(九十六)蘇州拙政園にて小唄「鵲橋仙」を作る

蘇州へ行ったときに、拙政園を見学したことがある。拙政園は蘇州四大庭園の一つで、太湖の石を多く用いているので有名だ。
林語堂がその著書【人生をいかに生きるか】第十章「自然の楽しみ」で、次の様に述べている。
 家や庭園の石の効用を徹底的に鑑賞しようと思えば、中国書道にまで遡らなねばならない。けだし書道は抽象世界のリズムと、線と構成の研究にほかならない。
 真の良石は、荘重と超脱を連想せしめるものでなければならないが、それより大切なことは線が正しいということである。線と言っても、直線とか角とかをいうのではなくて、自然の線の奇硝そのものの謂いである。
 
拙政園の岩石は、人手が入っていることを思わせる、全くの人工物である。線は美しいのもあれば、奇妙なのもある。
 
林語堂は更に言う。
  至高の芸術品は、最大の詩や文章と同じく、なんら人工の痕なく、曲水浮雲の雲の様に自然で、中国文藝批評家がしばしばいう「斧鑿の痕をとどめざる」ものだからである。
(中略)
  上海や蘇州付近の築山は、たいてい太湖の岩からできていて、前時代の海波の跡が見える。こういう岩は湖底から掘り出されるのである。その線に正さねばならぬところがあると、鑿で気に入る様に加工し、再び湖底に沈めて一、二年放置する。水の作用で鑿跡を減殺しようというのである。
 
実際、拙政園の岩石をみると、綺麗に加工した上、研磨されているので、確かに「斧鑿の痕をとどめざる」もののなってはいるが、高度に人手をかけているのが分かる。
 当方が行った時に、ちょうど小舟に乗り、琵琶をもった女性が池をゆっくり進んでいた。これに、着想を得て、鵲橋仙を作詞した。次の通り。
 
 鵲橋仙(佳人座船行水,於在蘇州拙政園)
小徑緩歩,小亭看池,近景無窮古意。
岸邊松下小紅稀,又遠景晴天眞美。
蘭舟行水,金風渡水,一曲賞心忽起。
此行洽似少年遊,但且現閒情難寄。
 
 
 

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