北風と太陽みたいな私たち #シロクマ文芸部
北風と歩いている、そんな風にトラコは考えていた。トラスケと一緒になってはや5年が経つ。最近のトラスケは不機嫌の塊だ。
私たちはトラファルガルー広場で出会った。ここは虎として生まれたならば一度は行っておきたい三大虎広場の一つだ。虎として生まれて虎として育った、そんな当たり前の日々から少し距離を置きたくて旅に出た。けれど選んだ先は虎の聖地とも言えるトラファルガルー広場だったから、まあちょっと間抜けだったかもしれない。
トラスケは元々むっつりとしている。最近では稀に明るくてノリノリ、軽くて軟派なオスも増えてきたがトラスケはいわゆる気難しい普通の虎だ。一方で、トラコはおっとりとした珍しいタイプの虎のメスだった。ところで虎というのは日常的にガオガオいっているわけではなく、必要に応じてがおーっというので怖いわけである。トラコもたまにはがおーっと吠えたりできる当たり前の虎であった。
元々むっつりしているトラスケは最近特に機嫌が悪い。北風をマフラーにしてるんじゃないのと思うくらいに機嫌が悪かった。何かというとトラコの揚げ足を取るし、くつろいでいる時も近寄ってこないでひとりたそがれている。トラコは「北風が吹いている時は美味しいご飯だけ作ってあとは太陽のように自分で光る」というのをモットーに暮らしていた。大抵は数日で機嫌を直し、あれこれ世話を焼き出すトラスケは一向に明るい表情を見せず、食欲もない。今日は目すら合わせない。
「どうやら重症だわ」
トラコは呟きながらだんだん自分の尻尾がしゅんとしていくのを感じていた。そおっと観察すると、トラスケはなんだか涙目になっている。やっぱりいつもと様子が違う、とトラコは意を決して聞いてみた。もしかして、病気なのかもしれない。
「大丈夫?」
トラスケはふいをつかれたように息を飲んだが一言こういった。
「大丈夫じゃない」
びっくりしたのはトラコだ。大丈夫じゃない?大丈夫じゃないってどういうこと?いろいろ聞きたい気持ちを抑えて、次の言葉を待った。
「歯が痛い」
は?は?はっていった?トラコは軽いパニックを起こしたが、いろいろと納得が行った。どうしていってくれなかったのだろう。歯医者に行けばいいのに。
「カッコ悪くて言えなかった」
トラコは追いつくのがやっとだ。歯は痛いけどカッコ悪いから歯が痛いと言えず我慢して機嫌を悪くしていたなんて。それでも一瞬でいろいろ飲み込んで、トラコはこういった。
「トラスケさんは歯が痛くてもかっこいいから大丈夫」
北風と歩いている、とトラコは今日も思っていた。キツツキ歯科で診療を終えたトラスケは口の端をほんの少しあげてこっちを向いた。北風と歩いている、でもいつだってあったかい。だってこの笑顔を知っているのはトラコの特権だから。
🐅
小牧部長、今週もよろしくお願いいたします。
虎が虫歯に悩まされる話を書こうと思ったらこんなふうになりました。今年もあと三週間余りですね。
🎄おまけ
今年のクリスマスはささやかですがこんな風に飾りました。枝だけ花屋から買ってきて家のローズマリーと合わせましたが、この枝の名前が「ブルーバード」っていうんですって。仕事をしながら目線を上げるとこれが見えるので、とっても癒されています。