みんないるんだよ
あちこちに川が流れカワセミが飛び、野リスが電線を走るこの町に引っ越してすぐの頃、買い物に向かう歩道の石畳に数メートル分だけ絵柄が入っているのに気が付いた。
20枚ほどである。
目立ちはするのでそこを歩く多くの人の目に留まっているのだろうが気にする素振りをみせる大人はいない。
が、私は幼児を連れて歩く身なので「これなにー?」聞かれ、一枚一枚立ち止まり描かれた生き物の名を言わされることになる。
しかし何を基準にこれらの生き物たちは選ばれたのか。
この他、トンボや蝉チューリップに鴨などがあるが選出基準がわからない。
「区の花」や「市の花」なども描かれている為この辺でよく見かける動植物なのかな、とも思いもした。
実際、鴨は川をスイスイしているし季節になるとトンボも蝉もよく見かける。
が、しかし
コアラが野良化しているとは思えない。
その他にも見かけない生物が描かれており「この辺で見かける生物説」は一旦諦めた。
しりとりとか頭文字を並べる、とか考えたがどれも違うようなのでうっすら疑問を抱えたままその道を通る日々が続いた。
そうして過ごしているうちにこの地にも少し馴染み、近所に住む良太くん(仮名・当時5歳)から水路で取った生物を見せてもらえる仲になった。
水を入れた虫かごを覗くと…ドジョウがいる!
そう「見ないな」と勝手に思っていただけでよく見てみればドジョウは確かにこの地にいたのだ。
それからしばらくして回ってくるゴミ収集車のアナウンスに気付き耳を澄ますと
「コアラもいる老舗の動物園、来てください」
と広告を流している。
調べてみると車で数十分間のところにある動物園にコアラが飼育されているらしい。
後日、動物園に見にもいってみた。
この地にはコアラも…いた。
これは。
もしかすると…
とはいえ、
流石にタヌキは見かけることなく過ごしていたのだが先週の土曜日、近くの無人野菜販売所に夕ご飯に良さそうな野菜を求め出掛けていた時である。
この販売所は運が良ければ旬の野菜がスーパーの二分の一位の価格で買えるので重宝しているのだが、その小屋の後ろからすたっとタヌキが出てきたのである。
向こうも
「あっ、ヒトだ」という顔で動きを止めていたが、私の方だって
「ついに、タヌキ」と驚きで歩みを止めた。
道端で急にタヌキに出くわしても意外と猫なんかとも区別が付くんだな、と考えたりしているうちにタヌキは来た方向へ戻って行ってしまった。
そして点と点が線になった。
これはもう、そうだ。
あの絵はこの地に住む者たちが描かれているのだ。
ということは
あれもいる!
そう、このラインナップの中に急に現れる異質の生物「河童」。
この絵柄のせいで私の「この辺で見かける生物説」が消えたのだ。
しかしこれは
もう、そういうことだろう。
その昔、この辺りの歩道の舗装・拡張工事が行われることになった。
地元有力者で拡張される土地の持ち主である、又三郎は自らの土地を差し出すことの条件に歩道の一部に絵柄を入れることを約束させる。
それが件の歩道である。
又三郎はこの地で河童に出会ったことがある。幼い頃には共に遊んだこともあったかもしれない。だが地位もある大人が河童の話を人にするのは憚られた。
しかし誰かに伝えたい。
ナスカの地上絵然り、人はなんらかのメッセージを大地に残したくなるものなのだ。
もう、そういうことだろう。
というわけで、この区内には河童がおります。
見かけたらスマホで撮影しときますね。
気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。