掌編練習⑤

外部リンク:小説お題ジェネレーター
こちらのサイトさまを利用して書いた掌編を数編まとめてみました。エルデンリングが面白いせいで今月も少なめ。エルデンリングが悪いのです。


No.4028堅苦しい
No.3893無
No.423ベランダ

 二年の三羽曜子が校内にこっそりペットを飼ってるじゃないかという、苦情だが告げ口とか分類しにくい報告が生徒会室にまで上がってきてる。

 すっかり『生徒会イコール三羽曜子係り』という式が出来上がっていたことは嘆かわしいが、残念なことに客観的に見てもその認識はそう間違ってるものではない。
 三羽といえば我が校を誇る成績優良素行不良なマッドサイエンティスト、入学以来実験という名目で引き起こしたトラブルは数えきれず。貯水タンクが空を飛ぶわ、どこから来たか分からない鯉のぼりの大群が廊下を泳ぎ回るわ、男子トイレの個室から色とりどりなトイレットペーパーがドアの下から延々に吐き出されるわ……。
 思い出しても思い出してもキリがなく、実験というよりもはやオカルトだ。

 質の悪いことに成績だけは本当にいい。目を閉じていても満点がポンポン取れる。だから先生たちも大事にしてほしくないそうで、三羽と仲の良い(とされてる)私たち生徒会は三羽の世話役をやらされる。
 いつの間にかこうした校内の異変が『三羽案件』とみんな口揃えて呼ぶようになり、生徒会と三羽曜子の追いかけっこが日常風景となっていた。

 でも今回は少し毛色が違う。学校中に歩き回ってもどこにも異常が見当たらないし、なんなら三羽曜子ご本人はのほほんと登校して、いまは私の前の席でのほほんと授業を受けている。正確に言うと先生の言うことを左から右へと聞き流して、引き出しに隠れてある文庫本を読みふけてる。これなのに万年学年トップだからやってられない。

 彼女は何かやらかすたびに決まってネコみたいに姿を晦ます。こうして堂々と学校に来てるなんてむしろ怪しい。先生がこっちを見てない隙を伺って、ペンで三羽の肩を突く。白衣を袖に通さないで纏う肩がちょっとぴくっとして、もじゃもじゃ頭がこっちに振り向く。

「どうしたの、チヒロちゃん」
 学校一の珍獣が慣れ慣れしく私の名前を呼ぶ。いつも鬼ごっこ付き合ってやってるからすっかり友達感覚みたいになった。

「三羽さん、私の目を見て答えてほしいんですけど」
「……? まつげが目に入った?」
「あなたいま何か変な実験とかしてないでしょうね?」
 
 単刀直入に聞いてみるが、手ごたえが感じなかった。三羽が動揺する様子もなく、頭を振って「ううん」と答えるだけ。

「しばらくやってない。今読んでる小説シリーズが面白くて、こっちに優先したいなって」
「そ、そうですか」

 拍子抜けだけど、腑に落ちる理由だ。この子、こう見えて文芸部の文学少女だった。白衣に眼鏡に実験ばかり言ってるからいかにも理系っぽいだけど、実は文芸部員で図書室に引きこもりがち。

「あとアヤもチヒロちゃんも最近忙しそうだし、付き合い悪いそうだなって」
「別に三羽さんの実験に付き合ってやりたいなんて一言も言ったことありませんけど」

 アヤとは隣クラスの城山彩のことだ。生徒会長で、三羽案件のたびに嬉々として副会長の私を巻き込みながら出動する。三羽と別ヘクトルの健康優良不良児と言っていい。
 そういえばそんな会長も、今回の報告にはまるで気にする様子をみせてなかった。

「うーん、じゃあ誤解ですかね」
「どういうこと?」
「いやね、なんか三羽さんが学校でペットを飼ってるとか報告が来てました。普段とは規模が違いすぎてらしくないなって思ったけど、三羽さん心当たりなさそうだし冤罪ってことって……」
「あっ」
「ん?」
「こら大苗に三羽!」

 先生に名前を呼ばわれて、思わず背筋を正す。私語を慎めと堅苦しく注意されて、次の問題を解くように指名される。三羽を呼んでもどうせ正解するから、こういうときは私ばかり割を食らう。
 だけどいまはそんなことを気にする場合じゃない。席から立って教壇に向かう途中、私はもう一回注意深く三羽に振り向いてみると、今回はあからさまに目線を逸らされた。

 ちょっと信用してみようと思ったらすぐこれだ!

 放課後、私は三羽の白衣の襟を後ろ手で掴まって、逃げられないように彼女を隣クラスの教室に連れていく。「会長、容疑者を逮捕しました」
 
 会長が楽しそうににやにやと笑う。「曜子、ネコみたい。大苗ちゃん、これどういうこと? 何罪?」
「例の違法ペット容疑です。いま白状するほうが楽ですよ、三羽さん」

 私はすっかり意気消沈した彼女を会長の席に座らせる。三羽はさっきからうううと唸ってるだけで珍しく逃げようとしなかった。心細い目で私と会長を相互に見上げる。「いや、えっとね、違くて……」声まで弱々しい。

「何が違うんですか。ネコじゃないってことですか。じゃ何です? 犬ですか。鯉ですか。何か名前がまだないオカルト生物ですか。……前のあの消えたり増えたりする白衣ウサギじゃないですよね。あれを全部回収してあなたの白衣に戻すのに三日もかかりましよ? 二度とごめんだからね!」
「うそ。曜子、ホントに校内でペットを飼った?……私が一緒にできないように黙って?」
「会長? 校内でペットを飼うのは立派な校則違反ですよ」
「……校内じゃない」

 私たちは同時に三羽を見た。我が校の優良不良児が足を放り出して、顔を隠すように襟を持ち上げて、小声でぶつぶつと言った。「家で、飼ってる。……『ムー』を」

 わけわからないこと言ってる割には、どうもピンとこない顔だった。そんなレアな彼女に、私と会長はしばらく顔を見合わせた。

「……それで、そのあとはどうなったのですか?」

 生徒会室で、後輩の錨屋ミナミが私と会長に茶を入れながら、横から話を遮るように尋ねた。元文芸部で現生徒会メンバーの彼女は生徒会に入った日が浅いが、よく働いて大変助かってる。普段は不愛想と言っていいほどに無表情で物静かな彼女でも、昔世話になった曜子先輩の話になるとどうも平然ではいられないようだ。

 改めて気づかされるが、今期生徒会は三羽曜子に浸食されすぎてる。それでここまでなんとかなってきた現状がかえって恐ろしい。そのうち何か反動が着そうでちょっと怖い。もしかしたらもう来てるのかも。

 生徒会の将来を憂う私はなんとなく会長のほうを見てると、ぴったりと目が合ってギクッとした。生徒会日誌を開いて、彼女はさっきからペンを指の上に回してばっかりで、一文字も書けていない。

「ほら、大苗ちゃん。錨ちゃんが聞いてるよ。答えなよ」
「私に投げないでくださいよ」
「だってあれをどう説明すればいいのか……」

 会長の表情に見覚えがある。たぶん今の私も似たようなふわふわとした顔をしている。あの日、私たちはそのまま三羽曜子の家に行って、彼女の『ペット』を目の当たりにした。したはずだ。なのにあの時のことを思い返して、言葉にしようとしたり文字として書こうとしたりするとどうもうまくいかない。

 錨屋が不思議そうに私たちを見比べて、首をかしげる。
「そんなに複雑な事態なんですか? 三羽案件の中ではかなり平和的と思いますが……実際何も起こらないですし」
「そこなんだよね」独り言のように会長がつぶやく。「ムーだよ。曜子がムーを飼ったんだ」
 

――『ムー』のことを考えたことある?

 いかにも高そうなマンションの七階、いかにも高そうな本棚や家具。そんな部屋の中で三羽曜子がベッドに腰を掛けて私と会長に一冊の本を手渡しながらそう言った。

 いよいよ怪しいカルトにハマったのかと一瞬危惧したけど、その本は本屋で普通に見かけるようなSF短編小説集だった。賃貸マンションで様々な奇天烈な発明を作っては大騒ぎを起こすマッドサイエンティストの主人公と、彼のことに頭を抱えた大家さんの話、という体の連作。

 他人事とは思えないこの短編集には、『ムー』なる奇妙な生き物を纏わる回があった。禁止にもかかわらず得意げにペットを飼ったと宣伝する主人公の部屋に大家さんが突入。だけそそこで彼がみたのはケージ、水槽、猫じゃらしにありとあらゆる種類の餌など、ペットショップでも開こうとしてるのかという無軌道な品々だけで、肝心なペットはどこにも見当たらない。

 ムーだよ。大家さん。ぼくはムーを飼うことにしたのさ。いつの間にか大家さんの背後にいる主人公は、爛々とした目でそう告げたのだった。

「ネタバレするよ。『ムー』とはそのまんま『無』のことで、主人公は大家さんにちょっかいをかけたいだけ。『ムー』なんて生物は実在しない、はずだった」
「ねえ、曜子。これさカブトムシ用のケース?」
「ハムスターの回し車もありますね……」
「うわっネコタワーだ」
「……ねえ、三羽さん」

 私が何かを察して三羽に声をかけると、バツが悪そうに彼女が目を細めていた。「同じオチにたどり着いた、かも」

 
 虚無スター、というネットジョークがある。うちでハウス、給水器、回し車などのハムスター飼育用のグッズを揃えるだけ揃えて、いかにもハムスターが生活してるようにグッズを配置して、あとは写真を撮って終わり。三羽が言った短編もこのネットジョークにインスパイアされたものだろう。

 例の小説のオチはこうだ。ただのジョークだとわかった大家さんが怒鳴るだけ怒鳴って、踵を返して主人公の部屋を後にする。『夜中に犬の鳴き声の真似までしやがって、しょうがないやつだ』と吐き捨てて部屋のドアを閉じた瞬間、演技ではなく本心から戸惑った顔をする主人公が見えた、と。

 三羽の両親は共働きで、いつも夜遅くなるまで帰らない。娘を寂しくしないようにペットを飼わないかとの話題が上がっては、買うだけ買って結局放置することになったグッズと一緒にまた断念してきたらしい。この短編を読んだ彼女はふっと懐かしさを覚えて、うちの倉庫からそういったグッズを発掘して、自室を小説の描写通りに飾った。

 実験でもなんでもなく、ただの気分転換のつもりだったらしいが、それからは時々、部屋になにかがいる気配を感じるようになった。別室にいると部屋から小さな足音が聞こえるとか、部屋のドアを押し開けると回し車がちょうど止まっているのを見たとか、ベッドでごろごろしてると何かがふくらはぎにこすりつけた感触がするとか。

「大苗ちゃん、顔色が悪いよ。大丈夫?」
「あの、そろそろ帰っていいですか。こういうの、苦手ですけど……」
「チヒロちゃん。ムーは幽霊ではないと思うよ。世の中に幽霊なんて非合理なものは存在しないから」
「幽霊も三羽さんにだけは非合理とか言われたくありませんよ……」
「それに、最近はもうすっかりムーの気配を感じられなくなったの。学校で、大苗さんにペットの話を聞かれるまでまったく覚えていないぐらいに、意識の中からすら消えていたみたいに」
「無責任なだけなんじゃないですか」

 会長の腕を掴んで私が三羽の睨むが、彼女は心ここにあらずような顔していて、ぼんやりと窓の外、ベランダを眺めていた。「なんで忘れたのだろう。実験のテーマにぴったりなのに。『無』なんだから、認識も有耶無耶になる性質なのかな……」

 会長が「ん?」と眉をひそめた。「おかしくない? 話聞く限り例のムーちゃん? はこの部屋にいたりいなかったりするよね? でも報告は曜子が学校でペットを飼ってるって」

 三羽が頭を振る。「心当たりがない。ないけど、ムーの存在を感じ取れてた時の記憶が曖昧になるから、なんともいえない」

「……えっ、それって」私の声に、三羽と会長の表情が変わった。みんな同じことを同時に思いついたようだ。ムーはもう三羽の部屋にいない。そして三羽がペットを飼う報告が学校に上がってる。

 そこから導き出した結論はひとつしかない。


「――つまり、いま学校にいます? その、非実在的なペットが、ですか」

 声色が変わらないままだけど、一拍遅れて、錨屋は自分が席から立ち上がっていたことに気付いたようで、小声で会釈してまた座った。彼女の気持ちは十二分に理解できるが、じゃどうすればいいのかと聞かれたら困るのも正直な気持ちだ。

 何もしない、いるかどうかも分からない『無』をなんとかしようとしても、どう考えても何もすることがないからだ。そのうちこの件自体も私たちの意識から薄れて、ぼやけていくのだろう。

「まあ、とりあえず日誌を書くよ」そう言って会長は躊躇いがちではあるが、ようやくペンを動かしはじめる。書き終わったのを見て、彼女から日誌を渡されて内容をチェックすると、『三羽案件:我思う故に我ありへの実地調査』と書かれていた。

→この作品に登場したキャラクターたちはかつての短編作品『山より重く、羽のように軽く』の主人公たちです。続編みたいなものですが、前作を読まなくても大丈夫のはずです。読んでくれたら嬉しいけどね。色々と自分も読み返すのに躊躇うところはあるものの、やはり好きな作品でした。
『無』ってなに? ととりあえず頭を抱えたが、よく分からないものを対抗するために数少ない自キャラの中で一番なんでもありな三羽曜子の力を借りることにしました。結局わけわからない放り出しエンドになったけど、またこの子たちの話を書けてとても満足だ。

No.2474弱者
No.1723テクノロジー
No.4781時刻表

 棺から顔を上げて外を見てみたら、あなたは見知らぬ廃駅に流れ着いてきたようだ。最後の一張羅である燕尾服だけど、今回ばかりは後ろ裾が赤絨毯ではなく、廃墟の苔まみれな床に垂れ落ちて、汚されていく。
 ジメジメとした空気はかつての城と似て、霧雨が穴だらけの天井から降り注ぐはずの陽だまりを遮った。ボロボロのレール、無人のホーム。贅沢を言わなければ、とあなたはため息交じりに思った。

「ねえ、そこのキミ。その闇っぽい格好って本物? コスプレ?」

 横からの声に、あなたは理性では無駄だと分かりつつも、脊髄反射同然に一連の抵抗を試みた。例えば身体を血しぶきとなって爆ぜさせて、影を無数のコウモリに変えてみたり、血やコウモリで生み出された局地的な夜の中に蛇となって地を這って、真っ赤な眼光で軌跡を描きながら声の主の華奢な身体にのし上がったり、やがて本能の赴くままに細い首筋に牙を剥いたり。
 すべては瞬きの間での出来事。あなたは見事に、千年も生きてきた支配種としての威厳を見せつけた。誇ってもいいぐらいだが、相手が悪かったとあなたも半ば予想した通りだった。

「すごい。本物の闇の眷属だ」

 満天に舞うおどろおどろしいコウモリや血まみれな夜空に目もくれず、あなたに声をかけた少女は非人間的な反射速度で視線を下に向け、あなたに文字通りに晴れやかに、明るく、輝かしく笑いかけると、めまいをしながらもあなたは勇気を振り絞って彼女の首元に牙を立てた。立てようとした。

 したたかな皮膚を食い破るどころか、皮膚の表面を覆いつくす微細な電磁膜があなたの牙を通して導電した。意識を失う前にあなたは何世紀も前に、教会の天候兵器が作り出した雷に撃たれたときのことを思い出した。あのときよりずっと痛かった。

「うわっ! 大丈夫ですか、ヴァンパイアさん? えっ、もしかして私を噛むつもりですか? ええー、無理しないでくださいよ。内蔵太陽炉を知らなかったの?」

 まだ生きてますかー、ヴァンパイアさーん?
 膝を抱えて少女があなたの隣で屈む。指で頬を突いて、口の中に突っ込んで、誇りたる八重歯を物珍しげに触れで、焦げた燕尾服もペタペタ撫でまわして、「かなり古そうですね」などと無邪気に失礼なことを吐き捨てて。

 なのにあなたは彼女になにもできない。無敵な電磁パルスに、ナノスキンの発光ファクター。そもそもこのご時世、人間は血なんか流れていない。ひとりひとりが心臓の代わりに太陽炉を胸の中に抱えてるから。

 五十年前、何ともない水たまりを踏み越えたような気軽さで、人類は呆気ないほどにシンギュラリティに到達した。人工知能がテクノロジー仕掛けの神となり、無限な知恵と際限なき慈しみで人類を導く。あっという間に核融合が実用化され、小型の太陽を人類は手に入れた。

 それは、長きに渡った闇と光との最終戦争の始まりにして終わりを意味していた。あなたの美しいスカーレットの城も、360度24時間絶えずに照らし続けた高強度太陽光兵器の前ではなす術もなく焼き落された。あなたはそのとき味わった気持ちの名前を未だに分からない。憤りでも絶望でもない、ただひたすらに底知れぬ圧倒的な空白の名前を。

 あなたを生涯かけて追い続けた老いた修道女もその場にいた。瓦礫の下に焼き爛れていたあなたに彼女は歩み寄り、銀の銃弾入りの拳銃をあなたの額に押し当てるが、数秒後銃を下ろして、あなたにも見せつけるかの如く、十字を切って踵を返した。

「『駅』にお行き」慈悲深くも弱者を憐れむように、修道女が確かにそうつぶやいた。

――「俺は『駅』に行く」狼男がうつむいて、あなたにしか聞こえない音量で告げてから、最後にもう一度満月に向けて遠吠えをした。返事はなく、かわりに街中に隅から隅まで太陽のような輝きがひらめいていて、夜を塗りつぶした。
 あなたは彼を止めなかった。彼もあなたも心の底ではお互いのことを心の穴を埋めきれないと分かっていたからだ。

――「『駅』でまた会おうぞ、血なまぐさい娘よ」ミイラが最後の最後まで尊大な態度を改めようとしなかった。’かつては古代の王だという。命ガラガラに逃げ回ったあなたを高笑いとともに迎え入れたが、彼の番人たる獅子も、彼の国である王墓も、いまや砂の下だ。
 頭がぽんぽんと叩かれたと察して、あなたが怒りをもって振り向いたが、包帯の隙間から覗く目は笑っていた。

 
 呪われた半不死の心臓がふたたび鼓動して、あなたを呼び起こす。気道の中に煤を咳で吐き出して、あなたが自分が棺の中に戻っていたことに気づいた。蓋を押し開けて外へ。廃駅が静まり返っている。
 近くのベンチに横になっているさっきの娘に忌々しく一瞥したあなたは、彼女から距離を取るように大きく迂回して、壁に貼られる時刻表に目をやる。

 狼男とミイラの名前の下に、あなたの名前も書かれていた。発車時間はもうすぐ。「乗るのですか?」コウモリになりそうなほど驚いたが、あなたは今回こそ冷静に、そしてできる限り高慢にすぐ隣に目を動かした。いつのまにか太陽の娘がにこやかにあなたと並べていた。

 その他人事のようなにやけ面に、あなたは理性的ではないとわかっていたも怒りが湧き上がる。この駅は闇の眷属の中でも伝説であった。暗黒の理想郷へ向かうという、闇の住人たちがこの世を去るときに使う通過口。それすらも太陽の子らは冒涜するのか。遍くこの世のありとあらゆる影を照らし尽くしても飽き足らずに?

「私も一緒に行っていい?」太陽の娘が無垢な笑みで尋ねられて、あなたは戸惑った。暗黒の理想郷は負け犬たちが行きつく掃き溜め。世界を牛耳る勝者側にいる太陽の子らが行くような場所じゃない。いや、そもそもの話、光側の人間がこの駅にたどり着ける道理がないはずだ。

 ふっと、得心した。あなたが自分が気付く前に口角をゆがめて、笑いを漏れそうになった。何とかもちこだえて、あなたは娘に問うた。さもここが真紅の城、幽世の入り口、血に染められて血で洗われて絨毯の上に跪く新たな眷属に話しかけるような高慢さで。

「――負けたかい?」
「負けたと思いますね。火の海で逃げて逃げて、周りのみんなはパルス兵器で倒れた。海の中に飛び込んで、起きたらここにいました」
「ハハッ。せっかくわらわたちを駆逐できたのに。本物の闇がなくなったあと、気に入らない連中が闇にされるのか。変わらんのう、人間は。いつまでたっても」

 遠くから蒸気機関車の汽笛の声が聞こえて、近づいてくる。ホームの下のレールが震えて、そこら中に生え茂る苔が振動に揺られ落ちていく。あなただけが乗るはずの列車が来たのだ。だけどあなたが隣にいる少女の手を掴み、電気で手のひらを炙られながらも笑いを見せて付けたやった。少女の心細そうな瞳に、気高いヴァンパイアの姿を焼き付けるために。

「名を言え、娘」
「えっ……ど、どうしてですか」
「知れたことを聞くんでない。時刻表に名を書かないと列車に乗れないぞ」

 一滴の血も吸いてないが、少女の涙にあなたはかつてないほどに満ち足りていた。焼かれた指で、あなたは少女の代わりに時刻表の上に真紅な署名をした。そして彼女の手を取り、近寄ってくる列車へと歩き出す。
 燕尾服の後ろ裾が焼け落ちて、あなたの歩みを飾る真っ赤の絨毯もない。だけどあなたは胸を張っていた。闇は消えない。いずれ本物の闇が再び世を席捲する。そう確信したのだ。

 だからあなたは太陽の娘にこう告げた。口付けも牙の烙印もできないが、あなたは今日からわらわの眷属じゃ、と。

→話自体はキーワードを見る途端にだいぶ思い浮かんだが、キャラクターはどうもしっくりこなくてなかなか進まなかったのが覚えてます。趣味優先でいろいろ設定を盛り込んで、さらに一度やってみたかった二人称で書き直してみたら急に筆が進むようになりました。楽しむことが大切なんだな、と。
 改めて読むとオチに急ぎすぎましたね。もう一捻り……とまではしなくてももう少し少女の過去に掘り下げておくべきでした。

No.2498拾いもの
No.2216教養
No.3711白昼夢

 随伴の無人機二台のコントロールを奪って、それを盾に彼女に仕掛けたが、無人機のリズミカルな自動砲火の音が途切れたのが予想よりも早い。飛び散った鉄屑を手で振り払って顔を上げると、彼女はすでに目と鼻の先にいた。

 だけどモノアイがこっちにみとめると、流れるように動く彼女が一瞬、滞る。無人機をなぎ倒したブレイドウィップが空振りとなった。こっちの識別信号を読み取ったからか。

 チャンスを逃すとは、兵器としての教養がなってない。俺は無人機のシステムとコネクトして、仕込んでおいた爆弾を遠隔操作で作動させた。

 直後、炎が艙内を席巻した。熱と爆風は俺も彼女も無差別に飲み込むが、こっちは重装甲スーツだ。少しの揺れを堪えばいいが、彼女はひとたまりもないだろう。ミッション前に点検と称して、彼女のスーツを軽装甲に入れ替えておいたからだ。

 傍聴通信から、彼女のオペレーターの押し殺した悲鳴が聞こえる。このオペレーターおよびその背後にいる組織が次の抹消対象だ。俺は通信地点の特定をはじめようとするが、通信ノイズがザワザワとやたら長く続く。

『――無事………排除する…継続……』

 彼女の声で、思わず全身が硬直した。気がづくと艙内空間に充満するはずの煙も、あちこち延焼する熱源もなく、代わりに右手側の壁には爪跡のような隙間が抉られていた。

 決し広くないその隙間に手を当てて、無理やり押し広める。飛行艙の外には紫色の夕暮れがどこまでも広がっている。高熱を耐え凌ぎながら、壁を破壊して脱出したのか。軽装甲だからこその爆発力と俊敏性だ。

 評価を改めなければならない。拾いものとはいえ、よく躾けた犬だ。――我ながら。壁を蹴り壊して、彼女を追って飛行艙から飛び出す。脱出用のジェットパックから噴射炎を吐き出させて、全速力で彼女を追跡する。

 左肩をかすめた銃弾が、彼女のほうが先に俺を捉えたことを示す。そう遠くない先の空で、彼女が渇きった赤色の大地に背を向けた姿勢で、両足でリニアライフルを挟み込んで私に狙いを定める。初ミッションで彼女に配給した武装だ。

 モノアイと複眼センサーの視線が出会う。彼女も初ミッションを思い出してるのかもしれない。あのときもこうして、高空狙撃で相手を、彼女の前の犬を仕留めた。オペレーターである俺の指示に従って。

 リニアライフルがチラッと光った刹那、さらなる銃撃がさっきよりずっと頭部に近い場所に着弾。調整はこれで終わり、次の弾丸は薄い頭部装甲ごと俺の眉間を貫くだろう。私が渡したマニュアルをいまになって彼女も忠実に従っている。
 両手を交叉して頭部を守ると、ジェットパックを最大出力にする。

 砲弾となって俺は彼女に飛び込んだ。鳴り響く銃声の間隔が思いっきり短くなって、彼女が連射モードに切り替えたことを告げた。
 二発、三発、四発目の集中攻撃で私のガードがとうとう抉じ開けられて、焼かれたような激痛の中に左手から感覚を失った。それでよかった。

 ジェットパックを思いっきりパージして、その最後の急加速で彼女を手に届く距離へととらえると、発砲光と同時に目眩が襲った。網膜の上に映った警告ウィンドウが頭部装甲の損傷を火急に知らせて、右頬があったはずの場所から冷たい風が歯を吹き付ける。構わず、私は右手を伸ばした。

 内蔵のクローがスライドし、展開して彼女をがっつりと捉える。リニアライフルが粉砕する音と、彼女のオペレーターが緊急脱出を連呼する傍聴通信が一緒に伝わってきた。

 もちろん脱出装備など彼女のスーツにはない。取り外しておいたから。このまま彼女を掴んだ状態で右手もクローと一緒にパージする。彼女は成すすべもなく地面に激突して死ぬが、俺は脱出用のパラセールを開けて着地すれば、この久しぶりの実地ミッションも終わりだ。

 右手のパージに取り掛かる間も、彼女のモノアイがずっとこっちを見つめている。その下にあるはずの彼女の顔を思い描こうとしたが、思い出したのは拾ったころの幼い顔だった。下水の泥の色なのか地毛なのか分からない髪の下に、皮膚病の斑が顔にまみれた。
 その時も、無表情に俺を見上げていた。

 ――優秀な、犬ではあった。できることなら、聞いてみたかった。なぜ飼い主の手を噛むことにしたのか。俺の贈った銃で彼女は前の犬を撃ち殺して、名を馳せることになったではないのか。故郷と呼ぶには薄汚すぎた掃き溜めを抜けたとき、彼女の顔に躊躇いはあったのか。そこを焼き払う仕事が入ったとき、眉ひとつ動いてなかったではないか。

 ならばなぜだ。なぜいまさら。
『……それでしたら、私が代わりに訊ねておきましたよ。飼い主さん。アンタみたいな野郎には理解できる話じゃないと思うから、教えないですけど』

 傍聴通信に話をかけられたことで、俺が我に返る。さっきまでの白昼夢にも似た、不自然な思索も途絶えた。目の前に、俺の最後の犬がモノアイを吠えるように光らせた。
 振り上げるブレイドウィップが重装甲クローを切り裂いて、今度こそ私へと襲いかかる。ジェットパックの推進力を失った俺は回避できるはずもなく、ウィップに裂かれながら縛られて、手を引く彼女へと引き寄せられる。

 ――何があった? 何を見逃した?

『あの子がアンタを裏切ることだけは、最後まで頭を縦に振らなかったから、私のほうがいろいろ根回しました。実際に現場に出るのが久しぶりで、使えるスーツがなかったでしょう? いま着てるのは彼女が前に使ったものでしょう? じゃあチャンネルが同じで、傍聴通信されるかと思って、逆手に取ることにしました。ほら、別にそんな難しいことじゃないですよね。――舐めやがって』

 心臓部分に冷たい感触が埋め込まれて、暖かい痛みが迸るが、すぐに目の前が急速に暗くなっていく。俺のスーツのパラセールが開かれた。彼女が起動したのだ。首を何とかして動かしてみると、背後にモノアイの温度のない光が輝いていた。

 俺は彼女を背負っていた。

『……はあ? バッカじゃないですか!』
 耳そばで、彼女のオペレーターが大きな声で息を吐く。喧嘩でもしてるように。誰と? 彼女と?……バカな。無愛想で、口も聞かない犬だ。

『もう分かったでしょうが。全然大事にされてないって! 全然使い捨てだって……あーもー! わかりましたよ! 飼い主さん野郎! まだ生きてます?』

 亀裂の大地が迫る中、俺は意識を手放さないと努めた。故郷と遠く離れた異星系の惑星。そこの植民地に潜り込み、俺は虫けらから犬どもの飼い主に成りあがった。犬どもがやってきてはやがて逃げるか、あるいは手を噛むか、あるいは俺の耳に呪いを吐き捨てて死んでいく。
 顔だ。犬どもの顔が次から次へと目に浮かぶ。

 俺が喀血した。鼻の奥から、下水の匂いがした。

 白昼夢を見ながら、俺は残った右手を背後に回し、彼女の手を掴んだ。下水から這い上がったあの日のように。そうじゃないと小さな小さな彼女が落ちるからだ。

 オペレーターの声が遠のく。

『彼女からの伝言だ。ありがとうございましたって。クソが』

 夢の終わりに、彼女が飛び立つのを見送った。


→キーワードを見た瞬間思ったんですよ。「えっこれアーマードコアVIじゃん……」って。
 もうこのまま勢い任せてアーマードコアVIの同人小説書こうか! と意気込んだのはいいものの、書く力量など持ち合わせていないことがすぐにわかってめそめそと泣きました。
 だから代わりにいろいろとオマージュをいれたなんちゃってオリジナルってことにしました。書きたてほやほやです。
 いつかアーマードコアVIの同人を真面目に書いてみたいな。

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