【不動産屋の雑談】無理は言わないでください、という話
町の不動産屋に勤めていた。
会社では売買も扱っていたが、私の担当は賃貸だった。
お客様を物件に案内して説明して契約書を作ったり、入居後の管理をしたり、家賃支払いが難しい時には相談してもらったり。
とにかく、入居にまつわるエトセトラである。
私はその日友人の結婚式に行くので仕事は休みだった。
髪もセットしまぁまぁ華やかなワンピースを着て、出発時間まで自宅でウロウロしていた。
そんな時、会社からの着信。
良い知らせな訳がない。
「みついさんまだ大丈夫?家主の青井さんから電話はいってるんだけど会社に来られる?寺田さんのことらしいけど。」
まぁまぁ華やかなワンピースでも大丈夫なら大丈夫である。
寺田さんとはこの度、庭付き戸建て3LDKの賃貸を契約してくれた三人家族だ。
ざっと内容を聞くと、どうやら入居者寺田が契約日より3日も早く荷物を車に乗せてやって来たらしいのだ。で、家主に鍵を早めに下さい。と言っているらしい。
会社に行き、入居者寺田へテルテルテレフォンである。
「どうされました?入居日は3日後ですよ」
「荷物を運ぶ車の手配の関係で、大きい物だけ今日入れたくて。いいかな、と。」
どうして、いいかな、と思ったんだろう。
よしんば思ったとしても、一本確認とか承諾とかの連絡をしようとは思わないもんかな。
プライベートならあんまり関わりたくないタイプの行動力を持つ寺田だが、こちらは仕事である。
今回の数少ない良い点は、家主・入居者とも「困った。困った。」であってお怒りではない所だ。この場合、家主が怒るのは分かる所だが、信じられないことにこんな状況を引き起こしておいて、入居者側が怒っているパターンもザラなのである。
で、問題は荷物搬入である。日割り家賃を多くもらって「どうぞー」といかないのは、この家、前日にルームクリーニングを終え、今はワックス乾燥中なのである。
玄関から各部屋へ続く廊下・台所・フローリングのお部屋は立ち入り禁止なのだ。明日まで。
おまけに、畳・襖の搬入はワックス乾燥後を予定して動いていたので、中はすっからかんである。まぁ、荷物おくだけならそこはこの際、どうでも良いとしても。
なんか、荷物を運んできた車も返却しないといけないとかで、畳屋さんにお願いして一部屋分、急遽畳を搬入してもらいその部屋へ庭から回り込んで荷物を運び入れることにした。
一部屋パンパン。冷蔵庫やなんかタンスやら衣装ケースやら。
忙しい時期だったのに畳屋さんにも迷惑をかけてしまった。
無理が通れば通りが引っ込む。こうやってわがまま言ったもん勝ちみたいになるのは嫌だな、と思いながら日割り家賃の請求をだしました。
結婚式には間に合いました。
名前はもちろん仮名です。敬称は私の個人的な心証に基づいています。
気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。