王一日体験記 【掌編1000字】
「王一日体験記」
いったいぜんたいなぜどうして、私の手にはこんな華美な杖が握られているのだろう。
この色、輝きはまさか本物の金ではなかろうか。杖頭には太陽をモティーフにした装飾。流線の内に宝玉がびっしり列をなし、まるで銀河を描いているかのようだ。
昼夜を問わず世界は我が手の内、ということか。
「ねえ、そこのあなた」
「……」
「すみません、すこし散歩に」
「……」
右の侍女も左の侍女もだんまりだ。
この杖を手にしてからというもの、誰もまともに口をきいてくれなくなった。ここでは、侍従頭を介してしか会話を許されていないそうだ。
目すら合わせてもらえず、さすがに堪える。
ため息とともに目線をみずからの胸元に落とす。赤や緑のど派手な布が、ひらひらひらひら嘲笑っている。見慣れない色合いに眩暈を起こしそうだ。
沙弥から数えて18年、比丘として仏法僧に仕え、心を鎮めることを最上のこととして日夜励んできた。(*沙弥:未成人の修行僧、比丘:成人の修行僧)
その私がなぜこんな格好をして、豪奢の限りを尽くした王宮に軟禁されているのだろうか。
── 豪雨に襲われ僧伽(*修行者の集団)からはぐれてしまった私は、ぬかるみと樹の根に足を取られていたお忍びの王を助けた。
不思議なことに、その王は私と瓜二つだったのだ。
昨夜、王はこのように仰られた。
「そなたに一日、ブラフマダンダを与える!」
「brahmadanda(聖なる罰)をですか?」
「そうだ、brahmadanda(王権の杖)をだ」
「……」
俗世を捨てた身とはいえ、統治者の言葉に逆らえるはずがない。身代わりして、またお忍びを楽しむつもりだろう。
どうせ酔狂、それもたった一日とのこと。私は「王権と懲罰」を受け入れることにした。
「もし、あなた」
「……」
「私の鉢はどこですか?」
「……」
この杖を手にしていると、返ってくる沈黙のすべてが怖くなる。闇に浮かぶ刃物のように。
人に無視されるとはかくも辛いことだったか。托鉢で相手にされなくても何ともなかったというのに。
王が帰ってきたのは深更のことだった。侍女ふたりの奥に座る私の顔を見て、彼は驚いて言った。
「なぜだ、比丘とあろう者が、なぜ人目を憚らず泣いておるのだ?」
「……王よ、それは、私が比丘だからにございます」
銀河と太陽を模した金色の杖が、倒れてカランと音を立てた。
── Fin. ──
「ブラフマダンダ」にはふたつの意味があります。ひとつは権力者もしくは聖職者が手にする杖。もうひとつは、仏陀が仏弟子チャンナに与えた「誰からも口を聞いてもらえない」罰則のこと。本作では同音異義のふたつを組み合わせて物語を展開しました。
*ダンダは本来daṇḍa(3つめのnと4つめのdの下に点)で表記するのですが、環境依存文字のためにdandaと記してあります。
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