どうしたら北風は太陽に勝つことができたのか?
皆さんはイソップ物語の「北風と太陽」をご存知ですか?
自分がこの世で一番強いと思い込んでいる北風。北風と太陽は、旅人のコートをどちらが先に脱がせることができるかを競います。
北風は強い風で吹き飛ばして脱がそうとします。すると、旅人は飛ばされまいと必死にコートをおさえます。さらに強く吹き付けるとボタンをかけて、絶対脱げないように強くおさえます。北風はどう頑張っても脱がせることができません。
今度は太陽の番です。太陽はポカポカに照らして、時間はかかっても自ら脱ぐようにしむけます。すると、旅人は「暑い💦暑い💦なんて日だ❗」とコートを脱ぎます。これであっさりと太陽が勝つことができました。
物事に対して厳罰で臨む態度と、寛容的に対応する態度の対比が描かれた寓話です。
ふと「北風はどうしたら太陽に勝てたのか?」という疑問が浮かび上がりました。
この寓話が生まれたのはギリシャ。夏は暑く、冬は雨が多い。春と秋は比較的暖かで過ごしやすい気候です。
夏はコートを着ないこと、冬は雨が多くて旅をするには不向きなことから、旅をしているのは春か秋だと考えられます。
旅人は歩いて旅をしています。コートのボタンをはじめからかけていないとすれば、ただ羽織っているだけ、つまり脱ぎ着がしやすい状態です。かつ、対戦相手の太陽も出ています。気温はそれほど低くないはずなので歩き続けている旅人を放っておけば、暑くなって、自らにコートを脱いだのではないかと推測されます。
このお話で、血気盛んな北風が勝負を挑んでいるにも関わらず、いざ勝負のときに北風がなにもしないとなると二人の間に変な空気が流れてしまい、肩透かしを食らった太陽は「えっ‥‥‥ちょっと‥‥どうしちゃったの?」と北風のことが心配になるかもしれません。
こうなってしまうと、いくら北風が勝てたとしても面白くないお話になってしまいます。
ただ、日常生活において、何ももしないことってけっこう重要だと考えることがあります。
例えば兄弟ゲンカを例に挙げると、止めれば止めるほどケンカはエスカレートし、なぜか審判となった私に各自が己の正当性をアピールし、それに各々が反論しもっとエスカレートしてしまいます。
ここで登場するのが「なにもしない私」です。
なにもしない私は、よほどのことがない限り黙って見守ります。子供の年齢にもよりますが、その方が止めに入るより早く解決することが多いように感じます。
最近、よく耳にする「瞑想」もなにもしないことの一つだと思います。この場合はなにもしないというより何も考えないと言ったほうがしっくりくるのかもしれません。一定の時間、何も考えず、呼吸に集中することによって、ストレスホルモンであるコルチゾールを減少させ、免疫系の強化を助けたり、怒りの感情をクールダウンさせたり、不安や抑うつなどの感情を落ち着かせる効果があるそうです。
勝負云々の前に、北風に必要なだったのは瞑想だったのではないでしょうか?
欧米で話題になっているストレス軽減法がオランダ発の「niksen(ニクセン)」です。これはオランダ語で「何もしない」を意味する動詞で、文字通り何もしないことがストレス解消になるということなのです。さらにニクセンは、ひらめきを生み、創造性を高める手法としても注目されています。
ちなみに、北風のと太陽の話に戻りますが、子供たちに「どうしたら北風は太陽に勝てたと思う?」と問いかけたところ、以下の回答をいただきました。
電王「北風の強い風で地面をえぐり、温泉を堀り当て、旅人が風呂に入るように促す」
うーん。かなりえぐらないと温泉にたどり着かないぞ。でも旅人だから風呂には入りたいよね。
ミソ君「旅人を風で吹き飛ばして、川か湖に落とし、自ら脱がせる」
なるほど💡濡れたらさすがにコートを脱ぐからね。ただうまく吹き飛ばさないと、旅人がケガしちゃうかも。
王子くん「風で雨雲を集めて雨を降らせ、旅人のコートを濡らしたら脱ぐんじゃない?」
おぉーっ❗いいアイディア、さすが王子くん目のつけどころが違うね~😁
「それか旅人を風で飛ばして穴に落として、土で埋めて勝負を無かったことにするとか」
‥‥‥Oh❗残忍❗
と、楽しい意見交換会になりました。
GWも残りわずか。行く場所もないし、なにもすることがないという方は、「なにもしない」ということをしてみてはいかがでしょう。