親愛なる 冴羽獠様
顔に湿疹のようなものが出来た。
しばらく様子を見ようと10日ほどそのまま過ごしたが、良くなるどころか赤みが増したように見え、何より場所が顔の真ん中鼻の付け根の目立つところなのでいよいよ病院へ行こうと決意した。
この街で私はまだ皮膚科にかかったことがない。
なのでまずは『近くの皮膚科』と検索をしてみる。
狙いをつけた一番近くのクリニックの評価は☆3.1。
このクリニック一見すると平均的、可もなく不可もなくの評価に思えるのだがそのクチコミを見てみると星1と星5の数が群を抜いて多い。
褒めている人と非難する人が二分しているのだ。
内容をさらに詳しくみてみると
先生の人格にやや難アリ
先生の説明が早口すぎる
先生が高圧的
先生とはコミュニケーションが取れない
先生への説明は途中で遮られる
質問は鼻で笑われる
行けば悲しい気持ちになる
行っちゃだめ!!!
などそれぞれになかなかインパクトのある文言が続く。
一方、星5を付けている人達は
先生がテキパキしている
先生はハキハキしている
待ち時間が短い
とにかく早い
など。
どうやらスピーディーな先生であることは間違いないらしい。
なかには
笑顔で話しかけると笑顔で返してくれるよ!
のような攻略法まで書いてくれている人もいる。親切。
先人たちの教えをもとに聞かれたときにだけ答えられるように簡潔に症状を伝える練習をしてマイナス評価のコメントを気にしつつも、近いは正義なのである日の夕方ついにクリニックへ向け出発した。
午後の診察が始まる時間少し前にクリニックへ到着するとそこにはもう5、6人ほどの人で列ができていた。
けど大丈夫。
クチコミによるとここは人が多くても待ち時間は短いらしいので。
教えをありがとう先人たち。
私語が多い、とクチコミのあった受付を抜け先生にアホな質問はしないように、と心に誓い
「赤みは10日前くらいからです。痒みは酷くはないですがあります。痛みはありません」
と簡潔症状メッセージを心で復習しているとやはりクチコミが教えてくれたように、すぐに順番が回ってきた。
予習通り。
診察室に入るとカーテンの後ろから
「はい、みついさんですね」
と事前に記入した問診票に目を落としサッサと歩きストンと椅子に座る細身の男性がやってきた。
彼こそが噂の先生である。
「はい、見せて」
「はい、光当てるんで目閉じて」
ほぅほぅ、たしかにテキパキサッパリ診察していく。質問など挟ませない。
「虫に刺されたりとかはない?」
と聞いてきたので
「ないです」
と素早く答える。
「うーん、じゃあ何かな?これなら虫に刺されるのがキッカケになるってあるし…」
と机の症例集をペラペラし始めた
このパターンも知っている
すぐに論文が…と本をめくり話を聞いてくれない
というクチコミがあった。
邪魔をしないようペラペラする先生を黙って見守る。
ここまではクチコミ通り。
問題なし。
と油断したのがいけなかったのかもしれない。
「じゃあ、少し強めの薬出すから患部以外には付けないように。」
「ただ患部には厚めに塗って」
と言われた。先生への対応を間違わないことに気を取られすぎて薄いリアクションしか取らなかったからか伝わっていないと思ったのか先生が更に
「患部には沢山塗る感じで」
と言う。
これはいけない先生はコールアンドレスポンスを求めている。
えぇ、えぇ分かりますよ先生
「はい、もっこり塗る感じですね」
と返した。
「もっこり、うん、まぁ」
「1週間塗ってみて」
と診察は終わった。
私は「ありがとうございました」とだけ言って静かに診察室を出た。哀しくおどけることもできない。
もっこり、って卑猥な言葉の類なのか。
シティーハンターに接しすぎた私がいけないのか。
ひとりでは解けない言葉のパズルなので、帰ってChatGPTにもっこりについて相談してみた。
GPTが言うには文章の前後により意味が変わってくる、らしい。
いやごもっとも。
生け垣を見ながら
「この辺もっこりしてますねぇ」
これなら大丈夫な気がする。
けど、男性と話しながら
「この辺もっこりしてますねぇ」
これは駄目ですね。
更にChatGPTに「もっこり 使ってしまった」と相談すると人によっては不快に思うかもしれない。謝罪しておきましょう。
と言う。
先生に次に会うのは薬が効いたかどうか経過などを見る為の診療、1週間後である。
「先生、先日は卑猥とも取れるワードを口にしてしまい申し訳ありませんでした。」
今更言えない。
そんなことをうじうじ考えている私はまだまだワイルドにもタフにもなれそうにない。
こんな者が潜んでいるのだから、先生が患者相手に丁寧に会話を重ねるのを諦めるのも無理はない。
湿疹は治りつつある。
病を治し人の怪しげな発言も受け流す立派な先生。
私はこのクリニック、星5を付ける。