【逆噴射小説大賞2024】日射病

 ネズミがまた現れた。瞼を閉じたあとの暗闇の中に、いつもネズミの息遣いだけが鮮明に聞こえた。気がづくと一晩中、四つん這いになってネズミを追いかけ回った。

 最後は決まってネズミを捉える。チュッチュともがく声を指で感じ取りながら、爪を柔らかい腹の中に埋め込んで、苦いはらわたを抉り出す。そして舌で触れて、その苦みを味わう前に目を覚ます。

 薄明かりを頼りにベッド前の鏡を見る。映ってる顔はネコなのか私なのか、判然としなかった。

 聞き慣れた舌のクリック音が外から鳴り響いて、ローラが私を迎えに来たことを告げている。普通に呼べばいいのに。何年も会ってないうちにかわいい姪っ子が人間をやめて、立派なウグイスに成長してしまったようだ。

 昼過ぎてようやくベッドから起きれたこと、キャンバスをわざわざ袋の中に入れたこと、ドア前にたどり着くも躊躇って何度も振り返ろとしたこと、なにもかも彼女の舌には筒抜けだと思うとなんだか面白くない。

「いろいろと誤解してませんか?」
 隣で白杖をついて歩く姪っ子が眉を下げて言った。閉じたままの目に細い眉の端が触れそうで、彼女はいつだってこうして、不貞寝してるような顔を作っていた。
「何が? アンタは敢えて舌で世界を聞き回る変態でしょう」
「ひとの頑張りを恣意的に歪めないでほしい。これはこれで大変なんですよ」
「回りくどいことしないで、おとなしく見ればいいのに」

 吐き捨てるように言って、私が彼女の肩がげを奪うように引っ張って、日よけ代わりにしてかざした。すると目の前に急に暗くなって、肩掛けに書かれた十字架模様が視界でいっぱいになった。ローラは肩掛けを脱いで、私の頭に被せたのだった。

「――それ、私以外には絶対に言っちゃダメですよ」

 教会の聖装束でもある肩掛けを躊躇いなく脱ぎ捨てるなお、シスター・ローラの声がまるで礼拝の真っ最中のように静かだった。

 雑草が生え茂る泥地を突く彼女の杖が、

(続く)

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