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2. 東方の預言【花の矢をくれたひと/連載小説】

不定期連載の『花の矢をくれたひと』
インド神話をベースにした小説です。

登場人物

愛神カーマ(悪魔マーラ)
マーラは釈迦族の王子(後のブッダ)の解脱を妨げようとした。しかし王子の瞑想に跳ね返され、愛神カーマであった頃の記憶の世界に飛ばされる。

シュカ:カーマのお供であり乗り物となる鸚鵡(オウム)。緑色の躯体をしており、お喋りが過ぎる。カーマを乗せて軍神インドラの守護する東方の地へと運ぶ。

クベーラ:北方を守護する神。カーマに宿命を伝えるために、東方の地にやってきた。

前話はコチラ↓

prologue

1. 鸚鵡の従者

2. 東方の預言


カーマとシュカは時空の穴を抜けて、神々の世界、正確に言えばデーヴァ神群世界の東方へとたどり着いた。
飛行は長時間に渡り、時空を越えたこともあってか、シュカの顔にも疲労が目立ち始めた頃、辺りに低く大きな声が轟いた。

(鸚鵡よ、そのまま前方の雲に飛び込め)

シュカが顔を上げると、数々浮かんだ雲の中に1つだけ、紫がかった大きな雲が屹立しているのが分かった。周囲に淡い雷光を帯びている。

「シュカ、あと少しだ。頑張れ」

カーマが声をかける。シュカは最後の力を振り絞って加速し、その塊へと飛び込んで行った。雲の中には大地があった。力尽きたシュカはふらつきながら着地すると、そのまま翼を閉じて横たわった。

カーマは鸚鵡の背中から降りて周囲を見渡す。雲の内部は外から見たよりもさらに暗く濃い紫色の世界だった。時折、周囲を取り巻く雲に稲妻が走る。行くあてもなく立ち尽くしていると、再びあの声が響いた。

(愛神カーマよ、よく来た。待っていたぞ)

声のした方を見やると、陽炎のような揺らめきが次第に人の形をとり、遂には1人の男が姿を現した。黄色い肌で太鼓腹が目立っている。

「我が名はクベーラ、北方を守護する者だ。カーマよ、お前に伝えねばならぬことがあり我はこの東方の地に来た」

「俺に? 天界の神がいったい何用だ? 第一俺は自分が何者かさえよく知らない。ある王子の邪魔をしようとした記憶以外、はっきりと残っていないのだ」

「その記憶だけで充分だ。お前の弓矢は人を愛欲の煩悩へと導く力を持っている。王子を邪魔しようとしたのもお前の能力ゆえのことだ。しかし煩悩と言えど愛欲が世界の永続に必要なのは言うまでもないこと。お前はこれまでも数多の仕事をなしてきた」

カーマは自分の右の掌を見ると、そこには無数の弦の跡が硬くなって残っていた。クベーラの言っていることは確かなようだ。

「本題に入ろう。実は、アスラ神群が再び牙を剥き始めたのだ」

「アスラ神群!?」

その名前はカーマにも聞き覚えがあった。このクベーラ、そしてこの東方の地を守護するインドラなどのデーヴァ神群と世界の覇権を争った神々のことだ。

「太古の血腥い戦争の果てに領地を分け、今では大きな衝突を回避しながら共生していると聞いていた。なぜだ?」

カーマの問いにクベーラの顔が一気に曇る。

「その『共生』が問題だったのだ。ターラカという名のひとりのアスラがいた。奴は我々の世界の信仰、瞑想、苦行に熱心な男だった……」

「共生……」

「ターラカの殊勝な態度を気に入ったデーヴァ神がいた。我らが最高神の1人ブラフマーだ。ブラフマーはこともあろうか、ターラカに不死身の肉体を与えてしまった。苦行や瞑想のシンボルとしたかったのかもしれない」

カーマは少しずつ状況を理解していった。かつて対立していた神群の末裔が、最高神の懐に入って強大な力を得てしまった。その行き着く先は……

「反逆」

2人の声が重なった。しばし沈黙が流れる。雲の雷鳴が何度か迸った後に、クベーラが再び口火を切った。

「不死身となったターラカは再び軍を上げた。地上界、空中界、天界は今やアスラ軍に攻略されようとしている」

「し、しかし、ブラフマーが武力的に制圧する力を持たないとはいえ、デーヴァ神群にも強い神がいくらでもいるだろう。この東方のインドラは? かつて神々の英雄、軍神と称び讃えられたインドラ神なら、アスラ神のひとりくらいどうってこと」

「インドラはダメなのだ……」

クベーラはカーマの言葉を遮って続ける。

「かつて英雄と讃えられたインドラは確かに軍神である。しかし支配や自衛のために武力がもてはやされた時代は終わった。今では地上の人々も犠牲を必要とする血腥い祭祀をやめ始めている。そして、その結果がこれだ」

クベーラは大地を取り巻く雲の一端を指差した。

「見よ、インドラは力を失い、その象徴である雷光は年々弱まってきている!」

たしかに、かつて神々の世界を席巻し天地を創造したと言われるインドラ神、そのイメージには似つかわしくないほど、東方の世界は狭く暗く、弱々しいものであった。

「我がここに来たのはお前に宿命を伝えるためだ」

「宿命だと? 神々の争いに俺がいったいどう関わると言うんだ?」


── to be continued──


〔簡単な解説とご注意〕

インド神話、そしてバラモン教・ヒンドゥー教は多神教の世界です。多神教の中にも交替神教という概念があり、複数の神をそれぞれ順番に崇拝したり、儀礼ごとに崇拝する神を変えたりします。神仏習合の日本では想像しやすい信仰体系かもしれません。

主神が複数いることで、興味深い現象が生まれてきます。それは「人気」です。

もっとも古い『リグ・ヴェーダ』の時代、一番人気があったのは軍神であるインドラでした。水を民衆に解放した、天界と地上を二分した、これらの功績は全て武力によってなされたため軍人として褒め称えられていました。

しかしヴェーダの後期になってくると人々の間にも抽象的概念が育ってきて、世界そのものを創造したのは誰か?「創造主」という概念が現れてきます。そこで宇宙の根源原理である「ブラフマン」が神格化したブラフマーと、創造主が同一視されることになりました。

インドラとブラフマーは仏教にも取り込まれ、帝釈天と梵天として活躍します。しかし人気の変遷は留まることを知らないものなのです。

ヴェーダとバラモン教は、紀元以降には民間の信仰を取り込んでヒンドゥー教へと発展していきます。そこで人気が出てきたのが、有名なヴィシュヌ神とシヴァ神です。インドラはすっかり追いやられてしまいます。ブラフマーは、ヴィシュヌ・シヴァと共に三神一体として辛うじて保つものの、人気はその二神に遠く及ばないものとなってしまいました。

(以下、妄言)アイドルに例えると分かりやすいかもしれません。最初はなっちが中心となっていた、そのうちにごまきが現れて人気を二分。後世になってりほりほやみずきが……みたいな。笑 以前タイに行ったときも、神々の人気とアイドルについて書いてます。よろしければ読んでみて下さい。


*なお本作は何らかの宗教的信条を伝えたり誘導するために書かれたものではありません。あくまでエンターテインメントの1つとしてお読み頂くようお願い申し上げます。

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矢口れんと
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