見出し画像

色づく海のエスポワール 観劇

作品タイトルにあるように、海が大きな鍵を握る。
照明と音響が奇麗で、視覚と聴覚で海に潜ったかのような感覚に陥る。といっても、深海ではない。太陽の光が差し込む程度の深さ。そして透き通る青さの海は、周りに魚も泳いでいる。そんな海に飛び込んだ感覚は新鮮。
以前、他の団体さんの作品では、同じように照明が奇麗で海の奥深いところにいるような苦しさを感じたことがあったが、ほんの少しの違いでここまで違うのかと感じた。
そしてそれは、この作品の毛色も関係していた。

1つの物語かと思いきや、色々な人の物語が絡み合う。
冒頭、色を失った白井遥が登場する。どうして色を失ってしまったのか、その理由は分からない。そんな不安が常に付きまとう中で、友人たちが本当に心強く心優しい。
後に、白井遥が自殺未遂を起こしていたこと、それにより記憶と色を失っていたことが判明する。だが前半は、色を失ったことの謎が観るものを惹きつける。同時に、色を失うという世界がどういうものか、自分だったらどうだろうと想像力を搔き立てる。
色を失う。見えないわけじゃないから大したことないじゃないか。昔はテレビだって映画ってモノクロだったけど、それなりに人は楽しんでいた、なんて思っているところに、信号機がモノクロで危険な目に合う描写が入る。
信号機は位置で分かるじゃないかと言う人もいそうだが、その出来事は分かりやすく、そして楽観視する人に一つの楔を差し込む。他にどんな危険があるのだろうという未知数の恐怖が心に宿る。危険だけど何とかなりそうなことを一つだけあげることで、不安を未知数にして一気に心が引き込まれる。心がシンクロさせられてしまう。

そこまで不安にさせられたからこそ、友人二人の存在がより引き立つ。
優莉奈さん演じる灰原夏美。
「灰原さんがいれば大丈夫ね」と言われるほど、先生からも信頼されている優等生。
優莉奈さんと言えば、なんとなく、絵にかいたような優等生の役のイメージが強かった。実際、本人と話すと真面目で丁寧で優しく、それもまたそのイメージを促進する。
しかし本作では、頼りがいがあるが、いわゆる勉強ができる優等生という感じではない。否定的な意味ではなく、ただ優等生ではなく、必要であればルールをも破って人のために何とかしようとする。そして友達との関係を大切にする、友達の気持ちを考えられて距離感をしっかりと図ることのできる。そんな役だった。
それはこれまでの優等生とは違う、より優しさに満ち溢れていた。そしてその役に、優莉奈さんは適任だ。
時には軽く友達を叩くような仲の良さを見せながら、相手の心に踏み込まずに感じ取る繊細な心の機微を、優莉奈さんの丁寧な演技、仕草、雰囲気がそれを表現していたと思う。
登場人物の名前の中でも、「灰原」というはっきりとした色がついていない役。それは、自分だけの色ではなく、相手に合わせて色を調整できるからではないだろうか。夏美という名前も、作品からしたら「夏海」でもよさそうだが、ここで「海」を使うと主役2人の色が少しぼやけてしまう。でも、その優しさは、爽やかなものを感じさせるから「夏」で表現したのではないか。そんな風に感じてしまう。夏美は後半出番がなくなってしまったが、高校を卒業した彼女が、どんな道を歩んでいるのか、これから先もどう進むのか、そんなことが気になってしまった。まるで夏美が本当にいるかのように、自分の知り合いのように心配になってしまう。そこまで思わせる演技をした優莉奈さんに脱帽だった。

その後、過去へと物語は遷移する。白井遥が唯一色がついて見えた奏汰。今回、予備知識なく、演者さんも初見、さらにいつもは前方席のところ、今回は事情あり最後列だったため、あまり顔も分からず、奏汰とは分からず見ていた。分かっていたらまた見方が変わったかもしれない。そんな中で、奏汰との待ち合わせで遅れ、それを理由に自分に責任を感じている姿が描かれる。奏汰の母からも、あなたのせいだと叱責される。親しかっただけに、その言葉は重く、本人にとっては苦しい。
そしてやがて自殺未遂を起こし、色を失う。
白井遥にとっては、世界は色のついた華やかなものではなくなってしまったのだろう。それだけ奏汰の存在が大きかったことがわかる。

そして物語は、途中、月渚のための記憶へと進む。オムニバス形式なのかと思わせ、しっかりと最後の記憶で真実が見えてくる。ここで、”〇〇のための”記憶という表現がとてもいい。故人と話したい、故人が伝えたいということもあるが、それを今、生きているもののための記憶、という表現が奇麗だと感じた。

話しは戻る。
事故での死。突然すぎて、真実が見えなくなる。
殺人事件も同様の側面はあるが、そこに介在する人の意思は全く変わってくる。
猫を、小さな命を守ろうとした奏汰。
そして更にそれを守ろうとした凛空。
優しさから生まれた悲劇だった。

そして最後、かつて心を失った館長も心を取り戻し、そして白井遥と友達になる。

この物語を観て、悲しいシーンで涙することもあるのに心が温かくなるのは、全編を通して人の優しさに溢れているからだろう。
優莉奈さん演じる夏美の優しさは分かりやすく、いわばこの物語の本質をあえて可視化したとしたら、事故の時の優しさ、親が子を思う優しさ、そしてまたその逆。一方で、優しさから来る大きな愛は、それを向ける先がなくなった時、凶器となることも表現される。
しかしその凶器を捨てるようになるのもまた優しさなのだ。
小さな優しさでいい。それを持つだけで、人と人は繋がり、心が穏やかになる。
また、そうすることで周りにも優しさが溢れ、それは少しずつ広がる。
この物語では、優しさが人の命を、自らの命を奪ってしまったという悲劇を強烈に印象に残しながら、その実、優しさのおかげでその悲劇を乗り越えられる様を伝えてくれる。
多くの誹謗中傷やいじめ、色々な問題は、この物語の登場人物のように一人一人が小さな優しさを持つだけで解決するのではないだろうか。
今の時代だからこそ、この物語は必要だ。
BDも申し込んだので、早く届いてほしい。
もう一度、何度でも、自分が心が壊れそうになった時、自分が人を信じられなくなった時、周りを誰かが苦しくなった時、これを観ることできっと元の優しい心を取り戻せる。
そう感じる作品でした。

もっとストーリに沿った感想を書こうと思ったが、振り返っている内に、物語の本質に気が付いて感じたことだけになってしまった。
ストーリーの巧みさは、こういう風に感じさせるというだけでいうことないし、ストーリーの内容については、他の人が触れているのでまあ、良しとしよう。
今回、予定がなかなかつかず、最後列での観劇だったが、あの雰囲気では逆に良かったのではないかと思う。行くことができて本当に良かった。

いいなと思ったら応援しよう!