(二十)杜甫の詩境から芭蕉が作った俳句について
芭蕉が杜甫の詩を研究し、それを俳句に応用していたことはよく知られている。芭蕉の作品のなかから、杜甫の句から作ったと思われる俳句を探してみると、次の三句が見つかった。これ以外にも、有るかもしれない。
・荒海や 佐渡に横たふ 天の河
・夏草や 兵どもが ゆめの跡
・行く春や 鳥啼き魚の 目は涙
「荒海や」から説明していこう。この句は次の杜甫の詩から着想を得ている。
旅夜書懐: 旅し夜思いを綴る:
星垂平野闊 星が低く輝き平野は広い
月湧大江流 月は登り揚子江の水は流れる
一方、「荒海や」の句は、出雲崎の貧しい宿で日が沈んだあとの景色を眺めて作ったものである。許六撰の【風俗文選】所載の「銀河の序」に、この時の様子が描かれている。「日既に海に沈みて、月ほの暗く銀河半天にかかりて星きらきらとさえたる」とある。同じく星月夜を描いている杜甫の詩と着想が似ている
次に「夏草や」については、次の詩から着想を得ている。
春望: 春の眺め:
国破山河在 長安の都は戦争で破壊され、山河尚旧のままあり
城春草木深 城内は春にして草木は茂っている
一方、「夏草や」の句は、奥州高館(たかだち)を訪れたとき、平泉に一面の夏草が茂っているのを見て作った。晩春から初夏の草叢の風景を描いている。
三番目の「行く春や」は上と同じ「春望」の句から発想を得ている。
春望: 春の眺め:
感時花濺涙 戦争の悲惨さに春の花にも涙が落ち
恨別鳥驚心 家族との離別に鳥の声にも心を動かすのだ
この句は、陶淵明の帰田園居:「羇鳥恋旧林、池魚思故淵」を指摘する人もいる。羇鳥は旅の鳥のことである。
この様に、似た風景が背景となっている。そこから、新たな表現を作り出しているのだ。
五月雨や 雲吹き落とせ 大井川
も「荒海や」と同じ発想であろう。星月夜を雨雲に置き換え。揚子江を大井川に置き換えたのである。更には、次の句もある。
熱き日を 海に入れたり 最上川
芭蕉と旅を共にした曽良も、山中温泉で、次の俳句を残している。
行き行きて 倒れ伏すとも 萩の原
これは、杜甫の「古詩十九首其一」に
行行重行行 行き行きて重ねて行き行く
與君生別離 君と生きて離別せん
とあり、これから取っている。曽良もまた、杜甫の詩を学んでいたのだ。
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