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薔薇の牧場に舞う者は 001

プロローグ@アデレード/南オーストラリア 
 各地から研究拠点命名の知らせが入ってくる。
USA:・・・US
中国:・・・China
日本:・・・Nihon
ーーーーーーーーー
そして
●●●:・・・
 思わず眼を閉じる。今は亡き曽祖父の声が蘇る。語っているのはファミリーの来し方。ファミリーの喜び悲しみ。ファミリーのこれから行くべき道筋だ。
 ファミリーが母国を離れ異国に移住したあの時から・・・。

(2020/01/03)新春 #01

「所長にお目にかかることはできますか?」
 とっさに眼を上げる。ヒゲモジャの顔。若くはない。
「どういったご用件でしょうか?」
「これらに」客は壁面に並んだ、それらに手を向け、
「ついて詳しくお話を伺いたいのです。」
「それについてはパネルに説明が出ている通りです。それで充分かと存じますが。」
「所長ご自身にお尋ねしたいのです。制作方法についてではありません。それよりも、これらに込められた思想について伺いたい。そういうことは又聞きでは本当のことがわかりません。是非お願いしたい。」
「少々お待ち頂けますか?」やむなく受付嬢は内線通話機を取り上げた。クレーマーでなければよいが。

 所長が現れた時、客はちょうど『目玉』の前に立ってこちらに背を向けていた。肩まで伸びた白髪混じりの髪が『目玉』の枯れてうねった線と重なり合い、近づくごとに蛇が頭をもたげて纏わりついてくるようだ。
「お待たせしました。」
 振り向いた黒い瞳がこちらを射る。鼻筋太く眉も濃い。髭と目鼻の間にわずかに皮膚が見えている。無数のシワ。年齢不詳。祖父の年代?いや、もっと高齢かも知れない。
「お忙しい中、お出まし頂きありがとうございます。ご迷惑でしたか。」
「いえ、そんなことはありません。関心を持って頂いて光栄です。
 受付の者から聞いたところでは、これらのConceptについてもっと深くお知りになりたい、とか。間違いありませんか?」
「その通りです。」
「たいていの方はパネルの説明を読み、それで納得してお帰りになりますが、さらに深掘りされたい、と。」
「はい。元々の発想の原点がいつからか、それを発表された主旨についてはパネルに記載があります。読めば解る。
 例えば、第1段階はこう、であった、と。
 続いて、第2段階は、こちらですね。」
 ●●●#04
と、記載されたパネルを指し示して彼は言った。
「これを考案された方の名前も発表年月もわかります。
 2002年5月
 こちらの創始者は前所長。一方、第1段階の創始者は前々所長ですね。」
「その通りです。前所長が引退後、私が後を継ぎましたが、ここに出さずにはいられません。前所長の希望でもあります。」
「とりわけ、『目玉』と『●●●#04』についてはそうなのでしょうな。」
 待て!妙だ!何故『目玉』というニックネームを知っている?!それを使うのは内部の者のみのはず!
「壮観だ!実に壮観!!」
「そうですね。隣りの展示室目当てで来場された方が、この2つにつられてこちらに入って来てしまう、といったことが頻発しています。」
「そう!まさしくそこなのです!それ程までに人に感銘を与える作品というものは必ず底流に何らかの思想がある筈です。単なる思いつきであったり、見栄えをカッコ良くするだけではない。思想というのが不適切なら、“想い”と言ってもいい。私は是非それを伺いたいのです。」
「聞いてどうするのですか?」
 この男、一体何者だ?
「私もこういう作品を創ってみたいのです。」
 なんだ!そうなのか!
「体験レッスンの受講は可能でしたね?」
「HPから登録して頂ければ受付可能です。」
「今、ここで予約をお願いできますか?」
「承知しました。」
 懐からスマートフォンを取り出す。
「来週の火曜日 14:00からなら、予約可能です。90分で ¥1,500のレッスン料を頂きます。

「その時間帯は所長ご自身でレッスンして頂けるのですか?」
「いえ、副所長が務めます。」
「もっと遅い時間帯でお願いはできませんか?」
「ご希望に沿うとなると、来週1月10日(金)22時からになりますが、そんな遅い時刻でもよろしいのですか?」
 だめだ、と言ってくれ!
「その時間帯であれば所長自らが対応されるのですか?」
「はい。そんな遅い時間帯に他の者に任せるわけにはいきません。皆それぞれ生活がありますので。かと言ってレッスン希望の方の申し出をお断りするわけにもいきません。24H対応する旨を謳っております以上は。」
「ありがとうございます!」
「但し、時間が時間です。約束の時刻を30分越えた時点で何ら連絡が無かった場合は、キャンセル扱いにさせて頂きます。連絡先や場所はわかっておられますね?」
「はい。HPに載っている番号と住所でよろしいですね。」
「はい。あとお名前を伺えますか?」
「これはこれは!私としたことが!失礼を致しました。」
 彼が取り出した名刺を受け取り氏名を確認後、最後に言う。
「では、来週の火曜日にお待ちします。」
「ありがとうございます。必ずうかがいます。」
 出口に向かう彼の背中を見ながら思った。
「やれやれ。」
 彼女にあやまらなければ。約束の日は終日、婚約者と結婚式の打ち合わせをし、その後はゆっくり2人の時間を過ごす、そう約束していたのだ。
「まあいい。他ならぬ仕事のことだ。彼女も解ってくれるだろう。せいぜい90分辛抱するだけのことだ。それが終われば朝まで彼女と一緒にいられる。
「『目玉』のことが気にはなる。だが、年間数百人の体験レッスンの受講者が訪れるのだ。レッスンを行うのは自分だけではない。自分は決して『目玉』とは口にしないが、他の講師が口にして、それを聞いた受講者の口から広まった可能性は大いにあり得る。
「なにしろ有名な作品ではある。某有名企業のシンボルマークの源像にもなっているくらいなのだから。アイツが知っていてもそれ程不思議ではない。気に病むことではあるまい。」
 そう思い、スマートフォンを持ち直した。

 だが、まちがっていた。

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