ひと雫「ありがとう」
日本語の中にはたくさんの短くて味わい深い言葉があります。例えば、あいしてる、もそうですよね。あなたはどんな言葉が浮かびますか?
すき
きらい
かわいい
おはよう
うつくしい
まちわびる
いただきます
とんでもない
ちょっと考えただけでもいっぱいあります。その小さな言葉から広がる世界は無限です。シロクマ文芸部もそうですね。五文字から始まる物語です。
詩を書き続けてきた私は、思えば、省略の世界で書いてきました。noteで物語を書くようになって改めて知ったことです。みんな違ってみんないい、巡り巡ってたどり着くことばです。
父について初めて書きました。
「ありがとう」
日本語は美しい
鈴をふるような音がしたり
心にぽとんと落ちてきたり
文字の形だってしとやかで
平仮名の う を書くたびに
ほれぼれとしてしまう
けれど嫌いな言葉がたった一つある
さ で始まって
ら で終わる
大好きな う も
真ん中に入っているけれど
ここ数十年は
口にしても書いてもいない
突然訪れた別れに
泣きながら
あなたの額をそっと撫でた
ありがとう
また会おうね
涙の粒と一緒に
こぼれ落ちてきたのは
そのふたことだけ
白く薄くなった髪の感触は
あまりにも優しくて
きっとずっと忘れない
その瞬間に不思議なことが起こった
心音は途絶え
静かな世界にいたはずの
あなたが
眉間をギュッと動かした
ああまたな
そう聞こえた気がした
嫌いな言葉だからいえないんじゃない
多分 終わりは終わりでさえなくて
どこまでも続いているから
だからさようならの代わりに
いつだって口にする
ありがとうを
そういえばこの言葉にも
う は入っている
そういえば
大好きな
おとうさん にだって
🪻
父のこと、大好きじゃなかった気もしますが、大好きだったのかもしれないなと思います。
人の気持ちは変わります。嫌いでも好きになったり、その逆も。
大事なのはきっと、変わったなぁ、と自分の感覚を受け入れること。
あなたの気持ちはあなたのものだもん。変わったっていいんだよ。
今こう思うなら、今はこう思うなでいいんです。けれど、絶対そのままでいなきゃならないなんてことはありません。いつだっていつのまにか変わったら、「あ、変わったんだな」で大丈夫。遅すぎることも早すぎることもありません。その時のあなたで大丈夫。
あなたは今日もすてきです。