザインだと思う。
恐らく、ロンシャンの上品さは柔らかさにあると思う。仕切りがない故に内容物によって形が変わるという話をしたが、よほど詰め込まない限りくたっと柔らかく崩れる。こなれて見えるのだと思う。さらに、控えめながら光沢もあるので、ビジネスウェアとの相性が良い。OLに好まれるのもわかる。
わたしは財布とスマホとティッシュだけをロンシャンのLサイズトートバッグに入れて出かけるので、友達からよくつっこまれたりする。「なんで荷物少ないのにそんな大きいバッグに入れてるの」と。逆になんでだと思う?
正解は、「こんなに大きいバッグだが、ものすごく軽い上にやわらかいので、持っていて一切邪魔にならないから」だ。
人がに少ない荷物を小さなバッグに詰めるとき、なぜ大きいバッグを選ばなかったのかというと、大きいバッグはデッドスペースが多く、嵩張るし重いしで邪魔だからだと思う。荷物が少ないならバッグも小さく軽くしたいと思うのが自然だと思う。
しかし、ロンシャンレベルで大きいくせに軽くて柔らかいと、そもそもバッグが邪魔にならないのだ。肩にかけていても膝に置いていても存在感がない。
ロンシャンは、そもそも日本の折り紙にインスパイアされたトートバッグである。そのため、折り紙のように小さく折りたたむことができる。
こんなに小さく折りたためるというのは、それだけ柔らかいということだ。
これだけ柔らかいと、内容物に合わせて形がくったり崩れるので、デッドスペースが少なくて済む。しかもナイロンで薄いのでとても軽い。肩にかけていると、まわりから見るとずいぶん大きなトートバッグを肩にかけているように見えるが、わたし本人はあまりバッグの存在感を感じていない。
大きいバッグだが重くもなく邪魔にもならず特に難点がない、となると、「荷物が少ないからってわざわざ別のバッグに詰め替えるの、めんどくさいな」と思うようになる。荷物量に応じてバッグを変えるモチベーションがない状態だ。この状態がわたしには起きており、大した荷物もないのに中身スコスコのロンシャンを肩から下げていることが多いのはこのせいだ。
たまに「大きいバッグは不安の現れだから、不安症なんだね」と勝手に心配されることがあるが、心配無用である。不安の現れではなく、「カバン変えるのめんどくさい」という怠惰の現れだ。