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天井にあるものは

町の不動産屋に勤めていた。
サザエさんでいう花沢不動産みたいな。


天気もよく気持ちの良い午後。
私は入居者募集中の空き家が汚くなっていないか、などの点検を終え営業車でラジオを聞きながら陽気に事務所へ戻っていた。
その時、バッグの中で携帯がブーブーと震えた気がしたので路駐して表示を見てみると
『事務所』からとある。
こういう電話は大抵良い連絡ではないので、さっきまでの軽やかな気持は消え失せ、重い気持ちで折り返しをすると
「田中さんからちょっと来て欲しい、って連絡もらってます」
という。

田中さんは先週、庭付き戸建ての貸家に入居された夫婦と男の子3人のご家族で旦那さんは家を建てる仕事をしていた。

だいたい入居から一週間くらいは、設備の使い方がわからないとか住んでみなければわからなかった不具合等が見つかったりなどで油断ならず、不吉な連絡が多い。
「大したことないといいな」
と思いながらそのまま田中さんの住む貸家へ向かった。

到着してチャイムを押すと長い茶髪でシャキシャキ話す元気な田中の奥さんが迎えてくれて
「不動産屋さん、ちょっとこっちへこっち」と言うと挨拶もそこそこに玄関横の8畳の和室へ私を引っ張っぱっていき天井を指さした。


手。


見上げたそこには油で濡らしたあとペタペタと押してまわったような大量の人の手形があった。

驚きで絶句していると
「私もさっき気づいて。不動産屋さん知ってました?」
と言う。どうやら田中さんが入居後に何かしたわけではなさそうだ。
「すみません、全然気づきませんでした」
「ですよね?内見してるときも気づかなくて…これ手形ですよね」
と完全にホラー調で聞いてくるもので、ついついこちらも
「手形、ですよね。しかも大人ですよね、この大きさ」
などと声を潜め返すと、周りを囲んでいた田中さんの子どもたちがギャーおばけーと、どちらかと言うと楽しげに騒ぎ始めた。

これは、汚損?ホラー?
何にしても気づかず案内、入居までさせてしまった、まずいかも、しれない。
と何らかの責任に問われそうでどうしようかと思案していると
「あ!ここ、ご入居前にルームクリーニング入ってるからルームクリーニングの業者さんに聞いてみましょう!」
とすごく良い責任転嫁先質問先を見つけたので早速電話をしてみることにした。
すると「近くにいるので」と7分ほどでルームクリーニングの業者さんが来てくれることになった。


チャイムが鳴りやってきた業者さんを田中の奥さんと、こっちこっちと和室に案内し「こちらをご覧ください」とばかりに天井を指さした。

「あー、これねたまにあるんですよね」

「靴紐、ほどけてますよ」
「あーこの靴ね、たまにあるんですよね」
ぐらいの調子で業者さんは答えると

「家、建ててるときとか照明の取り付けとか、あとわたしらルームクリーニングとか天井触るでしょ?すると年月経って触って付いてた薬品とか手の脂が浮き出てくるんですよね」
「それでこんな手形がでるんですよねぇ、これ取れなくて」


なるほど。

なるほどだけど。

「気持ち悪いことには変わりませんよねぇ」
と誰も口に出来なかった一言を残し
「じゃ、次の現場があるので」
と軽やかにルームクリーニングの業者さんは行ってしまった。

残された私と田中さん(とその子どもたち)は原因だけが分かり、解決策はないままの手形だらけの天井を見上げなんとなく
「内見時、お互いに気づかなかったんだから仕方ない」ということに落ち着き解散した。


こんな事があったので田中さんには少し負い目を感じていて、その後別で起こる一件では弱腰の対応になってしまったのだが、その話はまた別の機会に。


その後の不動産屋生活で、何軒も何百軒も戸建てやアパートを物件案内でまわった。
もう必ず天井もチェックするようになったが
手形があったのは2、3軒だけだったし、その時には「業者さんの手跡」と安心安全の説明を出来るようになったので、何事も経験だなと思う。



ただ
あんなに大量の手形を目にしたことはついぞなかった。
あんなに隅の方までペタペタと。


あれは本当に全部、業者さんのものだったのかな。
時々考える。



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みつい
気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。