都合のいい温度
少しずつ暖かくなり草花が芽吹く頃に彼と出会った。深夜1時ごろ自転車を漕いで私は彼の家へと向かった。
プロフィールの画像はとても涼しい顔のイケメンで今まで出会ったことのないタイプだった。緊張と楽しみと不安で彼の家が近づくほどに鼓動も早まる。
緊張の面持ちで部屋へ入る。よくある普通の1Kで少し広めな印象だった。
ここで特筆すべきはとても部屋が片付いていて物は少ない方だが殺風景なわけでもなく一角には某テーマパークのキャラクターのフィギュアコレクションが。
シンプルで実用的でおしゃれな上にちゃんと自分らしさもあるバランスの取れた部屋だった。つまりは彼の性格を表していると思ったのだ。なんと均整の取れた人なんだろうと、私はその時この人だ!と思った。
若手韓国俳優のような容姿の彼。背も高く色白で何より声が低い。
「初めまして〜。あ、どうぞここに荷物置いてください〜」
照れ隠しなのかよく笑う。ずっとニコニコしていて笑うと目が無くなり目尻や頬に猫のひげの様な笑い皺が入るタイプ。
辿々しくお互いに近づいていきモコモコ系のルームウェアの中に手を伸ばす。
痩せ型の体に薄く線の入った腹筋が覗く。
彼のキスは優しかった。昔外国人の友達にどうして日本人はキスをするとすぐに舌を出すのかと言われた事を思い出したが彼のキスは大半の日本人のそれと違った。
30代の半ばとは思えないほどの肌の綺麗さに驚くと同時に甘く低い声を漏らすその唇に吸い込まれる。
彼の左肋には赤い手術痕があった。私をそれをゆっくり唇でなぜる。彼との情事は深いブルーの海にゆっくり沈んでいく様なそんな気分になった。
事が終わりソファでタバコを吸いながら話した。手術痕のこと、仕事のこと、お互いの過去の恋愛について。私は会った当初から彼がずっとニコニコしているのが少し不思議だったのだが彼の職業を聞いた時小膝を打った。(詳しくは言えない笑)職業病のせいかおかげかよく私のことを褒めてくれ全てにおいて肯定してくれる。同じ接客業ということもありすごく共感してくれなんとなく日頃のモヤモヤがスッキリしたのを憶えている。私は帰りすがら幸せな気持ちでニコニコが止まらなかった。
彼とは何回か逢瀬を繰り返し、ちゃんと昼間からデートをしようと予定したこともあったが実現はしなかった。夏頃から仕事が忙しいということで(CMで彼の会社の新しいプロジェクトの宣伝をしていたので本当に忙しいのはわかっていた)会う頻度や返信の間隔が空いていきいつしかアプリから居なくなっていた。
中華料理はよく餡がかかっているものが多い。あれは作ってから皇帝に出すまでに広大な宮殿内を移動しなければならないため冷めない様にと取られた手法だ。最近の割烹料亭はカウンターの店が多い。
目の前で盛り付けた後温かいものは温かいうちに、冷たい物は冷たいうちに提供される。
巷では電子レンジで簡単に手早く調理できるグッズやレシピが流行っている。
私は熱し易く冷め易い性分のため基本的に会いたくなったその日に連絡をするし相手も基本的にそんな感じ。彼も例外ではなかった。だが今回ばかりは私の温度は都合よく冷めることはなく、その流れを脱したかったので自分の気持ちを彼に伝えたりもした。結果は前述の通りだが彼に対する気持ちはその後しばらく尾を引いた。身勝手ながら少し怒りさえ感じたりもした。ついでに家を知っているので突撃してやろうか、手紙をポストに入れてやろうかなどと考えているうちにストーカーはこうやって創られるのかとハッとなり自制が効いた。
レンジでチンしたり最新の冷蔵庫のように急冷できたり。人間はそう都合よく創られていない。
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