掌編練習⑥
外部リンク:小説お題ジェネレーター
こちらのサイトさまを利用して書いた掌編を数編まとめてみました。風花雪月が楽しくて今月も全然書けなかった。風花雪月が楽しいのが悪いんです。
①
No.1532カタログ
No.2574焦土
No.4956集団登校
一番前に歩いてる五年生のタケシが手を上げて、止まれと声を上げて足を止めた。なんだよ、としんがりを務める僕が声を出して聞く前に、タケシがランドセル――レンジャーガーディアンのイラストが描かれたやつ――を背中から下ろして、僕に投げた。
「は?」呆気にとられたままに彼のランドセルを受け止めると、僕たちのすぐ前の曲がり角に、鋼の塊が空から落ちてきた。「……マジかよ」遅れて状況を飲み込んだ僕は一拍遅れて、タケシのランドセルを抱えたまま道路脇にあるシェルターに飛び込んだ。
一秒後、僕が棒立ちしてた場所に重々しい鋼材と枕木が次から次へと落下した。鋼材の逆さT字型の断面には『安全第一』の浮彫文字。それをみて隣にいる二年生の双子が興奮した声で囁き合う。
「ミドリこれ読める! あんぜんだいいち!」
「アオトも分かる! これはまるがた社のレール!」
オタク姉弟を挟んで、僕とタケシが陰鬱な視線を交わした。悪名高いマルガタ交通株式会社の噂は小学生の僕たちにも耳をしてきた。通学路だろうかハイウェイだろうがお構いなしにレール線路を空中投下して、強引に鉄道を建設することで自社のインフラ領土を拡大する悪質企業だ。とうとう僕たちの町にもやってきたのか。
――交通戦争の始まりについては、教科書でも言葉の濁すように『諸説紛々』としか書かれていない。だからといって親に聞いても「インフラ整備を民間企業に丸投げした政府が悪い」「それを言うなら野党だって海外企業とつるんでるし同罪」と家庭内戦争まで勃発するだけだった。
唯一わかったのはこのインフラを巡った内戦じみた企業間競争は僕たちが生まれる前からずっと続いてきた。そしておそらくも僕たちの子供にあっても、、小学生たちはこれからも空から落ちる鉄道、住宅街に暴走するバス、交差点で闘牛の如く対峙するタクシーの群れを怯えながら集団登校しなければならないのだろう。
インフラ焦土になる前の富士山はテレビでしか見たことがなかったが、綺麗だったからずっと覚えている。富士山が澄み渡るような空よりも青くて、雪の王冠を戴いていた。爪跡のような廃線路まみれじゃないし、まだら模様みたいにあちこちに打ち捨てられた交通信号の光も見えない。
シェルターに引きこもる僕たちを尻目に、目の前で丸形社の鉄道が映画の早回しのようにどんどん出来上がっていた。整然と並べられて枕木を挟んで鋼材レールがおっかない雨のように降り注いでは、端部同士がかみ合わせて繋いでいく。ついさっきまで僕たちの通学路だった道が、あっという間にマルガタ社の専用線路に早変わりした。
「どうすんだよ。こっちが最後の通学路だぞ」僕がレンジャーガーディアンのランドセルをタケシに押し付けるた。自分の声が思ったよりも荒げてる。「遅刻したら全部おまえの責任だぞ、アニメランドセル!」
「レンジャーガーディアンはアニメじゃなくて特撮ヒーローなんだよ」
「サトルは六年生のくせにバカなんだね」
「特撮もアニメも同じだろう! ガキしか見ねえよ!」
オタク姉弟が僕が怒鳴ってもゲラゲラと笑っただけだった。苛立ちが募って、あてつけるように僕がタケシをにらみつける。
そもそも全部こいつのせいだ。五年生に上がって、集団登校のリーダーに指名された以来僕はずっと優等生で、毎日一番早く登校することができた。なのにいまは記録中止の憂い目に遭ってる。
戦争とかマルガタ社とかと関係ない。これは全部リーダーのタケシのせいだ。にもかかわらず、こいつが反省の色を見せるどころか、ランドセルの上に書いた特撮ヒーロとやらーの同じポーズをとって僕に笑いかけている。
「平気さ。おれを信じて。――これは先週のと同じシチュエーションさ」
「は?」
「サトルは観てなかったか。損したさ」むかつくことを言いながら、タケシが鼻の下を指でこすって、むかつく笑みを作った。「先週のレンジャーガーディアンのことさ。ダークバーン将軍が闇の電車道を使ってレンジャーブルーを轢き殺そうとしたんだけど……」
「だからなんだよ?」
困惑する僕を傍目に、オタク姉弟までギャンギャン騒ぎながら話題に入ってきた。鉄道建設の騒音よりも騒ぎしいと思えた三人の会話によると、どうやら特撮ヒーローは先週、襲ってきた電車に飛び込み乗車を敢行して、悪役に見事にひと泡を吹かせたらしい。
ヒートアップしていく音量でレンジャーガーディアンの勇姿を語り合い、タケシと姉弟は三人はキラキラした目で僕に向けた。嫌な予感が泡のように湧き上がる。
「かっこよかったんだよ、サトル!」ミドリが歯を剥きだして笑った。
「はあ」
「電車って早かったんだよ、サトル!」アオトもシャドウボクシングで僕を繰り返してポンポン叩く。
「いや知らねえよ」
「だからもうやるしかないさ、なあ、サトル!」タケシが僕の肩を叩いて、返事を待つことなく姉弟と一緒にシェルターから出て行った。三人でレールのすぐ横で待ち構えて、いつでも飛び上がれるように膝を微かに曲がってる。
正気の沙汰じゃない。
「……いや、いやいやいや?! 何してんだよ、シェルターに戻れよ」
「ミドリわかるよ。レールが震えてる!」
「アオト知ってるよ。これは電車がもうすぐくるからだって!」
「よぉし、見てろよ。タケシ兄ちゃんが先に飛ぶから、お前らしっかりついてこいよ!」
「うん!」
「いい加減にしろ! 遊びじゃねえんだぞ!」
やむを得ずに僕も一緒にシェルターから出ようとするが、レールの震動がひと際に大きくなって背筋に悪寒を走って躊躇った。するとタケシの声が聞こえて顔を上げると、またもレンジャーガーディアンのランドセルが投げ寄こされてきたから慌てて受け止めた。ヒーローがランドセルの上に僕を凝視する。問いかけるように。
「サトルはそれを大事に持ってて。俺の宝物だから」
「アオトもそれほしい。カタログでみた」
「ミドリはこれから誕生日だから買ってもらうんだ」
「大丈夫さ。二人とも。いまから俺たち三人で本物のレンジャーガーディアンになるよ。戦争なんかこわくないさ」
そう語るタケシの横顔は澄み渡る青い空と煌めく陽光の下に輝いていて、暗いシェルターから彼らを見上げる僕はふっと、昔々に見た富士山のことを思い出した。あれは父さんが見せてもらった、父さんの時代の特撮ヒーローの録画で、僕はまだまだいまよりずっと子供だから話を半分も理解してないが、広がる大自然の中に理不尽な悪党を相手に身を挺して戦い、そして何ともない日常に戻るヒーローの姿には、ぼんやりとした憧れを確かに抱いていた。
――父さんの時代のヒーローと、僕らが見たヒーロー。あれ以来何かが変わったのだろう。変わったのはだれのせいなんだろう。分からない。大人になったら、わかるのだろうか。
あのときの気持ちを思い出したのか、単なるやけくそなのか、僕は気がづくとシェルターから這い上がって、無言でタケシのランドセルを彼の胸に押し付けた。そして激しく震えるレールを――深呼吸をしながら――踏み越えてから、道のど真ん中に歩き出した。自分のランドセルからホイッスルを取り出して、何度も何度も吹き鳴らす。
ここが僕たちの通学路だと主張する。
道を譲らなければならないのは僕たちじゃないと声高に。
気がづくと後ろから足音がして、三人が僕をついてきてるのが分かった。首だけを動かして背後を見て、オタク姉弟の手を握って、僕の左右に歩かせた。そしてタケシの尻を蹴って、前に歩けと目線で言った。タケシが頭を掻いて、自分のホイッスルをポケットから持ち出しながら僕を見て苦笑した。
電車はついぞ来てなかったが、僕たちが学校にたどり着いたら誰もいなかった。マルガタ社がやってきたことで町中が大騒ぎになったから、学校が緊急休校することになったからだ。
強引に登校した僕たちは先生や親にしこたま怒られた。六年生の僕は特に詰められたが、オタク姉弟がサトルをいじめるなと泣き出して、タケシもヒーローショーのセリフを持ち出して、正義はどっちなのかだの、初志貫徹して何が悪いなのかだのを逆に先生たちに反論しだした。やがて面倒くさくなったのか、説教もほどほどに僕たちは解放されて、親が迎えに来るのを校門で待った。
といっても僕の親はどっちも仕事中だから、一人で帰ることになる。一歩先に校門から出ようとすると、タケシたちに止められた。
「なあ、サトル。寄り道しないか。うちでレンジャーガーディアンを観に来いよ」
「いや、見ねえよ。危ないんだぞ」
「サトルかっこいいからアオト怖くないもん」
「戦争なんか知らないもん! ミドリたち子供だから遊んでいいもん!」
「……お前らランドセル自分で背負ったら行く」
「やった! つーかサトルずっと俺のランドセル見てるから、羨ましいと思った」
「……だ、だれが!」
僕が声を上げて彼を叩こうとして、タケシが爆笑して逃げ出した。姉弟が俺たちを囲んではしゃいで飛び跳ねる。
明日には新しい登校路線を言い渡されるだろう。そして新しい路線でも安全の保障なんかなく、僕たちはどこまでも戦争の影の中に息を潜めて進めなければならないのだろう。だけど、いや、だからこそ、僕はいま全力でタケシを追いかけた。彼が背負った、まばゆいヒーローの姿を。
→設定とキャラクターがあんまりかみ合ってなかった。焦土と集団登校にばかり注意力が行って、カタログまではカバーしきれない印象だったですね。もうちょっとうまく処理したいテーマだかあって悔しい。いつかリベンジしたい。
②
No.4178始球式
No.758寿司
No.782生物
マウント席にたどり着くな否や、軍艦巻きが投げた。放送席からは驚きの嘆き声。球場の空を鮮やかに緩やかに曲線を描くのはもちろんボールではなくイクラだからだ。動体視力を逆に惑わすほどのふわとした速度でイクラが打者へと落ちてくる。
イクラの美味しそうなツヤに自分の顔が映し出される。それを目の当たりにして。始球式の打者を務める時田裕也《ときたゆうや》がとうとう耐え切れず、戸惑い気味に視線を後ろへと逸らすも、捕手席で彼を待っていたのは同じスシ族であるタイ握りの白身特有の淡白とした輝きであった。
――公式記録上、人類と未知なる知的生命体・スシ族とのファーストコンタクトは二十年前、東京湾にて上陸した大トロスシたちたちと漁船アカツキ丸のクルーたちによるものであった。
『怖かった。本当に怖かった。生まれて初めて海より魚のほうが怖いと思った。魚っつってももう刺身なのに。シャリを器用にこう、ぺちぺち歩いてよぉ。ぬいぐるみと思ったのに、人間はああは動けないよ。俺と目があったら――目ぇどこだよ! でもわかるの。目合ったのがわかるの!――せーのって海から一斉に出てきて……』
アカツキ丸船長・羅武戸羅不斗《らぶくらふと》が全身を使ってその時の衝撃体験を振り返るインタビュー資料は、当時こそ捏造だと厳しい批判を受けたが、スシ族の実在が知れ渡ったいまや貴重な歴史資料となっていた。羅武戸氏も一時芸能人顔負けの勢いでトークショーに出演しまくっていたが、近年は落ち着いて本職である漁業と並行し、『大トロの呼び声』という題名のエッセイ小説を執筆し、ベストセラーまで成り上がっていた。
非公式の俗説として、スシ族のはじめての発見者は『無知の知を知る小学生』なる人物であった。都市伝説として口承されていた噂話ではあるが、寿司は寿司の姿のままに海の中に泳いでると力強く主張する小学生がいた。
噂話のオチはその小学生の担任を務める教師が今どきの子供の無知さに閉口するという。要するに、よくある若い世代をバカにしたいだけの、信ぴょう性に欠ける小話だったが、寿司族の実在が判明したいま、大トロ寿司の上陸よりも十年以上前に流行ったこの都市伝説がふたたび注目を浴びることになり、自分こそその小学生当人であると名乗り出る人が後を絶えない。
いずれにせよ、かくして人類はスシ族と出会い、そしてスシ族は独自な文化を持つ高等生物だったことを知ってしまったのだ。スシ族の誘いを受けて、海底で華美な回転ライン式の巨大都市を人間は訪ねた。古代文明と思われた遺跡の数々は、実は陸上で人知れずに暮らす野菜スシたちの手によるものだとも判明した。荒野では肉スシたちは野牛のように駆け回り、星空の下に卵スシは流星の落ちる場所に生まれる。
人類は孤独ではなかった。我々はずっとスシ族と一緒にいた。
だが、スシ族の友好的な手を握る前に、人類は自問せずにいられなかったのだ。――我々が食してきた寿司とはいったい何だったのか、を。
寿司とはスシ族の幼体だったのだろうか。寿司を食す人類は実はスシ族とは生存競争状態ではないのか。そもそもスシ族は海の底にどうやってシャリを手に入れたのだ……、謎は謎を生み、人類文明は混迷とした自己崩壊状態への一歩前まで差し掛かった。
そこに助け舟を出したのは、またもやスシ族だった。『生涯の友となった大トロ族の召喚を感じ取った』と称して、スシ族の第一発見者にしていまやスシ語研究の第一人者である羅武戸羅不斗は大トロ族と一緒に記者会見を開いた。
大トロと並べて立つ羅武戸氏は、十数年ぶりのテレビ出演なのにスランプをものともせずに、実に脂に乗った笑顔で大トロ一族の願いを翻訳して伝えた。『私を野球に連れてって』と。
プロデビュー8年、時田裕也はスシ族がまた存在しない時代に生まれた最後の世代だった。そんな自分がいま、人類とスシとの初めての野球試合の始球式に打者を務めている。まったく人生というのは何が起こるか分からない。来るべきメジャーリーグ挑戦のために鍛えてきた打撃なのに、いまはイクラを打たなければならない羽目になる。
『私を野球に連れてって』
スシ族は繰り返してこの曲名を伝えた。その裏に隠した意味に様々な憶測を呼んだのだが、結論を出す前に野球界は好機とばかりに主導権を奪い取って、人間対スシ族の前代未聞な異種族間野球試合が開催される運びとなった。
きっとスシたちは野球に憧れたのだろう。だってみんな野球好きなんだもの。放送席でアナウンサーと解説者が和やかに談笑する。だけどゆっくりと飛んでくるイクラと、我がネタの一部を投げてくる軍艦巻きの姿を相互を見た時田は、とてもじゃないがそうは思えなかった。
そこまでに軍艦巻きの構えが鬼気迫ったからだ。観客席で、『私を野球に連れてって』の最新リミックス版が無限再生して流れている。帰れなくなったって気にしない……勝てないなんてみっともない……スリーストライクさえとれば、アウトなんだから……。
昔から野球ではね。
的外れにもほどがある空振りをして、時田はイクラを叩き潰すことなくタイ握りの身の上に着地させた。これで始球式が終わった。ドーム内で歓声がわっと上がり、軍艦巻きとタイ握りが緩慢な動きで自分のチームメイトたち――色とりどりなスシ――のもとに戻っていく。
時田がそんな彼らを見送った。バットを握る手に汗がじわじわとにじみ出ている。始球式では空振りなのがマナー。それは常識だ。人間の常識。だけどスシたちは理解しているのだろうか。野球に人生を捧げた者として、彼にはわかる。軍艦巻きにとってはさっきのイクラ投げは、いかになりぶり構わぬものだったのかを。
スリーストライクさえとれば、アウト。時田は踵を返し、試合開始を備えるためにブルペンへ向かう。人類にとってさっきの始球式は、まだツーアウトだけだと祈りながら。
→いやなにこれ。キーワードを見て爆笑したがその後全然面白い話が思い浮かべなくてすごく苦しかったのが覚えているが、それにしてもなにこれ。何だよこのオチ。中途半端にクトゥルフ神話ネタまで入れたのもなに?『私を野球に連れてって』じゃあないんだよ。
③
No.4292急転直下
No.2650人文科学
No.1975ロータリー
人文科学なんかを勉強しても腹を満たせない。そんな嫌味を散々聞かされてきた。大学を卒業したあとも隙があれば「だから言ったのに」を吐き捨てるチャンスを日ごろから窺う実家に嫌気を差したからここにきた――というのがすっかり慣れた口上だけど、いまだにウケてもらった試しがなかった。
鉄板ネタが滑ったのは悲しいが、『人文学部は不人気』という認識は現代社会では通用しなくなった証明でもある。とだけ書くと実におめでない話で、私の学生頃の教授たちは手を叩いて喜びそうなんだけで、残念ながらそんなうまい話ではない。
人文学とは人の文化を見つめる学問であり、急転直下な展開に嫌でも慣れてしまうカテゴリーでもあると、大学時代の恩師にそう言われたことがあると、ふっと思い出した。
教壇下から次から次へと伸びてきた植物質な触手と繰り返して握手を交わしつつ、そして我慢できず、私の腰を直接に回してきたタンパク質構成な触手に容赦なくスタンガンで電撃を食らわしつつ、私は大学の遺構で、土から生えてきた、イソギンチャク状の半植物な生徒たちに向かって、人文学の授業を続けた。
最後の一人の人間として。
「――でわかるように、農耕は人間社会の在り方を大きく変わったが、農業そのものの定義は現代とはかなり違ってきます。ホモサピエンスは腹を満たせないと生きていけないので、人生の大半を食い扶持を稼ぐことに費やさなければなりません。その辺皆さんは素晴らしいですね、土の中にそのまま生えてきたわけですから」
一応冗談のつもりなんだけど、教壇下の畑の中にいる生徒たちは静かに触手を揺らすだけだった。実はイソギンチャクなりに大爆笑してるかもしれないが、教壇の背後聳え立つロータリー柱からは不穏な赤い光を点滅させて私を咎めた。
ロータリー柱、または人間性再生産柱状耕運機ロータリーエンジン部。五百年前の例の隕石が落ちたとき、私はこのデタラメにデカい機械の内部で点検作業を行っていたおかげで、運よく助けられた。
あんなに嫌だった実家なのに、結局農家生まれであることが買われて就職できて、そしてそのおかげで最後に生き残った人間になったとは皮肉が極まれて苦笑しか出てこない。
――人類は恐竜のように隕石に滅ぼされる。隕石が観測されて以来、計算され尽くした答えは無慈悲だった。そんな末路を阻止するために、当時の人間社会はありとあらゆる手を打たれては、当時の人間社会ならではのありとあらゆるやむを得ない事情で失敗に終わった。
その末期で提案されたのが人類種保存計画。人類のDNA情報を植物化させて、種子をして永久保存するプロジェクトだ。例え未曽有の大災害で現代社会が滅んだとしても、地球気候が落ち着いた後、農耕機械は自動的に種を撒いて農耕を行い、いつか再び人類は地上に帰り咲く。文字通りにね。
人間性再生産プログラムに冷凍睡眠から無理やり呼び起こされた時のことは今でも覚えてる。既知世界の滅亡を事務的に告知されて、私は現実逃避もかねて、藁でもすがる思いでほかのコールドスリープカプセルを改めたが、優秀な人工知能さまが本当に嫌々で私を救世主に指名したことを再認識させられただけだった。
「でも、ねえ。皆さんの中にもそう思ってる人いるんじゃないですか。『ホンオトに最強AIなら隕石の余波なんかで不調をきたしたりしないじゃないか』って」
ロータリー柱の意味ありげな赤い光に睨みつけながらそう言うと、腰につけていた端末機器から電子音声の返事が来た。
「たかが隕石ひとつで全滅した脆弱な種族の生き残りが頑丈性についてご高説を語るようです。皆さまぜひご清聴を」
「……いまAIさんが披露してくれたのはかつて様々な戦争の引き金になったとされる人類の悪しき文化・風刺です。いい子のみなさんは真似しないように」
ロータリー柱は本調子じゃない。隕石落下の余波が計算よりも激しく、津波の直撃を喰らったプラントが凄まじい被害を受けた。本来なら私を含めて大勢のスタッフと一緒に人類種の還元に尽力するはずなのだが、ほとんどのスタッフが死亡、人類種子の八割が逸失、さらにロータリー柱自身も最低限の農耕機能以外はままならない。
そんなロータリー柱の報告を端末から聞き流して、私は備品室で見つかった酸素マスクをいじった。やはり理系に進めばよかったと後悔しながら、いい感じに酸素中毒できないかなと、静かにヤケクソになっていたのだ。
鬱陶しい赤い光でそんな私の注意力を引き付けて、ロータリー柱が私をプラント農耕ゾーンの光景を見せる。
――人類存亡をかけた一大計画の割には、なんともない普通の畑が画面の向こうに広がっていた。潤った土から、嫌で嫌で、もう二度と振り向かないと決めた実家の匂いがしたようだった。
酸素マスクを壁にたたきつけて、声ならない声で泣き喚いた私の、最後の一人の人間の無力な叫びを、人間性再生産プログラムが教材用にと、淡々と録画した。
教室ゾーンの畑のライトが消えて、今日の授業の終わりを告げた。伸びてきた新人間たちの名残惜しい植物触手とハイタッチを交わしつつ、そして肉触手にスタンガンで威嚇することも忘れないで、私は教壇を後にした。
端末機器の向こうにいるロータリー柱に呼びかける。声を気持ち小さめに。
「……どうだった? 正直に言って」
「皆さまは興味津々です。人間性を植え付けるために授業をするアイデア自体はいい方向に向かってると思いますが」
「白菜たちはまあフレンドリーだけど、イソギンチャクどものは絶対に学問への興味じゃないよ」
正直なところ、人類復興に関してはお先暗いと言わざるを得ない。残された種を撒いて、ロータリー柱の農耕プログラムを全開させたが、予想の斜め上な収穫ができていた。
エレベーターを出て、廊下を歩いて、休憩室に向かう。一階の農耕ゾーンを上から見下ろすと、白菜のような植物人間と、イソギンチャクのようなにくにくしい人間が畑に並べていた。綺麗とは言い難い光景だった。
隕石落下したあと、プラントが破損して、人類の種子を保存する区域が外の大気にさらされた時期があった。おそらくはその影響で、この五百年の間に人類の種子に何かしらの突然変異が起こったのだと、ロータリー柱が推測したが、こんな悍ましいことになっていたとは。
「そのうち白菜対イソギンチャクの戦争が起こるよ、絶対」
学校で学んだ人類の歴史を思い返して、頭を抱えたくなる。いつの時代になっても人間は人間だ。それだけは確信できる。
「そう悲観することはありません。実はですね」端末から聞こえる、無感情なはずの電子音声がドラマチックに間を置いて、続いた。「最近は調理用のプログラムも復帰できました」
「あの上級社員が無理やり入れた贅沢機能が? 復帰できたからなに? 調理いらずの保存食しかないし、新人類たちもまだ土の養分だけで事足りる段階でしょ」
「ええ、ですから戦争のあとに役に立つんです」
人類の未来を任された最高最強の人工知能さまの声が、心なしに嬉しそうに聞こえていた。
「負けた方を料理にして、あなたに振る舞おう。苦労をかけたお礼に」
「――ブラックジョークの文化もまだ生きていてよかったよ!」
畑から目を逸らして、私は明日も生きるためにベッドへとダイブした。
→掴みとラストとはどれだけかけ離れる内容になれるかのチャレンジでもしてる?なぐらいに行ったりぱったり具合だったけど、その力技っぶりが我ながら嫌になれない。読んでて「これ絶対に書きながら考えてるだろ」と思っていたら大正解でした。
ロータリーを全然上手く処理できないから豪快な放り投げぶりになったり、中盤以上我慢できずに好きな要素ぶっこんできたのが目に見えて分かったり、終盤で思い出したように人文学要素を申し訳程度に入れたり、自分の作品ながらも笑いたくなる雑具合。最近のやつの中で一番気に入っている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?