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受難を乗り越えるために必要なのは情熱 ――市村正親×武田真治が語る、 ミュージカル『オリバー!』と大切にしている日々の営み

10月7日から本公演が開幕するミュージカル作品『オリバー!』。この作品の重要キャラクターであるフェイギンをWキャストで演じるのは、市村正親武田真治。14年前にミュージカルで共演して以来、“師匠と弟子のような関係”というふたりが、この時代に取り組む『オリバー!』への思い、そして、普段の生活スタイルや趣味、リラックスできる時間についても話を聞かせてくれた。

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■懸命に役に取り組む子供たちの姿に、人類の未来が見えた

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1960年にイギリスで初上演されて以来、不朽の名作として知られるミュージカル作品『オリバー!』。日本でもこれまで二度にわたって上演されているが、『メリー・ポピンズ』や『レ・ミゼラブル』のプロデューサーとして名高いサー・キャメロン・マッキントッシュを迎え、31年ぶりの日本公演が決定した。
貧困や犯罪行為が身近にある環境下にありながら、希望を捨てずたくましく生きていく孤児の少年オリバーを主人公にした本作。1968年の映画版もそうだが、オリバーら子供たちのひたむきさ、前向きさが描かれた物語に宿る強い生命力を、歌とダンスを交えてエモーショナルに表現しているのが魅力となっている。本日本版においても、オーディションで選ばれた子供たちの演技や歌にフォーカスが当てられており、本番に向けて繰り返し稽古が行われていた。
そして、そんな子供たちの頑張りを一番間近で見ているのが、オリバーら少年たちを囲う盗賊団の首領「フェイギン」をWキャストで演じる市村正親、武田真治だ。コロナ禍の不自由な状態で稽古を重ねる中、ふたりにとっても、『オリバー!』という物語と、役に取り組む子供たちの懸命な姿に改めてパワーを感じているという。
「今、コロナ禍の状況でなければ、“昔の人って大変だったね”で終わる話だったのかもしれないです。でも、これだけ生活様式も変化した時代にあって、作品に触れてもらう意味も変わったのを肌で感じます。僕たち大人も、稽古場で子どもたちの歌を聴くだけでもものすごくエネルギーをもらえるというか……ちょっと大袈裟かもしれませんが、人類のポジティブな未来が見える気がします」(武田)
「歌唱発表会のイベントで、マスクのない子供たちの顔がようやく見られたんです。今まではマスク越しに、目しか見えていなかったから。しかも、こうやって様々なことが規制されている中で、そこから解き放たれたときの心だったり表情だったりが、舞台の上で現れていた。本番でも、そういう子供たちのパワーが、この時代だからこそ突き刺さるんじゃないかなと思いますね」(市村)

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■悪党であるフェイギンの悲哀を表現していきたい

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 市村、武田が演じるフェイギンは、オリバーら貧しい少年らに寝食を与える代わりに、スリを働かせる盗賊団のリーダーだ。孫ほど年齢の違う子供たちを犯罪に走らせる彼の行為は決して褒められたものではないが、一方で、身寄りのいない彼は自身の将来を悲観しており、やがてくる暗い未来に怯える孤独な人間として描かれる。
 「悪党なんですけど、人間的には悪いやつではない、というバランスを見つけられたらゴールだと思っていますね。悪事は悪事として見せながら、彼の人間的な部分、“情け”みたいなものを表現できればと」(武田)
 「真治がいったように、フェイギンは子供たちに稼がせる悪党ではあるけれど、それが彼にとっても、子供たちにとっても生きていく唯一の手段になっている。しかも子どもたちはやがて独り立ちして、誰も面倒を見てくれないこともフェイギンは悟っているわけです。そういう悲哀が出せればと思っているし、苦しい時代を生き抜く底力は宿らせたいと思っています」(市村)

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■市村さんの背中をしっかり追うことが目標

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 ちなみに、市村と武田は2007年のミュージカル『スウィニー・トッド』で共演して以来、10年以上の親交がある。2007年当時、まだミュージカル俳優としてのキャリアが浅かった武田は、市村の演技や役に取り組む姿勢、周囲との向き合い方まで様々な部分で影響を受け、以降、師匠と慕っているほどだ。今回、武田はそんな市村の一挙手一投足を盗むことを念頭に演技を組み立てていると語る。
 「僕にとって、キャメロン・マッキントッシュさんのチームと仕事ができることも光栄だし、同じように、市村さんとWキャストでひとつの作品に参加するというのは夢にも思っていなかったことです。だから今回は、海外のミュージカルを直訳したような表現や演技ではなくて、市村さんの演技をしっかり見て、なるべく多くを盗みたいと思っています。市村さんの軽やかさと、その中にしっかりと残る深さこそ、僕が表現したいものなので。僕にとっては市村さんの演技を精一杯盗むことは、役者を続けていくうえで絶対に通らないといけない大きな関門だと考えています」(武田)
 一方で、そんな武田の絶対的な“市村基準”に対し、市村は「真治らしいフェイギンを見たいよ」と少し照れくさそうな表情で返しながらも、協力は惜しまない姿勢でいる。

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 「ずっと真治のフェイギンを稽古場で見ているんだけど……彼が悩んで迷っていたりするのならば、今回はアドバイスをしようと思っているの。普段はやらないけれど、隠れ演出家としてね(笑)。僕も『ミス・サイゴン』のときには、ジョナサン・プライスが演じるエンジニアを見て、目線や顔の角度、悩んでいるときの表情なんかを「良いな」と思って真似していました。その真似が、徐々に自分のものになっていく。だけど今回のフェイギンは僕も初めての役だし、真治と立場は一緒。のたうち回って作らなきゃって思っているから(笑)」(市村)

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■ペットや趣味と向き合うことが最大の気分転換

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 肉体や声を酷使する舞台・ミュージカル俳優として活躍してきた市村と武田。現在はコロナ禍で外に飲みに行くこともできない状態であるが、稽古中や本番は、どのようなルーティーンで日々を過ごしているのだろうか。
 「稽古中も本番中も何かが変わるということではなくて、お酒も飲んでいますね。本番が近くなるともう少し体作りが本格化するかなと。あと、本番は空気が乾燥する秋なので、今後は喉のケアが入ってくるかなと思いますね」(武田)
 「まずコロナに感染しないように心がけていて、稽古場と自宅を往復するだけの日々です。その中であれば、スポーツマッサージで筋肉の疲れを取ってもらうことですかね」(市村)
 「今は本当、地味ですよね。自宅で映画やテレビは見ますけど」(武田)
 「こういう時期だから、友達とワイワイができないからね。気が抜けるのは、テレビドラマを観るときくらいかな。刑事モノとかで知人の芝居を見ながら“僕だったらどう芝居するかな”を考えて、ちょっと頭をほぐしています」(市村)
 なかなか外で気分転換ができず、行動範囲にも制限があることがふたりとも悩みの種ではある。仲間たちと長時間、直で話すこともできないような現状で、気分転換できる時間は貴重であり、窮屈な生活を支える糧になっている。

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 「家の防音室で、サックスを吹いたりすることですかね。それに、犬を飼っているので、犬と遊んでいます」(武田)
 「リラックスできるのは、子供たちとお風呂に入ったりすることかな。あとは、飼っている猫、インコ、モルモット、トカゲとかに餌をあげたりするのも、良い習慣になっているのかもしれない。猫は長男が飼っているんだけど、最近は疲れて家に戻ってくるとすぐに寝てしまってね。そうなると、猫は餌をあげる僕にすり寄ってくる(笑)。それと、ベランダにある植木に水をあげたりするのも、緊張のほぐしになっているのかも」(市村)
 「オシャレですね、市村さんが朝からベランダで水をあげていたら」(武田)
 「もう10年かけて植木を整えているから。ガーデニングまではいかないけれど、マンションに新しく入居した方は、うちのベランダを見て“いいな”と思って移ってきたらしくて。どうもうちのマンションが人気なのはそのせいらしい(笑)。今じゃ隣人や上の部屋に住んでいる人もやりはじめて、日本スタイル、ヨーロッパスタイルとかいろんなベランダが並んでいる(笑)。植物って、やってきたことを裏切らないからね」(市村)

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■苦しみを乗り越えていくために必要なのは、情熱

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 俳優という職業の、華やかさの裏にある地道な努力や生活。市村が植物を「やってきたことを裏切らない」と語っていたが、それはあらゆる“職業人”においても同じことが言えるだろう。研鑽を積むことでこれまでの時代を生き抜いてきたふたりだが、これから未来に向けて、どのような能力が必要だと感じているのだろうか。
 「膨大な情報の中で、何を選択していくかの能力じゃないですかね。いろんな考え方があるし、いろんな答えがあるけれど、それを選んだからには自分で責任を取っていく、人や時代のせいにしないというか」(武田)
 「どんな仕事にも当てはまると思うけど、生きていくためには情熱が必要だと思う。情熱を英語で言えばPassion、語源をたどれば、イエス・キリストが言うところの“受難”という意味もある。だから、情熱というのは、苦しまないと出てこない――そんな言葉が昔、お芝居のセリフでも出てきてね。やっぱりそれぞれの仕事で、それぞれの情熱をもって自分の生きる道に立ち向かうのが大事。苦しんでもそれを乗り越えていけるのは、やっぱり情熱があるかないかだから」(市村)

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 ふたりの熱を帯びたこうした言葉や考えは、『オリバー!』というミュージカル作品を通じて、そしてフェイギンという役を通じても伝わってくるはずだ。すべてを注ぎ込む芝居を、できることなら生で体験してもらいたいと、市村と武田は望んでいる。
 「もっと日本人って、生命力をむき出しに、がむしゃらに生きて良いんじゃないかなと思っています。それを感じていただける作品になっているんじゃないかなと」(武田)
 「誰かを演じるというのは疑似体験なわけだけど、それぞれが真剣に、演じることに生きています。難しい状況ですけど、そこを生の場で体験してもらいたいですね。何かを演じるために懸命に生きている我々の姿を見てもらえれば、作品を楽しんでいただけると思います」(市村)

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【作品詳細】

10月7日(木)開幕!

【プロフィール】

市村正親(いちむら まさちか)
1949年1月28日生まれ、埼玉県川越市出身。1973年に劇団四季の『イエス・キリスト=スーパースター』でデビュー。『エクウス』『エレファントマン』『オペラ座の怪人』など多くの作品で主演を務める。退団後はミュージカル、ストレートプレイ、一人芝居などさまざまな舞台をはじめ、映画やドラマなど幅広く活躍。近年の主な受賞に、第30回菊田一夫演劇大賞、第17回読売演劇大劇団四季、令和元年春の叙勲旭日小綬章他、多数。映画『燃えよ剣』、『劇場版 ルパンの娘』が10月15日、映画『そして、バトンは渡された』が10月29日公開予定。
武田真治(たけだ しんじ)
1972年12月18日生まれ、北海道出身。高校在学時に「第2回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリを受賞。翌90年ドラマで俳優デビュー後、映画、舞台、バラエティなど幅広く活躍。2006年『エリザベート』でミュージカル初出演。以後、『スウィニー・トッド』、『ブラッド・ブラザーズ』、『ビューティフル』など多数出演。2021年10月14日に幻冬舎より新書「上には上がいる。中には自分しかいない。」が発売。
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写真/玉村敬太
取材・執筆/森樹

市村正親
ヘアメイク/森岡真紀
スタイリスト/TAKAFUMI KAWASAKI

武田真治
ヘアメイク/山本仁美
スタイリスト/伊藤伸哉



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