第6章 科研費を獲得するー科研費の審査はコンペである(1)「マーケット」を意識する
大学専任教員の仕事の2本柱は、教育(主に授業)と研究です。これに、大学行政の仕事である「校務」が加わります。非常勤講師には校務の義務がなく、授業のみを担当しますので、その分専任教員よりも報酬は安くなります。
昨今の大学は、少子化に伴い受験料収入や学費収入の伸びは年々期待しづらくなっており、外部資金獲得に力を入れています。
代表的な外部資金として、文部科学省科学研究費補助金(科研費)があります。研究を担う大学専任教員や各種研究機関の研究員などから提出された「計画調書」(自身の研究内容を記した書類。詳しくは別の回で詳しくご説明します)を基に、複数の匿名審査員のピアレビューにより行われます。
日本学術振興会のホームページで、科研費は次のように説明されています。
大学専任教員にとって、科研費の獲得の重要性は年々増してます。と言いますのも、研究者への科研費配分総額(直接経費)の30%が「間接経費」として所属機関に配分されて、所属機関の収入となるからです。科研費を獲得した研究者はそれだけで、所属機関に増収をもたらす形で貢献することになります。
このような事情から、専任教員採用に当たって、科研費の採択経験を重視する大学も増えているようです。
本記事では、大学の専任教員の方向けに、これまで全く科研費の採択経験がなかった私が連戦連敗の末に科研費の獲得に至った経緯と秘訣をご紹介するものですが、そもそも科研費とはどのような性質を有する制度なのかを知ることが採択への近道になると思います。
まず、科研費の審査は「コンペ」であることを理解する必要があります。研究者から提出された「計画調書」が採択に値するかが審査されます。
基本的には、研究者から申請された研究分野に属する匿名研究者(審査員)による得点により採択が決定されます。
参考になる書籍があります。ちきりんさんの『マーケット感覚を身につけよう 「これから何が売れるのか?」わかる人になる5つの方法』(ダイヤモンド社、2015年)がそれです。同書は、「マーケット感覚」の重要性を説いています。
ちきりんさんによると「マーケット感覚」とは、「売れるものに気がつく能力」であり、「価値を認識する能力」の差であるとされます。
科研費に即して考えてみますと、科研費の申請者は「計画調書」の売り手であり、審査する文部科学省および日本学術振興会が買い手です。
ただし、文部科学省および日本学術振興会には計画調書を評価・審査する専門能力はありませんので、専門家である研究者に審査を依頼することになります。
一方、売り手である申請者は、「売れる=採択される」研究計画を提出する必要があります。科研費の採択とは、申請者から提出された研究計画(計画調書)を、文部科学省および日本学術振興会が買う(=投資する)決定に他なりません。
つまり、買い手である文部科学省および日本学術振興会(から委託を受けた審査員)に、他の申請者から提出された計画調書よりも「この計画調書を買いたい(=投資したい)価値がある」と思わせなければなりません。価値のある研究計画を構想し立案する能力が必須です。
この点で科研費の審査は、まさにコンペであるのです。
申請者は「売れるものに気がつく能力」と「価値を認識する能力」をもって、計画調書を作成する必要があります。
基盤研究(C)の場合は、3年間で数百万円のお金が投じられることとなります。自分の研究計画(計画調書)が数百万円の価値に値するのか、まずは自分自身で冷静によく吟味してみることから採択への道のりは始まると思います。
計画調書を買ってもらう=研究計画にお金を投資してもらうためには、売り手である申請者が売り先(=マーケット。この場合は、審査員)を意識しなければなりません。
「どうすれば、買ってもらえるのか」「買ってもらえる=価値のある研究計画はどのようなものか」を常に考え続けることが科研費採択につながります。
研究は自分自身で設定した問題に対して、先行研究の調査やデータ分析、フィールド調査などを通して、解答を提示する営みです。
上記のように書くと、研究は自分自身との戦いだと感じる方が多いと思います。確かにそのような側面が多分にあるのは確かです。
しかし、科研費などの外部資金の応募を伴う場合、自分自身との戦いに加えて、マーケットとの戦いに挑まなければならなくなります。
つまり、自己満足の研究では不十分で、「マーケット」を意識した研究として成立しているかが問われることとなります。
自己満足の研究は「プロダクトアウト」に相当すると言えます。
「プロダクトアウト」とは、供給者の論理を優先させた企業活動を言います。優れた製品やサービスを供給することが大切であり、結果も自ずと付いてくると考えます*。自己満足の研究は申請者自身がよいと考える研究ですから、「プロダクトアウト」に相当すると言えます。
*ただし、「プロダクトアウト」は完全に悪であるとは言えません。たとえば、大学教育において、学生の要望にすべて応えて進めてしまうと、学生に必要な知識を伝えることができない事態を招きます。大学教育では、授業評価などで把握した学生のニーズを一定程度組み入れつつ、教員が必要と考える内容に基づいて授業を設計することが基本です。大学教育では「プロダクトアウト」が大原則であると個人的には考えています。
一方、科研費に採択される計画調書の作成を考える視点は、「マーケットイン」の考えに基づきます。
「マーケットイン」とは、消費者・顧客のニーズに応えて企業活動を行う考え方です。
科研費計画調書は、買い手である文部科学省および日本学術振興会(から委託を受けた審査員)に買ってもらえることを最優先して作成することが何よりも重要です。つまり「マーケットイン」の考え方に則って計画調書を作成する必要があると言うことです。
「プロダクトアウト」の考え方で計画調書を作成しても良いのは、誰もが認めるスーパー研究者だけだと思います。スーパー研究者の研究は広く知れ渡っていますので、審査員もほぼ無条件にスーパー研究者から提出された計画調書に高得点をつけることが多いと思われます。
しかしほとんどの研究者は、審査員に選んでもらうことを意識して計画調書を書かなければなりません。
ただし、審査員は膨大な件数の計画調書を短期間で審査しなければならず、時間に余裕がありません。計画調書の「概要」の書き始めの一文で、第1段階(書面審査)を通るか否かがほぼ決まってしまいます。
「概要」の最初の一文の印象が良ければ、「本文」以降にしっかりと目を通して頂ける可能性が高まります。最初の一文で「ダメ出し」された計画調書は、「本文」もあまり読まれずにレジェクトされてしまうと思います。
ぜひ「マーケットイン」の視点で、計画調書を作成することを心掛けたいものです。
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