金子冬実

twitter:@lephantia 『まぼろしの枇杷の葉蔭で 祖母、葛原妙子の思い出…

金子冬実

twitter:@lephantia 『まぼろしの枇杷の葉蔭で 祖母、葛原妙子の思い出』(書肆侃侃房、2023年9月)

最近の記事

4559円でベランダに噴水を作った話、そして瞑想

 この夏、自宅マンションのベランダリフォームをした。掃除に不便な重たいウッドデッキを撤去して、かわりに軽いタイルを敷いた。植木屋さんに鉢植えを剪定していただき、全体的にこざっぱりとしたしつらえとなった。  リフォームにあたり、どうしても導入したかったのが噴水だった。私はもともとペルシャ庭園の大ファンなので、もし戸建てに住んでいたら、庭には水路と噴水とあずまやを作り、周りには薔薇、ジャスミン、無花果、石榴、レモンなどを植えていただろう。狭いマンションのベランダではどれも無理だ

    • 渡辺一夫と葛原妙子

       仏文学者の渡辺一夫(1901~75)が私の祖母(葛原妙子)について文章を書いている、ということは、歌人の松村由利子さんに教えていただいた。「え?あの渡辺一夫が?」と思った。渡辺一夫といえば、私の大の愛読書、岩波文庫版『完訳 千一夜物語』(全13冊)の翻訳者である。数あるアラビアン・ナイトの中でも最も文学的香気ゆたかなマルドリュス版を、流れるように美しい日本語に翻訳したこの本は、私の人生の宝物であり、20代の頃からもう何度読んだかわからない。その著者と自分の祖母に接点があった

      • 八月の鉛筆削り

         昨年から習い始めた絵のお稽古にすっかりはまってしまい、先月から毎日、身の回りのものをスケッチしている。最初に鉛筆で輪郭を描き、その後色鉛筆で色を塗る。最初は単純な形のものしか描けなかったが、だんだんに複雑な意匠に挑戦するようになった。お皿の縁取りや、布巾の格子柄などを丁寧に描くと、絵が完成した時の達成感が違うのだ。  細かい模様を描くには鉛筆が尖っていなければならない。何回か使って線が太くなってくると、カッターを取り出して先を削る。鉛筆の肌に刃をあて、親指でそっと上に押し

        • 瞑想をして変わったこと

           2018年秋から瞑想をしている。きっかけはまあ、色々とあって書き切れない。始めたのはテーラワーダ仏教の手動瞑想と呼吸瞑想と歩行瞑想。最初はとりまぜて一日30分くらいやっていたけれど、紆余曲折を経て今は呼吸瞑想を一日10分ほど。たいていは朝やっている。  瞑想会に参加したのは一度だけ。時折テーラワーダ仏教に関連する書籍やブログを読みながら、基本的に一人でやってきた。もうじき6年になる。  親が老いたり、他界したり、自分自身も更年期にさしかかって、ちょうどライフステージが変

        4559円でベランダに噴水を作った話、そして瞑想

          鳥に対して反省した日

           生まれて初めて、探鳥会に参加した。場所は調布市。祇園寺という天台宗のお寺の主催で、周囲には畑や田んぼもあり、自然が豊かな所だった。  きっかけはゴールデンウィークに、軽井沢の「野鳥の森」で、親切な女性バードウォッチャーに出会ったことだった。  そもそも私は鳥に対しては、彼らが家のベランダに便をするということから、比較的冷淡な態度を取ってきたというか、積極的に関心を持とうとはしてこなかった。それは軽井沢でも同じで、軽井沢にはたくさんの野鳥がいるが、全部ひっくるめて「鳥」とし

          鳥に対して反省した日

          ベランダに来る鳥

           夫は植物が好きな人で、たくさんの木を育てている。  マンションなので、ベランダに鉢を置き、最初は小さな苗木を買ってくる。辛抱強く水やりをし、成長するたびに大きな鉢に植え替える。そんなことをやっているうちに、柘榴もオリーブもシマトネリコもジャガランタも背丈を超えてきて、葉も花も(実も)いっぱいつくようになった。マンションの外から見ると、我が家のベランダだけ緑がもさもさと生い茂っていて、何やら「怪しい家」のように見える。  これらの木々のありがたさを痛感するのは、何といっても

          ベランダに来る鳥

          中東映画万華鏡02「エジプト映画とラマダーン」

           2012年の8月、私は久しぶりにエジプトの首都カイロを訪れた。早朝にホテルでチェックインしていると、ロビーに大きなランプが飾ってあるのに気 がついた。「ファヌース」と呼ばれる、ラマダーン月の飾りものだ。 断食月は祝祭月 イスラーム暦9月(ラマダーン月)に、ムスリムが日中の断食(斎戒)をすることは広く知られている。ラマダーン月は、預言者ムハンマドに神(アッラー)の最初の啓示が下された「聖なる月」と考えられており、ムスリムはこの一ヶ月間、暁の礼拝(日の出前の、夜が白み始める時

          中東映画万華鏡02「エジプト映画とラマダーン」

          すべての穴がどよめき叫ぶ~漢文の素養、『荘子』、そして笹井宏之~

           Netflixのドキュメンタリー「Live to 100: Secrets of the Blue Zones」(邦題:100まで生きる: ブルーゾーンと健康長寿の秘訣)を見ていたら、「Health behaviors are contagious. (健康のための行動は人に伝染する)」という言葉が出てきた。周囲に健康的な生活を送っている人がいると、自然に影響を受けることがある、という意味だ。かくいう私も、長らく運動と無縁だったのが、ジョギングを欠かさない友人と知り合ったこ

          すべての穴がどよめき叫ぶ~漢文の素養、『荘子』、そして笹井宏之~

          日本語字幕で見られるパレスチナ映画DVD

           2023年11月現在、ガザ情勢が悪化の一途をたどっている。自分に何かできることはないかと考え、とりあえず、日本語字幕で見ることのできるパレスチナ映画(パレスチナ問題について理解の一助となる映画)のDVD情報を整理してみることにした。  (抜けや誤りがあるかもしれません。ご教示いただけましたら幸いです。イスラエルを舞台にした映画も含めますが、力点がパレスチナ人に置かれていない作品など、いくつか除いたものがあります。なお、 人物名などアラビア語表記は、DVDの表記に従っています

          日本語字幕で見られるパレスチナ映画DVD

          ヘダーヤトとともにイスファハーンを歩く(4)

          (3)より続く 大寺院(マスジェデ・ジャーメ)  イマーム広場から北東に1~2キロ離れたところに、イスファハーン最古のモスク、マスジェデ・ジャーメがある。ヘダーヤトははじめ拝火教寺院だったと記しているが、ガイドブックでは創建は8世紀とあるだけで、ゾロアスター教のことは書いていない。ちょうど昼の礼拝の時刻となったため、スピーカーから大音響でアザーンが聞こえてきた。モスクの周囲はバザールになっていて、どこが入り口なのかよくわからない。うろうろしていたら中庭に出てしまった、とい

          ヘダーヤトとともにイスファハーンを歩く(4)

          ヘダーヤトとともにイスファハーンを歩く(3)

          (2)より続く シェイフ・ロトフォッラー寺院(マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー)  ホテルに戻って朝食をとった後、今日の観光をスタートさせる。まずはイマーム広場でシェイフ・ロトフォッラー寺院へ。アッバース1世が、後に義父となるレバノン人法学者 、シェイフ・ロトフォッラーを迎えるために造営した、王族専用のモスクである。  チケット売り場には2人の男性が座っていた。うち一人が見たこともない程美しい青い目だったので驚いた。イランには色々な民族の人がいるから、青い目の人がい

          ヘダーヤトとともにイスファハーンを歩く(3)

          ヘダーヤトとともにイスファハーンを歩く(2)

          (1)より続く 四十柱宮(チェヘル・ソトゥーン庭園博物館)  ヘダーヤトが「イスファハーン的で巧妙な冗談(p.17)」と言った、20本の木柱をもつ宮殿である。前庭の池にそれらが映り込んで40本の柱に見える、ということだが、うんまあ、何本か映っていないこともない、という感じだった。時間帯にもよるのだろう。実は半分の柱には足場が組まれて修復中で、脳内で絶えずその足場のビジョンを削除しなければならず、なかなかに落ち着けなかったのだ。池の周りに、頂点が縮れた傘の形になっている「糸

          ヘダーヤトとともにイスファハーンを歩く(2)

          ヘダーヤトとともにイスファハーンを歩く(1)

           (先日、イラン映画「君は行く先を知らない」を見てきた。とある一家が、車でテヘランから旅をする様子を描いたロードムービーである。旅の理由と行く先が、家族の会話によって少しずつ明かされていく。  見ながら、2015年8月にイランのイスファハーン(エスファハーン)を訪れた時のことを思い出した。映画中の一家の行く先はイスファハーンではなかったが、イランの高速道路やサービスエリアの雰囲気が懐かしくなってしまい、映画館から帰宅すると、その時の手記を引っ張り出し、久しぶりに読み返してしま

          ヘダーヤトとともにイスファハーンを歩く(1)

          中東映画万華鏡01「ある女優の不在」(イラン)

           イランの映画監督ジャアファル・パナーヒーのもとに、田舎の若い女性マルズィーエから自殺動画が届く。女優になる夢を絶たれた、人気女優ベーナーズ・ジャアファリーに家族の説得を頼んだが無視された、という。パナーヒーからそのことを聞いたベーナーズは、パナーヒーとともに、彼女の住むアゼルバイジャン州サラン村を訪ねる。そこでわかったのは、マルズィーエが村人から嫌われていること、そしてサラン村には、イラン革命前に活躍した名女優シャールザードが、ひっそりと一人で暮らしていることだった…。

          中東映画万華鏡01「ある女優の不在」(イラン)

          マレーの思い出~アルフィアン・サアット『マレー素描集』随想~

           初めてマレー半島を訪れたのは1987年の夏だった。伯母(児童文学者の猪熊葉子)と一緒にマレーシアに行ったのだ。私は大学一年生。初めての海外旅行で、見るもの聞くもの、何もが珍しく興奮していた。興奮しすぎて、伯母に精神安定剤を飲まされたほどだ。  普通の旅行ではなかったということもある。当時の駐マレーシア英国大使夫妻が伯母の友人だったのだ。かつて植民地だったマレーシアに駐在するイギリス大使は、「アンバサダー」ではなく「ハイ・コミッショナー(高等弁務官)」と呼ばれる、ということも

          マレーの思い出~アルフィアン・サアット『マレー素描集』随想~

          エジプトのシャイマ、日本のわたし~鳥山純子『「私らしさ」の民族誌 現代エジプトの女性、格差、欲望』を読んで~

           中東・イスラーム世界の女性、特にムスリムの女性をめぐっては、長らく「抑圧された、選択の自由が奪われたかわいそうな女性たち」というステレオタイプなイメージがつきまとってきたが、今日では、こうした言説が歴史の考察を欠いた、また女性たちの多様性を捨象した単純な見方であることが指摘されるようになってきている。  当該地域のムスリム女性をひとくくりにして「被害者」と決めつけることは、「道義的に正しい自分たちが、間違った世界にいる彼女たちを救うべきだ」という自画自賛に容易に結びつく。そ

          エジプトのシャイマ、日本のわたし~鳥山純子『「私らしさ」の民族誌 現代エジプトの女性、格差、欲望』を読んで~