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出し惜しみのルビー【掌編1000字】

若い夫婦の睦言むつごとを 夜通し聞いた 家の鸚鵡オウムは 朝になると 年寄りたちの前で それらを図に乗って 繰り返し始めた すると恥ずかしさでいっぱい新妻は 柘榴ざくろの粒をやるように見せかけて 耳飾りの紅玉ルビーの小片を くちばしに押し込み まんまと お喋りを黙らせてやった

インドの詩『Amaruśataka』より

「ねぇ、そのルビーをひとつくださらない? アレース、あなたの愛の印として」

美丈夫のよく発達した肩にしなだれかかる美女。美と性愛の女神アプロディーテの顔は、寝床の傍らに置かれた猛々しい甲冑へと向けられていた。

男の眉がぴくりと動く。

〈ふん、なんて図々しい女だ。この軍神の甲冑を飾る勝利の紅玉を所望するなんて。いや、しかし図々しくなるのも仕方ないか。これほどの美貌に媚態だものな〉

アレースは自らの栄誉と絶世の美女とを天秤に掛け、そのどちらもが惜しくなり、一計を案じることにした。

「ああ、もちろんだともアプロディーテ。君が望む物を捧げない男などこの世にいるものか」
〈……俺以外はな〉

甲冑の紅玉を外すフリをして、手元で柘榴ざくろの実を凝集させた。そうしてすっかりルビーに似せた実がアプロディーテに差し出された。

「ありがとう」

その精巧さは女神の眼をもまんまと欺いたのだった。

「最近、帰りが遅くて心配しているんだよ」

鏡に向かうアプロディーテに声をかけたのは、不仲の夫ヘーパイストス。妻の耳の下では見慣れない紅玉が揺れている。

「おや、素敵な耳飾りだ。ルビーかい?」
「イヤっ! 触らないで!!」

アプロディーテは叫声を上げ、その手を強く振り払った。
諍いに、傍で居眠りをしていたお付きの鸚鵡オウムが目を覚ますと、寝ぼけて勝手にお喋りを始めた。

「ルビーヲヒトツクダサラナイ、アレース、アナタノ愛ノ印トシテ」

青ざめるアプロディーテ。咄嗟に耳飾りの紅玉を手に取り、鸚鵡のくちばしに押し込んだ。

しかし鸚鵡オウムはその柘榴を噛み砕き、一口で飲み込んでしまった。

「アレース、イケメン、アレース、アイシテル、へーパイストス、ブサイク、へーパイストス、イヤ、キライ!」

「……は、ははは、ど、どこでこんな言葉を覚えたんだ? この鸚鵡は」
「……ほ、ほほほ、本当よねぇ。最近の鸚鵡は聞いたことのない言葉でも喋るようになるみたいね」

それから1ヶ月後のことだった。
ヘーパイストスによるアプロディーテとアレースの捕縛が決行されたのは。

#mymyth202307 #掌編小説 #神話 #詩

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矢口れんと
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