掌編練習
外部リンク:小説お題ジェネレーター
こちらのサイトさまを利用して書いた掌編を数編まとめてみました。
めちゃめちゃな単語が平然と出てくるから楽しい。みんなもやってみて。
①
No.4613カラーコンタクト
No.3891夢オチ
No.82古い
そのオレンジ色のカラーコンタクトを人差し指と親指でつかみ上げて、つけずにそのまま持ち上げて太陽を見る。するとカラーコンタクト越しに降り注いで朝の陽ざしが黄昏の残り火に早変わり。そしてこのまま見つめているとカラコンの視界の中だけが夜のとばりが落ちて、月が登る。
このカラコンは視るものすべてを、そして視るものだけを時を進ませる、古い古い時間観測器だ。未来の光景を延々と観測だけの、実用性がいまいちわからない商品だけど、それだけにこのカラコンはタイムスリップがまだ経済のメインコンテンツとしてもてはやされた時代の製品だと分かる。
光を演算する果てに覗き見した『未来』と『過去』。あの時代の報道ログを読み漁ると自ずと気分が高揚する。廃れた『今』を脱ぎだす希望の苗がついに人類が掴んだのだ! 本当にみんな、百億をゆうに超えたびっくるするような大多数というみんながそう信じていた。夢溢れる時間であっただろう。だからこそ夢は夢でしかないこのオチが切ない。
ボクはカラコンをポケットに入れて、廃ビルを後にする。今夜でつけてみよう。覗き見する時間が十分に長ければ、穏やかなボクの可能性を夢見られるかもしれない。
→投げやりですね。小説というよりアイデア帳そのまんまだ。
②
No.4780満足度
No.1671スライム
No.4714歯周病
「次の方どうぞ」
と声を上げると、扉の向こう側からスライムが入ってきた半透明の緑色をする液体状の体が湿った声を立てて歩みよってくる。診療所の無機質な照明がその体に差し込んで、緑色の上にさらに七色の紋様で彩った。
どこからどう見てもスライムだ。僕は冷静を保つのに精いっぱい。扉と患者さんの透き通った体越しに、僕は受付カウンターにいる助手さんに疑問の目線を送る。彼女は物珍しい表情を隠そうとせず、僕と目が合うと声を発さずに唇の動きだけでそう言った。
すごい。スライムも歯科にくるなんて知らなかった。
僕も知らないよ。彼女が輝く憧れに満ち溢れた眼差しを僕に注ぐ。そうこうするうちに患者さんはもう僕の前にやってきて、診療台を濡らしながらもたれかかった。正直な感想としては診療台が急にしめじめとしたカビがたくさん生えたとしか見えない。助手さんから送られてきた
だけど僕はこれでも歯医者のはしくれだ。診るべきは患者さんの歯だけど気にするべきは患者さんの体調。目の前にドンと置かれたこの九十九パンセントが水分のファンタジー生物には歯も体も持ち合わせていないといって、執務放棄していい言い訳にはならない。僕は助手さんから送られてきた(『次はドラゴンも来たりして』と彼女が熱っぽくささやく。勘弁してくれ)診療券を確認する。歯周病らしい。診療券と患者さんを見比べした。
歯はどこだよ。歯医者としての矜持が頭を抱えて床で転がりたい衝動に負けそうになる。歯周病という僕は唯一把握できるキーワードを縋り付いて、とにもかくにも患者に喋り倒して、必死にスライムが歯周病をかかる可能性を推理した。ひょっとしたらどこかで口があるかもしれない。目には見えないほど細かくて鋭い牙で冒険者(冒険者って何!?)の肉を死骸から削り取って粉状にして体の上に取り込んだのかもしれない。
ありもしないロジックを組み立てて、機材を手に無我夢中になる。施術のさなかに学生時代もこんな気持ちだったことを思い出した。理論は全部机の上の空論で、頭の中ではいくら理路整然と覚えていても、診療台の上に立たされたら全部ドロドロになって、それこそスライムみたいになる。そのスライムを患者に戻すのは経験の積み重ねと試行錯誤の繰り返し、そして踏み出すための、ありったけの小さな勇気。
気がづいたら施術が終わっていた。微細なノコギリみたいな小さな牙が助手が持っている皿の上に乗せている。スライムから取り出したものだろう。黒ずんでいるその歯は確かに蝕まれてるように見えた。
それっぽい歯医者さんらしいアドバイスを送って、それっぽい歯磨きの慣習化について注意しておいて、スライムの患者さんが診療所を後にするのを見送る。どっと疲れたが、それからやってくる患者はみんな見慣れた人間で、見慣れたぼろぼろな歯だから、むしろ癒しのような時間だった。
その後助手から聞いた話だが、スライムの患者さんは当診療所に満足度五星評価をくれたらしい。なんというハイカラなファンタジー生物だ。このまま有名になって言ったら本当にドラゴンが来てしまうかもしれない。
→もうちょっと捻った展開にしてたらなって思う。書いてて楽しかった。
③
No.579集まり
No.3780不平等
No.3402コーディネーター
「みなさま本日お集りいただき、誠に……」
コーディネーターの挨拶は途中で遮られて、十二支の代表たちが我先に声を上げて意見具申しはじめた。十二支の神々の協議会のいつも通りな開幕だ。
賑やかなこと動物園もかくや。コーディネーターがにこやかにしていた。スーツを着こなす姿で華麗に丑神の突進をかわし、背中に飛び乗る未神を甘んじで受ける。慣れていたのだ。
やがて朝ではないにせよ、興奮して鳴き出す酉神のひときわ高いコケコッコーが残り十一支を圧倒したおかげで、競技会場がつかのま静まり返った。それを待っていたといわんばかりに、コーディネーターが手を叩き鳴らして、何もなかったように、まずは子神に手を差し向けて、発言権を預けた。
「みなさん、順番通りにいきましょう」
とはいえ協議会のテーマはほかでもなく、その順番についてだ。子神が不敵に前髪を打ち鳴らして、順番を変える必要性が見当たらないと言い放つ直後、丑神がさも公平性を重んじるように午神や未神の順番を繰り上げる適切さを説いた。
「草食動物のほうが偉いなのは明らかだからだモー」
だそうだ。それを受けて、寅神が例年のように牙をむきだして彼らを威嚇し、巳神も酉神を物欲しそうに見つめるのをやめて、舌を震わせて抗議する。
「えっいやぼくも草食だけど?」
卯神が我に返ったのはちょっと遅かった。申神が戌神の背中に乗ってテーブルに乗り上げて、知性の大事さをだいだいとアピールしだしたから。ここまでは去年と全く同じ流れだが、今年は申神が猿知恵を遺憾なく発揮し、いつもテーブルの下で眠りこける亥神まで陣営に引き込んだ。
万年最下位で順番を気にする素振りを見せない。そんな亥神が戌神と一緒にギャンギャンと騒ぎだして自己主張をする光景がたしかに効果抜群だ。肉食組も草食組もいったん気炎を収めて、底層で十二支を支えてきた二柱の声に耳を傾けざるを得ない。
だけそしばらく聞いてみたが、亥神も戌神も空に向けて叫び喚くようにしか見えなかった。リーダーである申神も二柱に戸惑ってる様子だ。そこでコーディネーターが前に出て、戌神の頭を撫でて、亥神のしっぽの付け根をぽんぽんと叩いて落ち着かせると、頭を下げて二柱の囁きを聞いてはうんうんと頷いた。
数秒後頭を上げるコーディネーターだが、珍しく困ってる顔をして、猪や犬と一緒に空を仰ぐのだった。釣られたように一支、また一支が目を上に向く。そして子神が凍り付いて、丑神が気まずそうに目をそらし、寅神が低く唸って、卯神が「ぼくも草食……」とまた言っていて、その隣で「重役出勤しやがってよ」と巳神がせせき笑い、午神が興奮して左回りで回転しはじめて、その背中を未神が飛び乗った。
日の出と勘違いして、酉神がまたも喉を絞り出してコケコッコーを歌う。それに驚かれたように、申神が腰を折って尻餅ついた。そのぷるぷると震える瞼の下の涙目が見上げていたのは、天高くの曇り空から顔を覗ける、万年欠席常習犯の第十二支。
「知性の話をしてるようじゃの」
興味深げに、辰神が笑い見せた。
――気が付くと、協議会の結論は『変わりなし』と締めくくられた。辰神が空を飛び回って、干支神たちと丁重に挨拶しまわってるから、だれも会議するところじゃなくなったから。
コーディネーターは満足する気持ちで、協議会場を後にした。今年も今年で、不平等を維持して、不和の種を十二支の中に埋めつけたからだ。そう遠くない未来で十二支神たちの内乱がはじまるに違いない。そう思うと思わず口角が上げそうになり、コーディネーターが慌てて立ち上げかけたネコミミを押さえつけて、そそくさと足を速めた。
→十二支も出すのは掌編じゃ無理じゃない? と思ったが思いきって書いてみたら楽しかった。十二人のキャラにキャラ付けしていく過程が結構好き。
④
No.2062黄土色
No.1598コヨーテ
No.727宇宙人
黄土色の荒野で彼は足跡を追った。黄砂に吹かれて、スーツの下にも砂塵が積もりそうだ。西に太陽が胡坐をかいて、東には雷のくぐもった声が一日中に唸っていた。
追ってるのはコヨーテの足跡だ。サボテンすらも枯れた砂漠に、時々ひょいっと丘に現れるその足跡からは、啓示めいた何かを思わせたから。水を飲み切ってからそれなりに時間が経て、いよいよデスパレードになっていい理由ができたのも追跡動機のひとつだ。
太陽は常に西にいて、光と熱がこもった眼差しを彼に投げつけていた。ぴったりと惑星を滅ぼさない距離で、ぴったりと惑星を乾き殺さない温度を恵み続ける。ログを信じるなら、この太陽はこのように夢みたいな素敵な恒星だったらしい。少なくともこの星の子らがさらなるゴージャスな夢を見据えて、沈まない太陽の実現へと踏み出してしまったまでは。
そこから察するに、東の雷雲は沈まない太陽計画のあとしまつとして生み出されたの現象だろう。だけど空の半分を覆いつくす黒々とした雲と、鳴りやまない雷鳴までにたどり着いたのが、子らの精いっぱいのようだ。雲から雨は降らなければ、雷を落とすことはない。前奏だけを延々と奏で続ける。
この星の子らに責める気にはなれない。彼らもきっと、コヨーテを追いかけているだけだから。シンパシーで自分を合理化しながら、彼が煙草粉末を吸引して、生理的な欲求をごまかした。五百単位外にまたコヨーテの足跡を発見。砂嵐から身を隠して、地を這って彼は足跡へと歩み寄る。
スーツ内に残しておいた煙草粉末残量が彼のカウントダウンだ。とはいっても水が尽きた時点で結末は決まってるので、終わりへと向かったのは命ではなく、笑っていられる時間だ。しかもスーツが破損しているため、いくら用心しても動くたびに、煙草粉末が少しずつ風に持ち込まれていく。風と舞う煙草粉末が彼の航跡となって、鮮やかに輝く色とりどりの尻尾となった。
コヨーテを追って、時間を忘れた。雷雲の紺色と夕日の茜色がちょうど混ざり合う、色彩が混濁として沼となった砂丘の上で、夢見心地に彼が最後に一度振り返って目を凝らそうとした。自分を追うものを見たかったから。
そこで彼の目に映るのは相も変わらず太陽の残照、雷の歌、そして天から舞い落ちる煙草だけだが、彼は納得して、力を振り絞ってまた進みだした。
今度はコヨーテを追うためではない。外からやってきた宇宙人の彼が、この星の子らのコヨーテになるための歩みだった。
→へ、変! あと散らかしてる。でも考えてもみなかったテーマなのでワクワクした。
⑤
No.2167危機的
No.3512ケチャップライス
No.459ランドセル
その子があんまりにも堂々としてるから、私の反応が一拍も二拍も遅れてしまった。令和最新仕様はこんな感じなんだと感心させる赤いランドセルや、首を傾げてそのまま私の眼を斜め下から覗き込む幼い顔立ちが、この子の年齢をありありと語っている。
「オムライスを注文して」
「へ? はい? オムライス、ですか?」
「うん。注文して」
小学生に敬語を使ってしまった。でもほかに何を言えばいいのか分からない。オムライスが食べたいの? お姉ちゃんの部屋にきたら手作りの食べさせてあげるね。じゃないよ、捕まっちゃうよ。いまの状況もだいぶ危機的だけど……。頭くるくる回して、私が言われるがままにテーブルの上についてるQRコードをスキャンし、スマホで注文を入れた。オムライスセット、子供用。
「の、飲み物は?」
「なんで?」
「え、だって」
「好きにすれば?」
そう言って、無愛想にそっぽを向かれた。背丈は平均的身長の私とそこまで変わらないところを見ると、この子は五年生か六年生だろう。クラスでは男子たちにいじわるされる良発育だ。名投げ出したようにショットパンツから伸びた足だけなら、もしかして私のより長いかもしれない。そこまで考えを巡らせて、私はさりげなく目を泳がせた。小学生の足をじっと見つめる大人というのはいくらなんでも心証が悪い。
迷子か、人間違いか、それともそういうドッキリ動画の撮影か(神経質に私は周囲を何度も見回して、ひそかにこちらに狙いを定めてるスマホカメラはないかを探した)。いずれにせよ小学生をファミリーレストランを放置していいわけがないので、私はとりあえず様子を見ることにした。昼休みにはまだいくらか余裕がある。ぎりぎりまで粘って、親が探しに来ないか待ってみようと思う。
オムライスとこの子の保護者より先に、私が入店するときに注文したブランチセットがやってきた。見慣れたブラックコーヒーと卵焼きを乗せた焼きトーストが私の気持ちを癒す。見知らぬ馴れ馴れしい子供に、こっちから話をかける勇気を生み出すためにもまずは腹ごしらえだ。そうと決めてトーストに伸ばす私の手がなぜか押さえつけられて、隣にいるあの子がさも当然のようにブランチセットを乗せた皿を自分の前に引っ張って、手を合わせて「いただきます」とつぶやくとトーストを捕まって、齧りついた。頬張る姿が可愛い。
「え? うん? んん?」
マイナー云々より、もはや前時代的な横暴すらあるこの急展開に追いつけずに、私は目を剥いて自分の食べ物が山賊に横取りされてるのを見守りながら、脳が情報処理にいっぱいいっぱいで壊れた家電みたいに音漏れした。
「コーヒー苦い」
当のかわいい山賊はこっちの気持ちを我関せずに、コーヒーをひと口啜ると顔がしわくちゃになる。現実逃避か、それとも山賊に恭順の意を示すつもりか、気がづくと私はミルクと砂糖を開封してコーヒーに入れてあげた。すると彼女が瞬きをしてから、姿勢正しく頭をぺこと下げて「ありがとうございます」と礼をした。こんなんされたら怒る気があったとしても吹き飛ばされる。
これどういたしましてと返事したら許した形になるのか。私が疑心暗鬼になりながら、ティッシュを取り出して彼女の口角からこぼす卵黄を拭う。昼休み時間が残り少ない。これじゃ午後からは腹ペコで終電まで働くことになる。残業のことを思い出して、気を落としかけるが、持ち直す。一食二食食べ損ねたのは初めてじゃないし。
諦めたからか口角が自然に緩めた。もぐもぐと私のトーストを咀嚼する山賊ちゃん(仮称)と目が合って、私は彼女に親のことを尋ねなければならないと思い出したが、口から出したのは別の言葉だった。
「お姉ちゃんのおごりよ。お嬢さんは若いうちにたんと食べて、ぐーっと元気に育ててね」
「……?」
「そして大人になったらお姉ちゃんにおごり返して、なんてね」
食べかすついてる口が開いて何かを言おうとしてるようだが、そのときオムライスセットがきた。私の前に置かれているし、サラダとスープとコロッケまでついてるプラチナセットだし、別の客の注文と間違えたのだろうけど、ネコ型配膳ロボットの液晶パネルの上では私の注文番号が表示されている。配膳ロボットがそそくさと離れて、私が店員を探したが見当たらない。
ぽかんとオムライスセットとにらみ合う。ケチャップライスの香りでめまいしそうだ。自分が思ってる以上にずっと腹を減ってるらしい。こんなちゃんとした食事はいつぶりだろう。山賊ちゃんに頭を下げて頼めばサラダぐらいは分けてもらえないのかな、と情けないことを考えると、またその子の手が皿に伸びてきたので、私は悲惨な気持ちで目を閉じて、スペースを彼女に譲った。しょうがない。ぐんぐん食べてと格好つけた手前だし。
「大人にならなくてもおごるよ」
「え?」
山賊ちゃんが立ち上げて、ランドセルを背負った。その手に取ってるのは料理じゃなくて、今回の注文が書かれてる領収書。「ごちそうさまでした」と彼女がまたぺこりと一礼してから、領収書を私の前にふらふらと揺らすと、踵を返してカウンターに向かう。
「おごるって……いや、いやいやいや」思わず席から立て、私が追いかける。財布を取り出そうとするが、鞄の外に突っ込まれたから悪戦苦闘。「待て、どこ行くの? ひとりは危ないですよ! あと金ないでしょう」
「ひとりじゃないし」私にちょこっと振り向いて、山賊ちゃんが目を細めて笑う。ショットパンツのポケットから彼女がスマホ(私のよりずっと最新機種)を取り出す。「金ならちょっとだけあるよ」それを慣れた様子でカウンターでスキャンさせて、あっという間に決済を済ませた。
初老の店員――よく見たら『店長』と名札をつけてある――が山賊ちゃんに深く頭をさげて、彼女のために扉を開ける。そして穏やかに私の肩を押して、席に戻させようとする。
慌てふためく私。「い、いや。私と彼女は……ああ他人です。まるっきり他人です。でも子供なんですよ! 親に連絡したもらわないと……」
「ご心配には及びませんよ。お客さま」店長さんがそんな私をなだめたけど、それと同時に外に出た山賊ちゃんを見て、黒服の男女たちが早足で彼女に近寄ったので、私は声を上げそうになり、店長を押しのけようとしたが、黒服たちは山賊ちゃんの前に一列に並べると、さっきの店長みたいに彼女に九十度と敬礼をして、彼女を随伴に歩き出したから、呆気を取られて私は店長を見る。初老の店長がやわらかい苦笑をしている。
「ど、どういうことですか……? 山賊の、仲間なんですか? それか子分?」
山賊? と一瞬戸惑ったように見えたが、店長がすぐに微笑みを取り戻して、説明してくれた。山賊ちゃん改め山吹ちゃん(ここ山吹デパート! 弊社!)にとってはこの建物は自宅のようなもので、保護者代わりの同伴者は常にいるため、自由に出歩きしても心配は一切いらないとのこと。そして十五階にいる弊社にも連絡を入れておいたので、今日は午後休み(しかも有給!)になったので、「いまは熱いうちにご注文のお料理をご賞味いただければと思います。自信作なので、ぜひ」
「は、はい」
弱々しく返事して、私はさあさんと店長に案内されて席へと戻っていく。私が注文したオムライスセットが相変わらずそこで待っていて、ケチャップライスとオムレツが絢爛豪華な宝石に見えてきて、夢心地だ。
ふっと振り向くと、外にはすでに山賊ちゃん、じゃなくて山吹お嬢様の姿が見当たらない。席に座って、ひと口食べる。店長さんとハイタッチしてハグをして彼の名で応援曲を作りたいくらいに美味しい。箸が止まらない。止まらないけど。
これで約束を果たされたのが、ややもったいないなと、思ってしまう自分がいたりした。
→書いてる途中たぶん気色のよくない声漏れていた。練習始めて以来一番好きかも。
⑥
No.4464乱取り
No.2057応援団
No.2880単語
「お前さずっと負けてんだけど」
靴ひもを結んでいると、背中からずっしりした重みを感じて、僕が圧迫感に息を吐き出した。首だけを回してみていたら、周りには気まずそうに逃げていく足、野次馬気分を隠そうとしない足、そして直近距離で余裕たっぷりに組んでいて僕の背中を座る足がいた。
「何してるんだ、杉浦」
「椅子に座って単語帳を覚えてるが? お前と違って優等生だが?」
「どこがだよ。はよ降りろよデブ」
「じゃ投げてみろよ貧弱」
僕がとりあえず靴ひもを結ぶ作業を再開したいが、背中に座ってるやつがそうはさせまいと前後にふらふらと動く。この野郎。
杉浦は元ヤンキーだ。入学以来さっそく遅刻したり欠席したりサボったり喧嘩したりと、不良少年の定番をコンプリートする勢いで二年間だらだら過ごしていたのに、三年になって急に真面目に通学しはじめた。噂によれば病気のおばあちゃんと大学進学する約束でもしたらしい。泣けてくる話じゃないか、ダサくて。
「いいから投げてみろよ。柔道同好会の主将さまよ」
「ケンカに力を使わないって死んだコーチと約束してたんだよ」
「顧問もいねぇのにコーチいるわけねぇだろう」
ちなみ僕は普通に柔道で喧嘩したことがあった。被害者はほかの誰でもなく、いま図々しく背中にいる杉浦だ。二年の頃の話で、理由のほうが全然思い出せないのに、踊り場で大の字になって白目を向く杉浦の姿と、その後僕が停学を食らいそうになってめっちゃ先生たちに謝ったことなら無駄に鮮明に覚えていた。
「話を戻すけど」
「まずケツをどけろよ」
「お前なんで一年坊に負けてんだ?」
「は? いやうっそだろうお前、見てたのかよ」
僕が笑いそうになる。藪から棒に話振られたから理解するまで三秒かかった。どうやら昨日の乱取り稽古の話をしてるらしい。一年坊っていうのは今年入学した村松のことだろう。去年の県大会個人戦三位だから、たぶん片手だけで杉浦を半殺しできる。
家の事情で、もう柔道はあきらめる。スカウトしに行った僕に村松が耳を触れながら謝った。ちゃんと打ち込んでたやつの耳だ。だけどそのあと体育館で何回も村松と『偶然』出会って、そのうち僕からさりげなく練習相手がほしいと誘ってみたら、「しょうがないっすね」と満面な笑顔でついてきた。
「ちょっと見てたけどお前めちゃめちゃ投げられたぞ。俺とやるときのお前はそうじゃなかった」
「杉浦さ、漫画のセリフ以外でしゃべってみ? 一回でいいから」
「答えろよ!」
「いや、だから乱取り稽古だって」
負けるのがいかに大事で、積極的に投げられるのがどれほど素晴らしい経験なのかを僕が座られたまま力説したが、返事は興味なさげの「ふーん」だったので、無理やり立ち上がって彼を肩車にしようかなと思ったが、腰を痛んだらまずいし、杉浦の足を捕まって、彼の下履きを脱がして投げ飛ばすという平和的な方法でどいてもらった。
「ガキかよお前!」
「うるせぇ。練習あるからもう行くわ」
「お、俺に勝った男がこんなくだらないんだなんて」
片足でぴょんぴゃん跳ねながら下履きを履く直す杉浦が哀愁に満ちた目で僕を睨みつく。元ヤンキーの風格はどこにもない。どうしてか昨日、村松と別れた時のことを思い出した。投げたり投げられたり、目がマジになったと思ったらすぐ苦笑しながらかぶりを振る村松。
「じゃ、先輩。僕バイトあるんで」
「おう。ありがとうな。楽しかった」
「楽しかったって」
久々に聞いたっす。元県大会三位で現弁当屋店員が顔を背けて、低く呟いた。僕がいつも通りに「また来いよ」と声をかけると、村松もいつも通りに「しょうがないっすね」と返事した。
元ヤンキーが勉学を励み、元柔道家は今度はレジを打ち込む。僕だけだ。大会どころか碌に部活もすることがなく、元でもなんでもなく、ずっとただの柔道好きな僕は、どこへと進むのか。そこまで思うと急に気恥ずかしくなって、杉浦に声をかけた。
「おい、杉浦。今度顔貸せ」
「お前との決着はもうあきらめた……」
「アホかよ。卒業する前に一回くらい村松とガチでやってみたいから、見に来いよ」
「お前が負けるのをわざわざ見にいく気はねぇよ」
「は? 勝つが? いいから来いよ、いいな」
杉浦がしばらく無言で僕とにらみ合ったが、やがて単語帳をふらふら揺らして、踵を返して校舎から出て行った。言質取れなかったが、なぜかかならず来るという確信をもって、僕もさっさと体育館へ向かうことにした。じゃないといい場所が別の部活のやつらに取られる。
対戦相手がいて、冴えないが応援団もひとり確保した。気がづくと僕が足を速めていた。三年間たった一回の大会へ向けて、練習せねばならないから。
→ダラダラと長いな!? 無理やりそれっぽいにする練習にはなった。
⑦
No.3788武士道
No.2203挙動不審
No.3812分類
「ブシドーとは、死ぬことを見つけること、でした」
辞世の句を詠み、剣崎ハクアが目を閉じて、片膝を折ってからゆっくりと倒れた。セリフが微妙に違う上に、服装の鎧と道具の刀を壊さないように気にしてるのが見え見えだったけど、素人とは思えない労凄絶とした表情ではあった。端正な顔のおかげでいい臨場感を醸し出していた。
そして、姫役のが舞台にあがった。脚本では凛とした顔と書いてあったのに、のほほんといつも通りに微笑んでいた。それでも打掛を着こなすことに関しては姫野サクヤの右に出るものはいなかった。
彼女は主人公の死に嘆いて桜を見上げて、二人が過ごした日々を思い返して、一句を詠んで終わり、のはずだけど、姫野が横になってる剣崎の足を思いっきり踏んづけて、剣崎が剣道部エーズの矜持をもって声も上げずに堪えたけど、茶道部副部長のほうが踏ん張りを利かずにそのまま剣崎の懐に倒れこんだ。
「か、カーット!」叫ぶのは舞台側で見守る芝浦サチ。帰宅部の彼女が眼鏡を握りつぶすように頭を抱えた。
「大丈夫?」舞台の上、剣崎が静かに目を開けて、ポンポンと姫の頭を叩く。
「よ、よくぞ桜のごとく散りました……?」剣崎の腹の上でもぞもぞと動く長い髪をした頭がもぐもぐと言って、ぷるぷると震えている。
舞台に乗り込んで、芝浦が脚本『剣と桜』でそんな彼女の後ろ頭を容赦なく叩きづけた。「痛い!」結構いい響きがした。
文化祭が近い。担任含めて誰もそこまでやる気をひねりだしてない中、突発的なアイデアが野次馬気分を呼び起こし、気がづいたらドミノ倒しのような勢いで2年B組の出し物が演劇と決まった。拍手の中で目を覚ましたら、クラスのみんながなぜかこっちを見ていて、担任先生が「じゃあ芝浦さんに任せましょう」と満面の笑み。芝浦はその光景をいまでも夢に見ていた。
一応、いじめとかそういう陰湿なものではなく、ちゃんとした投票で決めたらしい。芝浦の名前を挙げたのは幼馴染の姫野だった。こいつと同じクラスになったのが運の尽きだ。
民主主義とは合理化されたいじめであると声高に主張したいが、「だって芝ちゃん中学のときは演劇部だよ!」と大義名分に叩きづけられ、「脚本に挑戦してみたいって前から言ってたし!」とかつての言質が蒸し返され、「芝ちゃんすごいから余裕だと思うよ!」となぜか念入りにも請け合いまでされたら、芝浦は弱々しい声で「が、がんばります」と言うしかなかった。
委員長と握手を交わして、窓側席に座る幼馴染の姫野を殺す気で睨む。能天気に手を振りやがって。ボロ船に乗せられたが死なば諸共。芝浦は権力を最大限に悪用して、さっそくヒロイン役を姫野に指名した。するとどういうことか、休憩時間に剣崎に話しかけられた。
芝浦は心臓が止まりそうになり、挙動不審にならないように全力で努めた。
「あの、芝浦さん。文化祭のことなんだけど」
「は、はいぃぃ!? どどどしたんですか。えっと文化祭の話ですかそうですよね、だって話したことないもんねアタシたちアハハハ、あーえっと姫ちゃんじゃなくて姫野以外は別にどうでもいいっていうか全然裏方でいいっていうか剣道部だって忙しいだろうし」
「あっ、そっちは大丈夫。三年の先輩たちが張り切ってるから。心配してくれてありがとう……。うちのクラスの、演劇のことなんだけど」
んと、つまりね、その……姫野さんが出るなら、私も、出てみたいけど。いいのかな。
いつだって背筋をピンと伸ばして、先生相手にも堂々としていて、誰にも優しくて、ハキハキとして、みんなの憧れの的。そんな剣崎ハクアが長い髪で顔を隠し気味で、ポンポンと歯切れ悪い小さい声で芝浦に尋ねた。
思い返せば脚本はその瞬間にできていた。添い遂げることのないサムライと姫の話。分類としては悲劇なのは、意地悪いとかそういうつもりではない。
ただ剣崎のあのような顔をもう一度見てみたかった。光り輝く無敵な切先の、昏くて脆い裏側。今回は勝手な憧れではなく、もっと一方的な、もっと恣意的に、魅入られていた。その夜、芝浦の筆が乗って乗って乗りまくって、両親が部屋の入口で娘を覗いては怯える目で見合わせた。
見てよ。見なさいよ。見せてやるよ、姫ちゃん。お前の王子さまの正体はか弱い子犬、硝子細工のカタナ、指で小突けば破られる障子戸。そうと知ればお前はまだ笑っていられるか。奈落の下の特等席で私が指をくわえてみてるからね!
のはずだったのに。
本日だけでも六回目の練習中断だ。剣崎の正体云々より、幼馴染が想像を絶するドジっ子だったことを失念したことに芝浦が大いに悔んでいた。紋まみれな眼鏡を拭いながら、うつむき気味の姫野の手を貸して立ち上がらせる。そして丁寧に冷静にため息交じりにお説教する。
「あのね、姫ちゃん。知ってると思うけどもう本当に時間がないからさ」
「怒らないでよ……」
「怒りを通り越して呆れてるよ。姫ちゃんに関しては十年前からずっとこの境地にいるよ」
「だってセリフのことで頭いっぱいで……」
「姫ちゃんのセリフめっちゃ削ってきたよ。言っとくけどもともと主人公は姫ちゃんだからね!? これ以上は無理。剣崎さんがフォローしすぎて過労死するから」
「うううごめんねハクア」
「芝浦さん、私は平気だから」
姫野の隣に座る剣崎が話を割ってくる。身長172センチの文武両道完璧超人のレアな眉を垂らしての上目遣い。一瞬見とれかけたが、芝浦が心を鬼にして目を逸らす。そして幼馴染に額をぺしぺし小突いて八つ当たりする。
「痛い痛い痛い芝ちゃん痛い」
「今度また転んだらもう姫ちゃんはクビだからね。剣と桜やめて、私が能面かぶって剣崎さんと戦う山野伝奇劇にするからね。剣と変態だとか」
「嫌だ!」
軽口だったのに強い語気で返された。幼馴染の眼がメラメラと燃えてる。芝浦が虚を突かれたぎょっとする。
「芝ちゃんが主人公やってと言ったとき、私うれしかったんだよ!」
「お、おお」
「だからやめないからね! 演るからね私!」
「あ、ああ」
「負けないから!」
「誰と戦うの……?」
意気揚々にそう宣言して、姫野が芝浦の手から脚本を奪うと、顔をページの中に埋め込んだように声を出して読み上げながら横へと歩いて行った。あの様子だどまた転んでしまう。彼女の背中を追おうとした芝浦だが、立ち上がる剣崎に行く手を阻まれたので「おっとと」と数歩後ずさって、剣崎と一緒に姫野を見送るような恰好になった。
「やっぱりすごいね、彼女」と、剣崎。長い髪がガーデンのように表情を覆い隠す。
「姫ちゃんのこと?」芝浦がくすっと吹き出す。「まあね、勢いで生きてるみたいだけど、その勢いは誰にも負けない」
「芝浦さんが言ったからには、きっとそうなんだよね」
そう言って、剣崎ハクアが振り向いて、芝浦を近距離で見つめた。あの顔だ。下唇を噛んで、弱り切った顔。だがそんな表情が瞬く間に過って消えてなくなり、剣道部エースの凛とした眼差しとなり芝浦を射抜いた。
「私も、負けないから」
「……へ?」
「負けないからね、芝浦」
いや、だから、誰と戦ってんだ?
サムライも姫も舞台から降りていく。道具の桜色紙屑が満天に舞うなか、監督だけが奈落を見下ろして、首を傾げていた。
→学園ブームでも来てたのか。こういうの書くために創作やってるって再確認するような一篇でした。
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