務川慧悟さん2022年3月コンサート③ソロリサイタル(於:岡崎市シビックセンター)後半
●務川慧悟ピアノ・リサイタル(2022年3月10日19時 岡崎シビックセンター)
⑶サン=サーンス:マズルカ第1番 ト短調 Op.21 ポコ・ヴィヴァーチェ
休憩後、マイクを握った務川さんが後半プログラムを解説してくれた。
サン=サーンスは知性にあふれた天才で、長生きだったので作品をたくさん書いたそうだ。そのうち初期の作品がこのマズルカです、というお話。
ショパンへの敬愛の気持ちから書いた3曲のマズルカのうちの1曲。マズルカリズムと半音階が魅力的。少し古風なテイストが感じられる。
⑷サン=サーンス アレグロ・アパッショナート 嬰ハ短調 Op.70
後期の作品。この曲は、サン=サーンスがコンセルバトワールの卒業試験のために委託されて書いた曲で、複合三部形式。
務川さん、両手ユニゾンでぶわわーっと一気に駆け上がる華麗な冒頭でおおっと唸らせ、最後まで目を見張る技巧と華やかなピアニズムで魅せてくれた。
⑸フォーレ:即興曲 第2番 へ短調 Op.31
フォーレも長生きでたくさんの作品を残したそう。フランスでは広く尊敬される存在で、作品の演奏機会も多いという。速いパッセージと刻むような左手のリズムがスクエアな感じを生み出し
、さらにそこからキラキラと流れるような展開へ。音の美しさが際立つ曲。務川さんに非常に合っているというか、ちょっとエチュードっぽいところもカッコよかったなあ。
⑹フォーレ:夜想曲 第9番 ロ短調 Op.97
この曲がねー妙に耳に残るというか、とてもお洒落だと思うのだ。
ソプラノとバス、中声部の配置を微妙にずらすことによって生まれる寂しさ、孤独感、不協和音。私が特に素晴らしいと思うのは、7小節目ラストの中声部のD音からG音への跳躍から続くG音で、この音がもたらす浮遊感がたまらない。中盤から延々と続く左手音型は時の槌か。務川さんの演奏は非常に内省的で、とても考え抜かれ思考を張り巡らせているように聴こえる。どことなく印象派テイストで壊れそうに美しくて。つまりこういう曲を弾く推しは最高に素敵なんですよね。いや務川さん、この曲絶対お好きでしょ!
⑺ラヴェル:夜のガスパール
フランスの詩人ルイ・ベルトランの詩集からモチーフを得て作曲された、ラヴェルの代表作の一つ。昨年から海外公演で務川さんが取り上げるようになっていて、日本のファンにお目見えしたのは、この間のROHM動画から。
務川さんのお話によると「ラヴェルはフォーレの教え子でもあるけれど、あまりその影響というか、誰かの影響を受けている感じがなくて、他にはない個性を持っている。印象派を代表する作曲家であり、手の込んだ傑作を何作も書いている」そうだ。まず先に言っとくが、凄かった。いや、務川さんはいつも凄いんだけどさ、もう予想以上、本当に異世界に連れて行かれましたーーー
⚫️務川さんの「夜のガスパール」についてのツィート
第1曲:オンディーヌ 嬰ハ長調 レント(緩やかに)
水の精オンディーヌが人間の男性に恋をし、「湖の王」になって欲しいと懇願するが断られてしまう。彼女はしばらく泣いていたが、やがて大声で笑いながら消え去って行くというストーリー。
務川さんの演奏の音の数量の多さたるや! いや書かれた音符は楽譜通りなんだが、本当に水がうねり迫り来るよう。そしてその水が堆積して、どんどん盛り上がっていく。圧倒される水の世界! それが務川慧悟のオンディーヌ。そういえば務川さん、この二日前までトリオでウンディーネ(オンディーヌ)を演奏していたのだ。あちらは物語性が強く、このオンディーヌはまさに水の精が繰り出す魔法の世界。私達をすっかり水の世界に取り込んでくれた。
ところで余談だが、楽譜の冒頭の右手を見て! タラタタラタタタを高速でしかもpppで弾くて……普通手つりますわ(笑)。いやー難曲中の難曲のガスパールだが、こんなに冒頭から奏者を選ぶとはねえ。一般人はこれ見た段階で「あーもういいです!」ってなるでしょう。プロって凄いですねえ。
第2曲:絞首台 変ホ短調 トレス・レント(とてもゆっくりと)
絞首台に吊るされ、風に揺れる遺体、というか白骨だろうか。常に鳴り続けるB音が教会の鐘を表している。しかし不思議だ。常に鐘が鳴り続けているなんてあり得ない。つまりこれは死者の国、黄泉の世界へと誘う音なのだ。とてもゆっくり、常にppp-pで演奏されるこの曲を、務川さんは大変な緊迫感を持って弾く。まさに私達を異世界に連れて行こうとし、そして連れて行かれた!
第3曲:スカルボ 嬰ト短調 ヴィフ(活発な)
そのままの緊張感を保ったまま私達の前に現れたのは、不気味な様子の小悪魔。おどろおどろしく現れたと思えば、急に消えたり全く違うところから現れたり。驚く私達の様子を見て喜びながら、部屋中を飛び回る。同じように務川さんの左手、右手が目まぐるしく鍵盤上を飛び回る。メロディ受け渡し、手くぐり、跳躍、激しいパッセージの連続。言わずと知れた超難曲とはいえ、その技術の凄さに目を見張る。そしてとにかく私達はまだ異世界にいて、勝手に動き回る小悪魔に翻弄されているのだから、もう誰も身動き取れない。まさに金縛りにあったようだった。大拍手。
いやあ、凄いもの見たなあ。聴いたなあ。というか、これは私だけの感想じゃないと思うのだ。いつもだったら咳き込んだり、飴ガサガサしたり、身動きの音するでしょ。ところがこの会場、本当にシーンとして務川さんの演奏に聞き入っていた、というかみんなで異世界に連れて行かれた感じだったの。あー凄かった。
アンコール
マイク片手に現れた務川さん。ん? 手には一枚の紙が。
「実はこちら岡崎シビックセンターさんは、今年で開館20周年だそうです。その記念イベントの一環として今回のこのコンサートに合わせて、僕に弾いてほしいアンコール曲を募集したそうです。中でも中学生の男の子が10曲も書いて応募してくれました。ご自身もピアノを習っているそうですが、この10曲が実はどれも難曲ぞろいという」ここで客席笑い。
「その中から2曲を選ばせていただきました。1曲目は、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番月光から第3楽章を。この曲は日本ではほとんど弾いたことがないんですが、実は昨年あたりからフランスではプログラムに入れて結構弾いていたので、一曲目はこれを。2曲目はショパンの木枯らしを演奏します」
客席、声にならない感嘆(笑)。
「僕も子供の頃は、たまに行ったコンサートなどで聴いた生の演奏にとても影響を受け、モチベーションとなりました。アンケートを書いてくれた少年は今日この会場に来てくれているそうですが、彼にとっても今日の僕の演奏が良いモチベーションに繋がればいいなと、そんなことを思いながら弾かせていただきます」
あーなんてハートウォーミングなこと言ってくれるの。素敵。しかも超絶テクニックの月光と木枯らし。なんですか。ポーッとさせておいて、さらにカッコいい姿をファンの目に焼き付けとこうという魂胆ですか。いや、乗りませんよ、その手にはその手には……カッコいい〜!
(おまけ)務川慧悟ベーゼンドルファーピアノコンサート 3月11日五泉市
さて、私は残念ながら訪れることはできなかったのだが、その翌日新潟県五泉市で行われた「務川慧悟ベーゼンドルファーピアノコンサート」について、さらっと触れておきましょう。いやあこの時の務川さんのスケジュールったら本当に凄い。3月9日に東京浜離宮で21時まで、翌10日には愛知県岡崎市で21時までコンサート、その翌日14時から今度は新潟県五泉市でコンサート2公演! 気力体力、いやそれよりもよく移動できたね!
若いとはいえ、ご本人もさすがに大変だったようですね〜。「ユ○ケル飲んだ」とツィートが(笑)。
●ポスターはこちら
●(昼の部)14時 五泉市さくらんど会館
♬バッハ:フランス組曲第5番 ト長調 BVW816
♬モーツァルト:ピアノソナタ第8番 イ短調 K.310
♬ラヴェル:夜のガスパール
♬リスト:愛の夢第3番(アンコール)
♬ドビュッシー:前奏曲第2集12「花火」(アンコール)
●(夜の部)19時 五泉市さくらんど会館
プログラムは昼と同じ
♬フォーレ:即興曲第2番へ短調Op.31(アンコール)
♬ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番嬰ハ短調Op.27-2「月光」より第3楽章(アンコール)
こちらのピアノは、ベーゼンドルファーの中でも「モデル290インペリアル」という最上位機種で、完全8オクターブ、97鍵盤をもつ貴重なピアノだそう。会場は全移動式客席の、ぶっちゃけパイプ椅子だったそうですが。
やはり務川さんも弾いていて気持ちよかったんですかね? 公演時間は各1時間のところを、1時間半に延長してくださったようですよ。というかまあ、この曲数見れば、1時間では終わらないですよね(笑)。
ご本人初新潟だったそうですが、素晴らしい演奏でファンの心をがっちり掴んだようですね。トンボ帰りで大変だったと思われるが釜飯が振舞われたり、新幹線の最寄駅(燕三条)まで送迎していただいたりと暖かいおもてなしだったようです。
これが今回のラストコンサートでしたが、務川さんにとっても思い出に残るコンサートになったでしょうね。