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文庫本の天秤

転職をしてからというもの、昼ごはんを外のお店で食べることが多くなった。社会人になってすぐ、新卒で入った会社は数百円で定食が食べられる社員食堂があったので常にそこで済ませていたのだが、転職先はそういった制度もなく基本的に外のお店で調達することになる。いわゆるランチ戦争に巻き込まれている。今のところの戦績は気持ち的には2勝7敗くらい。込み入った店内で落ち着かないまま昼飯を食べている。

会社の人に誘われて1000円ちょっとのランチを食べているとき、「このお金で文庫本2冊買えるな」と思いながら、へらへらと他愛もない定食を食べている自分に気づいて少し笑ってしまった。思えば、大学生の時は、昼ごはんを菓子パン一個にする代わりに、毎日のように生協で文庫本の小説を買っていたなと思い出した。500円を文庫本一冊として、いろいろな500円のものと文庫本とを天秤に乗せる儀式が。自動的に脳内で行われるようになっていた。大抵の場合は文庫本の方に傾くので、その足で生協に向かって気になっていた作品を買った。

いつまでもそんな学生気分でいるわけにもいかない。社会人になってお勤めしているのだから、単行本を数冊くらいなら何かを我慢しなくても迷わず買えるくらいには、収入に(若干の)余裕ができた。外で食べるランチは相変わらず高いなと思うけれども、そういった金銭感覚も大人になるにつれてアップデートしていかなければとも思う。

ただ、脳内に設置された文庫本の天秤は何となくだけれども捨てたくない。そこにはなにか大事な感覚が残っているようで、無くすともう二度と手に入らないのではないかとすら思う。こうして人は物を捨てられなくなるのかもしれない。具体化しているものではないからまあいいかと思い、頭の片隅にこっそり残してある。

会社の人とご飯を食べるときには絶対に天秤に乗せないように気をつけよう。もう大人なのだから。しかし、たまには錆びつかないように天秤も片隅から引っ張り出してこよう。そのときは多分だけれどもまた文庫本の方に傾く。人はそんなに簡単に変われない。

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