掌編練習④
外部リンク:小説お題ジェネレーター
こちらのサイトさまを利用して書いた掌編を数編まとめてみました。今回は少なめ。
①
No.2442自己
No.9742コテージ
No.489温泉
ノックの音が聞こえてきて、コテージの扉を開いてみた。外から吹き込んでくる風は、硫黄の匂いがした。「伊吹さん」私は風を玄関に迎え入れた。硫黄の匂いが室内をくるくると走り回ってるのを、目で見えなくても鼻でよくわかった。これじゃまるで温泉旅館だ。私は苦笑して、風になったイトコの姉をしばらく見守った。
高校に上がってすぐ、私は親と絶縁にも似た格好で故郷を飛び出した。地元を早く離れたい一心で必死に勉強をして、ようやく県外の進学校に合格できた私だが、さっそく無理に背伸びしてても、碌なことにならないという人生の教訓を思い知らされることになった。赤点続きの日々、説教に続く説教。夢にもみた都会の街をひたすらに重い足取りで往復するだけの毎日。信じられないことに、地元の竹林すら懐かしく思えるようになった。あんなに嫌だったのに。
本当に駅に足を運んで、地元への電車を乗ろうとしたある日の午後のことだった。急に頬に冷たいものが当てられて、びっくりして振り返ると、直近距離で大学生の伊吹姉が缶コーヒーを手に、いたずらっぽくてニヤッと笑った。
最後に会ったのは何年も前で、言うほど親しい間柄じゃないのに、伊吹さんは一目で私だとわかった。面喰った私の顔を見つめて、彼女は何も聞かない代わりに一方的にしゃべり倒した。気がづいたら故郷への切符がいつの間にか伊吹さんの手の中に丸められて、私は手を握られたまま駅を出て、煌びやかな夜の街へと雪崩れ込んだ。
そのあと何があったというと、一応未成年でも安心らしい薄暗いお店に連れ込まれて、一応未成年でもぎりぎり飲める舌を焼ける飲み物を奢られて、一応成年者らしくて振る舞おうと宣言されて、伊吹さんに脇腹を突かれて「さあさあさあ悩みを吐け」とうざ絡みされただけだった。
正直もうどうでもよくなったし、こんな茶番に付き合わされるより、早く部屋に帰って勉強したいのが本音だった。明日は小テストあるし。だから月並みに高校生っぽい悩み事をいくつか言ってみた。ありきたりな励まし言葉をありがたく頂戴してハイサヨナラしてやろうと思ったのに、大学生の伊吹さんが何か返事をする前に、私の隣の席に急にもう一人が腰かけて、話に割り込んだ。
「あら伊吹。この子に適当にあしらわれてるよ」
「え、そうなの? って、邪魔すんな。あっちにいけ、伊吹! アタシの従妹だぞ」
「ひっどい。私たちのじゃん」
頭を振りまくって左右を相互に見比べて、私はたじろいでしまう。どっちも伊吹さんだからだ。右にいるのはずっと一緒にいた大学生の伊吹さんで、明るい色に染めた髪、薄くてぞんざいな化粧、子供みたいに口を尖らせながら私の手を掴まる。
右の伊吹さんは髪をまとめていて、ローグコートを袖を通さないで肩に掛けて頬杖をつく。雰囲気だけじゃなく実際に大人なんだろうが、その顔つきもにやにやとした笑い方も、まさしく伊吹さん本人のものだった。大人の伊吹さんが余裕を見せつけるかのように、後ろから私の首に手を回す。
急に文字通りに綱渡り状態にされた私がひどく狼狽えた。伊吹さんって双子姉妹でしたっけ? と口を出して問いかける前に、店の扉が開いて、大きなため息まじりな挨拶を発して、今度はスーツ姿の伊吹さんが入ってきた。ベリーショットの髪に、濃いクマが隠せない疲れた目。そんな彼女を急かすように背中を押して、背の高い男の人も店に足を踏み入れる。オールバックに眼鏡で近寄りがたい雰囲気を醸し出してるが、私を見て眉を跳ね上がるその仕草は間違いなく伊吹さんだ。
カウンター席から男の伊吹さんににこやかに手を振るギターを背負う酔っ払いの伊吹さん。その隣いるブレーザー姿の子が無表情にひたすらにストローでジュースを吸う。店の天井からぶら下がる鳥かごの中に、白いインコが興奮して飛び回って、私に向けて私の名前を連呼する。刈り上げ髪に左頬がバラノイレズミがびっしりのバーテンダーが店の裏から出てきて、インコに「うるさいよイブキ!」と怒鳴ったあと、私の頭を乱暴に撫でまわした。白いシャツの胸ポケットあたりに名札がついていて、当然かのように『いぶき』と書かれていた。
「――いったいどういうことですか?」いつの間にか足元に黒猫の伊吹さんとコーギー犬の伊吹さんがくるくると走り回って、筋肉質のおじさんの伊吹さんにスパゲッティを奢られて、どこからどう見ても同年代の伊吹さん男子とSNSフレンド交換までして、私は何もかも飲み込めてないまま、最初に出会った大学生の伊吹さんに辛うじて問いかけた。
大学生の伊吹さんはすぐには答えない。男子伊吹の尻を蹴飛ばして、おじさん伊吹を押しのけて、お母さん伊吹の説教をなあなあと躱して、私のところまでなんとかやってきてから、手を握って店の出口に向かった何十人もいるありとあらゆる伊吹さんに見送られるまま、私たち二人はは店を後にした。最後に振り返るとき、あの中学生の子がこちらを見て手を振った。
伊吹さんではなく、私の顔だった。
「――臭いですね。これは伊吹のドッペルゲンガー? それとも私たちの?」
廊下の奥から声。そこから歩いて出てくるセーラー服の私が首をかしげて、鼻を鳴らす。伊吹さんだよと私が答えると、硫黄風の伊吹さんが自分が話題になったのを感じ取ったかのように、私たちの頭上でふうふうと音を立てて、髪を吹き乱した。
ドッペルゲンガーが発生しやすい家系だったと、その後、伊吹さん(大学生)が説明してくれた。私たち一族からは何百年に一度、違う時空にいる自分を呼び寄せる体質の子が生まれてくる。いざ生まれると親とともに霊の竹林に移住して、そこで一生を過ごしていく決まりだったらしい。
ドッペルゲンガーが出てくると、大人たちが総出で確保して、ドッペルゲンガーを竹林の深奥に放り込む。竹林の結界は強力だ。時空を超えてやってきた異人を強引に送り返すほどに。
「察して通りに、アタシが不幸か幸運かその当たりくじとして生まれた。でもある日、自分と同じ顔をする奴が強引に連れ去られるのは嫌になってきてね、竹林を何日もかかって歩いて、出てきちゃった。それ以来は体質の歯止めが利かなくなった。もうどんどんやってくるよ」
アハハハと笑う大学生の伊吹さんだけど、そのあとは散々痛い目にあったらしい。そもそも前代未聞の掟破りだ。家族の中が大混乱で、総本山からドッペルゲンガー排除するための刺客まで送られてきた。
人知れずの伊吹大戦争が何年も続いた。やがて伊吹さんたちの中の一人が政治的な有権者になってしまったことで、ようやく総本山と交渉の場を設けるようになり、和解まで至った。
「どうやらアタシの霊力?が強すぎて、総本山のジジイババアたちも頭を抱えてた。いまはとりあえずアタシが管理責任者となってる。みんな定期的にあの店に集まって、元の時空に帰りたい人は総本山と連絡して竹林に連れて行ってもらってる。それでようやく平和になったと思ったのに、先週、店にキミがやってきた。もう一人の私を救ってと泣いて依頼しちゃってさ」
窓を開ける。コテージの周り一帯は竹林に囲まれている。伊吹さんが総本山に頼んで作ってもらった、私専用の封印結界だ。どうやら故郷を抜け出したつもりで、時空を超えてしまったらしい。私はあの日初めて、自分がドッペルゲンガーだと知ったのだ。
伊吹さんと違って、私は霊力が弱い。結界がないと存在自体が維持できないほどに。本体のほうの私はそれに察したのか、店に行って伊吹さんたちに助けを求めたのだった。その影響なのかどうか知らないが、時々こうして、店のほうに行くはずの伊吹さんがこっちに吸い寄せられる。
硫黄の匂いが一瞬消えて、また室内に充満した。どうやら硫黄風の伊吹さんは竹林を通して自分の次元に還る気がさらさらないようだ。「風のくせに自己主張が強い」もう一人の私がため息をつく。
明日になれば彼女は都会に戻る。その時は硫黄風の伊吹さんも店に連れていくのだろう。私は彼女に荷物の整理をするように促すが、姉ぶらないでと睨まれては、目を逸らされた。
「……せっかく会ったじゃないですか。もう少しゆっくりしなさいよ」
苦笑をして、ワガママな私は、私に甘えることにした。
→もうだいぶ記憶があいまいだが、読み直しながら頭を抱きたくなるのパワープレイ加減だ。執筆中のパニック具合が窺える。そういう事故があるからランダム生成が楽しい。
②
No.1413アイコン
No.4581カツサンド
No.2761専門職
朝。鳴りやまないスマホをぼんやりとロック解除して、本能に近い動きでSNSアプリを起動する。点滅する通知マークをタップすると、目に飛び入れるカツサンドのアイコン。寝ぼけた頭が処理を遅れて、その意味を飲み込むのにだいぶ時間がかかった。
悲鳴をあげてベッドから飛び起きて、思いっきり頭が机に強打する。涙滲みながらもスマホを手放さないで、何度も何度も再確認する。スパムでも偽装アカウントでもなく、正真正銘のカロリーアプリ認定のカツサンドアイコンだ。震える手でスクショを取って、『え、え!?』と呻き声を文字化して、カツサンドアイコン獲得のことをポストしてみたら、お絵かき仲間たちのお祝いメッセージでスマホの震えがひと際激しくなった。
鳥小屋から味気ないアルファベットになってからも、私が住み着いたSNSが目まぐるしく様変わりして続けた。そしてとうとう今年で慣れ親しんできた『いいね』システムまでダイジェストされて、私含めて大勢のクリエーターが頭を抱えることになった。
専門職ではないし、プロ志望でもない。ひたすら趣味で創作活動を続いてる私たちはいわばエンジョイ勢。作品を発表したあと、『いいね』がつくかどうか一喜一憂、ついたらついたって前の作品より数が少ないことに一喜一憂、逆にたくさん『いいね』がついたとしても上には上があることを思い出して一喜一憂。趣味なんだと割り切りたいが、いつしか『いいね』が付かれることを告げるスマホの震動は、私の中にいる承認欲求の怪獣を揺れ起こす鐘の音となっていた。
そんな『いいね』に愛憎まみれな思いを抱えているが、いざなくなると道しるべを急に失ったようにたじろいでしまう。趣味でやってる私はまだいいが、本職の人たちにとって『いいね』はわかりやすい数値化の基準でもあるから、場合によってはほかのSNSへの引っ越しも考えねばならない事態だ。
そこで登場したのは拡張機能『カロリー』だ。発表したポストの注目度を独自のアルゴリズムで算出して、評価する。特徴としてはその評価方法は『いいね』と違って単純の数値化ではなく、料理のアイコンを付与することでポストをレベル付けする。人気な作品なほどにカロリーの高い料理のアイコンが与えられる形だ。
『ミンプさんもデブになっちゃったのか』『脂乗ってきたね、二重の意味で』『ってかポテサラの次はカツサンドかよ』『カロリーのランキング謎だね』
仲の良いフォロワーたちのコメントに口角が上げる。私は出勤の準備をしながら返事を考える。私たちはいわゆるマイナージャンルのお絵かきで、発表した作品は数少ない同好の士の間にだけで消費されるから、『カロリー』からの評価もだいだいサラダ、野菜のポン酢和えなどと健康なものだらけだ。時々コミュ内に肉系アイコンの作品が出てくると、このようにちょっとした祭り騒ぎになる。
お礼を言ったり、軽口を叩いたり、謙虚したり逆に調子を乗ってみたり。スマホをポケットの中に入れて、時間ギリギリで家の外を飛び出したときには、私の胸の奥を巣食う承認欲求という獣が満足げにため息をついた。いままで冷たい野菜しか食わせてやれなかった分、脂っこいカツサンドがより美味に感じてるのかもしれない。
電車の上にふっと気になって、スマホで『カロリーランキング』を検索してみた。カツサンドの次に何を目標にすればいいのか知りたかった。「……げっ」その検索結果が私の顔を歪ませる。
キューバンサンドイッチ、唐揚げ、ピザ、アヒージョ……上に行けば行くほどきりがなく、ただ料理の贅沢さが際限なく増していく。胸の中にいる獣の飢えた唸り声が聞こえてきそうで、私はスマホを閉じて、想像だけで高まっていきそうな血圧を鎮めようと努めた。
→オチが死ぬほど強引で我ながら爆笑した。このまま無理やり広めてもしょうがないしこれはこれでいいと思う。
③
No.90恋する
No.936ダイエット
No.4449幼年期
血まみれな私が洞窟から出てきたときはもう朝だ。太陽の光に手をかざすと、洞窟の外にいるナツミと運悪くぱったり会った。待ち伏せされていたと言ったほうが正しいかもしれない。
空々しく挨拶をして、敢えて目を合わせないで私は彼女の傍を通り抜ける。すると当たり前のように後ろから手を掴まれて、問答無用に巣窟から引き離された。一度だけ振り向いて、私が期待しないで巣窟の入り口、まばゆい朝の光にも照らせない暗い洞窟に目を向けた。すると、一瞬だけだったが、赤い瞬きが見えた、気がした。
私の手を引くナツミは頑として沈黙を貫いていた。彼女が井戸の隣で足を止めて、首だけ動かし、眼差しで姉である私に洗えと命じた。私はいま頭から足まで血で真っ赤になっていて、乾いた血が皮膚の上に亀裂が走り、動くたびに綻びが広がっていく。全身がかさぶたに覆われているようだった。
私の血ではないことをナツミはすでにわかっていたから、最初のときのように青ざめた顔になったりはしない。誰の返り血であることを聞かない代わりに、彼女は私自身の手で血を洗い流すことを譲らなかった。別に私は気にしてないから、無視して踵を返し、そのまま巣窟に逆戻りすることもできたのだが、きっとそんなことしたらナツミも一緒に洞窟の中に踏み込んでしまうだろう。幼年期からうまく脱皮できずにいたのは、私だけではなかったんだ。
一番上の姉であるアマナがダイエットと称して、森で獲った獲物を丸ごと私たち妹に押し付けたときから、思えば兆候があった。ウサギ、シカ、ときにはイノシシやクマなど、私たちの腕では到底手出しできないような猛獣が、嬉々として肉を焼く私と違って、ナツミには察しがついたのか、何度もアマナに問い質すが、姉は赤い目を細めて微笑んだだけだった。
まったく異常に気づいてなかったと言ったら、うそになる。姉が「狩ってきた」猛獣たちには決まって外傷がなく、きれいなままに死んでいた。弓にしろ罠にしろ何か傷跡があってもいいのに。代わりに、首元に締め付けられた痕はあった。最初は微かに、やがて獲物がでかくなるにつれて、その絞め痕が赤く大きくなっていく。
知らんぷりをする私のことを姉が「察しなさい」と言外に叱りつけてたのか、それとも姉も姉で、我が身に起こる理外の事態に飲み込めていなかったのか。いまとなってはアマネ姉さんの真意を知る術はない。確かなことと言えば、姉がとうとう私とナツミの前から姿を決したあとでも、家の前には数日おきに獣の死骸が置かれることや、入ってはいけないと死んだ両親に散々聞かせてきた裏山の洞窟には、何かが棲みついたことだった。
その夜、親の言い付けを背いて、私は昨日とっておいたイノシシの左足を背負って、再び裏山の洞窟に足を運んだ。「呪われたから」、ということらしいが、どういう呪いなんだと掘り下げて聞くと、親は暗い顔になって頭を振るばかり。いまになって少しわかってきたのだが、呪われたのは、どうやら洞窟のほうじゃないかもしれない。
星のない、真っ暗な夜だけど、そんな暗闇の中でも山の形はより一層に黒く、物々しく見えた。光が一切通さない暗がりの根元に、例の洞窟が静かに口を開けていた。夜になれた目でも中に入れば何も見えない。初めて来たときはさっそく蝋燭の火が消えて散々だったが、いまは勘だけでどこまでも洞窟の深い奥までたどり着けた。ひょっとしたら勘じゃないかもしれない。私は無意識に出した舌を唇の中にしまいこんで、後ろ首をカリカリと搔きながら、時間をかかってゆっくりと歩いた。
どれだけ経ったか分からない。時間感覚すらも吸い込まれて失う粘りついた闇の中で、ふと、目が合った。洞窟の最深部に、私を睨みつく一対の赤い星々。細い瞳孔がぎゅっと収縮して、私に定める。静まる洞窟の中、シューシューと風の音のように息遣いが聞こえて、どんどん近くなっていく。アマネ、と私は姉の名前を呼ぼうとして、自分もまた舌を出してシューシュー言ってることに気づいた。後ろ首に綻ばす赤い亀裂は、返り血の乾いた痕ではなく、鱗だった。
かぶりをふって、人の声で私は今度こそ姉の名前を呼んだ。そしてイノシシの左足を持ち上げて、赤い瞳に見せた。もうダイエットなんかしなくていいはずだと、震えた声で私は軽口をたたいてみせたが、赤い瞳孔は私をちらっと一瞥しただけで、すぐにまた上へと向いた。
人外のものになり果てたいまで、その恋するような焦がれる眼差しには見覚えがあった。私には結局一度も向けたことのなかった眼差しを。赤い星々が洞窟の入り口まで流れていく前に、私は腰に隠し持っていた鉈を握りしめて、姉へと飛び掛かった。毎晩、毎晩、こうしていた。
震える足で。洞窟の外に出る。ぼやけて見える朝の光で、私は自分の影がまだちゃんと人の形をしてることを確認して、胸をなでおろす。今日も血でびしょびしょだ。後ろ首をうまく隠し、舌をおとなしく口の中にしまいておく。洞窟の外に待ち構えてる妹の居場所を、温度頼りに気がづいたが、私は得意の知らんぷりな表情を作って、彼女が今日も手を繋いでくることをドキドキしながら期待した。
→話の輪郭だけをぼんやりと思い浮かんだまま書いてたから、後半の展開は完全に手癖ですね。その場その場で設定を後出しして話を無理やり繋いでる。
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