海浜湿原に潜む牙
毎日のように、陽炎をみた。
埼玉の夏は、
体中の水分が蒸発するのを感じるようだ。
僕は蒸し蒸しとした畳の部屋に寝転がりながら、
半分になったリボンナポリンを眺めていた。
「もう、半年になるのか」
埼玉県所沢市に来て、僕は後悔していた。
少ない稼ぎをそのまま、北海道に戻るためのお金に使う生活。不思議なことに、そのたびに美しい自然、珍しい生命を見つけてしまうのだ。
机の上にあるオレンジ色のサイダーのようなジュースは、僕が8月に北海道へ戻った時に買ったもの。あまりに頻繁に北海道に戻るので、シェアハウスをしている同居人にもすこし呆れられていた。
「やっぱ湘南の夏の海よりも、流木だらけの海岸と群青色した海だよなぁ」
僕は思ったよりも、
北海道が好きだったのだ。
2020年10月8日、
僕はまた北海道に来ていた。
夕暮れの海岸は、数人のサケ釣りのおじいさん以外には誰もおらず、静まり返っていた。
あたりはすっかり暮れかけ、海の色と夕色のコントラストがあたりを包んでいる。
この海岸がどうしてこんなに美しいのか、
僕は知っている。
僕を知った気にさせてくれる、それだけなのだろうけど、友達と何気ない旅をしている今も、ふと流木に目をやり、転がしてみるだけで、そこに居る生き物たちに心が動くのだ。
「これだよ、こういう北海道が良いんだよ」
友達においてかれても、やはりこの生き物だけは、撮っておかねばならないと思った。
北海道の海岸の多様性を象徴する生き物、
その一つにハマベオオハネカクシがいる。
色だけに着目すると地味な昆虫かもしれないが、なんと25ミリちかくにもなる大型のハネカクシである。
ハネカクシの仲間のほとんどは、本来森に生息していて、小さいものだと2ミリぐらいの者もいる。というか大半はそれくらいの大きさで、20ミリを超えているハネカクシがむしろ、飛び抜けているのだ。
この大顎をみてほしい。
頭の長さと同じくらいの長さのあるこのキバで、
他の昆虫などの虫を素早く捕食すると言われている。この砂浜色だってきっと、狩りをする上で役に立っているのだろう。
しかしながら、10月で気温が十度前後に落ちているからかこの体勢のまま、あまり動こうとしなかった。
「思えば、この季節に昆虫に出会えるなんて、
北海道ではあんまりないもんな」
小さい頃は教科書によく載っている昆虫が、身の回りにいない事が悲しかった。
虫に出会える期間が長いからと
関東生まれの人を羨んだこともあったけども、
気づけばスズムシの鳴き声よりも、
エンマコオロギの鳴き声に心を打たれてしまう。
ないものねだりを
ねだっているあいだの心地よさに、
名前をつけたいこの頃である。
誰も見向きもしないような、北海道の生命を撮っていきたい。それがどうまとまるかは、まだわからないけど。
*2020年10月8日の日記をもとに編集
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?